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犬神落とし、混沌の旅②


タクシーを降りて歩きへ

マムシ注意の山中

「ここからは車入れないんですよ、反対側からは境内まで入れるんですけど」
 そう言って、タクシーの運ちゃんは私と家人を開けたところに置いていった。近くにはお目当ての神社の立札が立っていた。

行先、賢見神社

 私と家人が訪れたのは徳島にある、全国唯一「犬神落とし」を行っている「賢見神社」である。さらに深く調べると「狸・蛇」落としも行っているらしい。「犬神」に関する専門書によると、高知からは毎月必ず何人かは来るらしい。そして症状が重い人間は3日ほどトランス状態に陥るらしい。
 主神は素戔嗚尊。がなぜ、犬を遠ざけることが出来るのだろうか。まあ厳つい男が怒鳴ったら犬はキャンキャンと逃げるしかないか。野良犬もそんなものらしいし、親戚の犬も体格のいい従兄弟に頭が上がらなかったし。


後に頂いたご祭神等

 神社を求めて、私と家人は夏山を登る。家人はかずら橋を探していたがそんなものはこんな場所にない。
「かずら橋って何」
「かずらって、蔓ってツルのことよ。草のツルが橋に絡みついて、天空の橋みたいになってるのよ」
 何だか、嫌な気分になってニヤニヤしてしまった。私は本当に性根が腐っている。
「カズラってツルのことなん。それなら、スイカズラってなに」
「スイカズラ言うたら、ちっちゃな花咲かすつる草やないん」
 私はあらかじめ答えを知っているので、一面の緑を見下ろして答える。私、イヌガミ憑きが恋愛してるあの漫画、嫌いなんよね。

こんな場所にかずら橋はない

「スイカズラって、徳島では犬神のこと言うんよ。犬神憑きよ」
 家人は恐らく意図的に無視した。そして、前を向いて指さした。
「ほら、見えてきたよ。お祓いのとこ」
 私と厭な犬の切れ目時は、すぐそこに迫っていた。
(以下神社の詳細な描写や、写真は狸宗の師に釘を刺されたので省かせていただく)


人生初のお祓い

 生まれて初めて、自分で初穂料を納めて今までの生まれてこの方の根腐れした苛烈な人格(メンヘラだの死ぬべき人間だの)の仔細を書いたメモを渡し、私はこれを治したい、犬神が取り憑いているなら落としたい、と目を伏せてお願いした。境内は木々が鬱蒼としていて、一気に空気か冷ややかに湿っぽくなった気がした。
 本殿では恐らく祈祷を終えた神主と、先に祈祷を終えたであろう女性が朗らかに何か世間話をしていた。その脇道では、初心者と思しき女性とどの寺社にもいるボランティアでも何でもない「自称・先達」の爺さんが何事かをどや顔で語っていた。私と家人はしばらく社務所で待たされた。
 私はどこか空恐ろしく、同時に寂しかった。もし犬神というものがいるとしたら、自分がよく「ほん怖」シリーズの祈祷のように途中に
「ギャアアアアアアアアアアアア」
 と暴れ出したらどうしよう、家人や神主に物理的に噛みついたらどうしよう。山の中に逃げ出したらどうしよう。トランス状態ってなんだろう。恐怖と同時に、長らく私と表裏一体と、というか癒着してきた人面瘡のような犬神と離れてしまうのは、救いかも知れないがそれでもどこか寂しい。障害が治るのかもしれないし、軽減されるのかもしれないし、癇癪が軽減されるという形で私は救われるのかもしれない。それでもイメージの中の足元に擦り寄って来る野犬が哀れで……垂れ耳の黒っぽい犬が、長らく近くにいた気がして。
ごめんよ、さよならだ。お前はもうしんどすぎる。私はもう抱えきれん。離れよう。さよならだ。さよなら。

俵屋宗達の犬(出典:https://intojapanwaraku.com/rock/art-rock/2089/)




 名前を呼ばれ、私と家人は本殿に上がった。神主の方や儀式の仔細は『犬神考』(酒井貴弘著)に詳しい。神主様とそのご家族?はネット上に顔が出ている。『犬神考』で質疑に応答していた人物と同一かは不明。
 それよりも圧倒されたのは、その本殿の内装であった。詳細は先達の指示によって省くが、今風に言えば『膨大な紙カルテの精神病院』と私は思った。それも、機械棚ではないアナログ管理の紙カルテだ。この一つ一つに人の人生がある。しんみりとした静かな本殿の中で、私と家人の祈祷は始まった。

祓い賜へ、清め賜へ

別の意味で苦しいお祓い

 お祓いが始まったが、早々に後悔した。私は足の構造上問題があり、正座も崩し脚もできない。「できないとかいきなり言い訳言って諦めるなよ!」と昨日の発達タグに沸いていた謎の根性論者に怒られそうだが、頑張ると靱帯が切れるか膝が脱臼?するので本当に無理です、入院費と手術費出してくれるなら頑張ります。と言う冗談(半分本気だよ)は置いておいて、足をプルプルさせながら祝詞を聞いていた。この祝詞が「非常に珍しい」と研究者の間で話題なのでじっくり聞きたかったのだが、個人的に足が抜けそうで膝が壊れそうでそれどころではない。
 しかも、要らぬところで聴覚過敏が発揮される。本殿の外であーだこーだとなにやらウンチクや持論を熱心に女の子を捕まえて語り続ける先達もどきの爺さんの声が祝詞に割り込んでくる。気が散る!トランス状態と言うよりは
二度と喋れぬよう喉笛食いちぎってくれるわ!!
 と四つん這いで飛び掛かってやろうかと思ったくらい頭に来ていた。これが犬神のトランス状態というやつかな?
 しかし神主が巨大な金弊を持つと、ハ、となって思わず平伏してしまった。朗とした声で「頭を下げて」と言われたかもしれない。この金弊の音も独特と聞く。私は期待していた。どれほどの美しい音色か。
 しかしここで思わぬ事態が発生する。思いのほか床にべったりと這わねばならなかったため、崩した足の膝が鳩尾に深く突き刺さりデブ特有の現象として体を低くするほど息が詰まる!!膝が鳩尾に刺さる刺さる!息ができない!!死んでしまう!!このままでは平伏したまま息絶える!!本気で「死」が頭をよぎりながら私は
「アノ……スイマセ……」
 と言わんと必死に頭をぐらつかせていた。金弊の音は確かに美しかったが祝詞は全く記憶にないし、何なら気が付いたら外で立ち話していた2人は消えていた。こんなに私が苦しんでいるのだから、犬神も苦しんで消えるだろう、そう思って私は金弊をひっ被っていた。デブゆえの呼吸困難と言う死ぬほど苦しいお祓いは、数分後に終了した。私は虚脱状態になって、ぐったりと木造の床にへばりついていた。情けないことにしばらくそのままだった。
 隣では家人が祓いを受けていた。家人は普通に正座ができるので、普通に金弊で撫でられて普通にお祓いされていた。その間に私は、ようやっと変な音を立てながら背骨を建て直し、大きく息をついて座り直したのであった。ゲボゲボ言っている私の前で、神主様と家人が私の苛烈さと傍若無人ぶりについて何か話していた。うちの犬が犬神になったのか、とか私が蛇を殺したから、とか聞いていた。そのたびに神主様は
「犬と犬神は違いますよ。犬神は悪いものです。悪いものの凝ったものです」
「蛇なんて誰でも殺しますよ。私達だって、この辺りでマムシが出たら殺さないといけない」
 と話していた。私は半分朦朧とする意識の中で、神主様に聞いた。
犬神って……犬神……って、何なんですか?犬……ですか?

人は誰しも心に、犬神を飼っている

犬ではないよ。悪いものの塊、悪いことをさせる、悪い心の塊というべきかな。『犬』と言う名前がついたばかりに、犬の首を……なんて恐ろしい迷信が流行ってしまったけれど、正体は人の悪い心だ
 そんなニュアンスのことを言われた記憶がある。
 犬ではない。私自身の、邪心。悪い心。
「暴れたり、死にたいとか、■したいとか、そういう悪い、人に害をなす心を言うんだ。君の障害や病気というのは、そういう気持ちに名前を付けて、薬を飲んでいるだけだ。全ては気の持ちよう、一日ずつ、すこしずつよくなっていこうという意志があればなんとかなる」
「ならば、通院は無駄だと?全ては私の気持ちが間違っていると?苦しいことも、私が……大勢に死ぬことを望まれていることも、全ては私が悪くて、気の持ちようだと……?私がやはり、全て悪かったと……?だったら、今までのように、苦しんで生き続けることしかできないじゃないですか……ならばいっそ死ぬまで犬神と……」
 私は今までの嫌な思い出をすべてフラッシュバックしていた。そうだ、あんなに滅茶苦茶な思い出なら、恐ろしい人達から逃げられないなら、犬神と言う名の爆弾を抱えてそれをいつか最悪な形で爆発させた方がマシだ。全ては気の持ちよう、で済むなら、精神病院も薬もいらないはず——
そんな悪い人達にも、どんな人にも犬神がいる。そんな人たちは、犬神に負けて言いなりになっていることに気づかない。悪い心に呑まれている。悪い心の言いなりになっている。でも君はこのままじゃいけないと思って今日ここに来た。神様が助けようと思って君をここに連れてきたんだよ。だから、君は昨日より少しずつよくなりなさい。一歩ずつでいいから、よくなりなさい。『治りたい』と思っていたら、いい方向に向かうから
 私は「全ては気の持ちよう」と言う言葉に言い返す気を失っていた。ただ、納得して、ああそういうものか。誰かを嘲笑ったり、集団で寄ってたかって袋にしたり、矛盾した言動して逆切れしたり、そんな悍ましいことを、一日ずつ減らしていければ、犬神は消えていくのかな。リードを握って操ることができるのかな。
 恐ろしい人々と別の人間になることが出来るのかな。
 私が社を立ち去る時、神主様は
ご縁があったらまたおいで
 と仰られた。また来ることが、あるだろうか。ないことを、願うしかないが。
人は誰しも心に犬神を飼っている」と言う言葉が、胸に深々と突き刺さっていた。私だけじゃないんだ。そうだよな。本当に私に何かを言いたいなら、陰でコソコソする必要も無いし、暴言厨になる必要もなかったんだよな。私も、そうだけど。
 早く私は、犬神を飼い慣らしたい。
 まあ、翌日の発達障害タグのドタバタで犬神がすこし増長してしまうのだが。


御朱印


いつも巻いておきたいと思う(ぬ~べ~みたい)

 毎日少しずつマシになりたい。

 


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