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Polar star of effort (case9) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

                 Case 9  20歳 男子 陸上短距離

 「身体が固くて、柔軟性が大事なのは分かるので、部活でもストレッチは必ずやっているのですが、全然柔らかくならないんです。」
 と言って入会してきたのが約1年前。太田 慎司 20歳。大学2年生。
 陸上競技をやっていて、専門は100m、200m。
 身長177㎝、体重75㎏と、なかなか良い身体つきをしていた。
 確かに入会当時は、前屈や開脚の可動域に制限があったが、これまでのトレーニングにより改善されていた。
 小学生の時は、市内の陸上大会で優勝したこともあり、中学から陸上部に入ったという。
 中学、高校も顧問の先生は陸上の専門という訳ではなかったようで、高校からは自分たちで練習メニューを作って取り組んでいたとのことだった。
 「どう?タイムは上がってきた?」と聞くと
 「それが、確かに股関節の動きは自覚できるほど良くなったし、身体も軽くて良い感じなのですが、タイムがイマイチ伸びないというか・・・そんな感じです。」
 100mのベストタイムは、11秒58。1年前に比べて0.3秒ほど縮んだというが、最近は頭打ちの状態が続いているという。
 「そう・・・走っている時の動画とか撮ってない?」
 「あ、あります。これです。」と彼は、スマホを取り出した。
 「あー。なるほど・・・」
 私の施設では、柔軟性の向上、関節可動域の確保を第一に取り組んでいるが、立甲などの肩甲骨の使い方、股関節中心の脚の使い方、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動による体幹部のバネの動きを高める「動作トレーニング」も同時進行で行ってもらっている。

 これは、よくある話だが、トレーニング動作は比較的単純なのでトレーニング種目では、上手く体幹部のバネを引き出すことができる。
 しかし、その体幹部の動きを自身の競技動作にリンクさせるとなると壁を感じる人がほとんどである。それほど、実際の競技動作とは難易度が高いのである。
 慎司君には、もう一歩踏み込んだ動作トレーニングが必要のようだ。
 「慎司君、ちょっとこれを見て。」と私は、パソコンで2枚の写真を彼に見せた。

 「女の子とメッチャ速い人・・・」
 「実は、女の子とメッチャ速い人達は、同じ走り方なんだよね。で、仲間外れは慎司君の走り方。君の走り方はこう。」

 「昭和のロボット!? この子どもと選手たちが同じ走り方で、自分は違うんですか? いやいや、自分の方が選手の走り方に近いと思うんですけど・・・じゃ、この子も9秒台で走れるってことですか?」
 「(笑)まあまあ。簡単に言うと、この子の走り方の精度と出力を上げていくと彼ら一流選手のようになる。つまり、子どもの走り方の延長線上に超一流アスリートの走り方がある。ということ。」
 「自分は、そこから外れているということですか? 今、心がズタボロです。」
 「ごめん、ごめん。良い方向に考えれば、伸びしろMAXってやつだよ。じゃあね、よく昭和の映画とかドラマとかで煙草を地面に落として足で消す動作やってみて。」
 「・・・・すいません。何ですか?ちょっと分からないです。」
 「そっか・・・右足の爪先を地面に着けて、グリグリしてみて。こんな感じ。」
 「こうですか?」

 「そう。その時、腕を見て。どうなってる?」
 「あ、動きます・・・捻るように。」
 これが、人間のもう一つの連動性。股関節と肩関節の螺旋の連動である。

 もう一度、子どもと一流選手の写真を見てみよう。
 「一流選手は、一見慎司君と同じロボットのように腕や脚を前後に大きく振っているように見えるけど、実は腕振り、脚の運びの主な動きは『捻り動作』なんだよね。」
 この連動は、反射的なもので、言ってしまえば「本能の動き」である。
 幼児期は、まだ本能的な動作が残っているため顕著に現れる。

 ただ、このままでは左右のブレが大きく、効率的に速く走ることはできない。
 この幼児期の本能の動きを失わないまま、洗練させていくと彼ら一流アスリートのようになる。
 一流アスリートを真似しようとして動きの本質を見誤ってしまうと「本能の動き」を無視し前後に直線的に腕や脚を動かすことになってしまう。

 見た目は直線的に素早く動かしているように見えるが中身は別物。中身は子どもと同じ動きなのである。
 ここまで説明すると慎司君は、「走り方が、全く理解できていなかったってことですか? どうすればいいんですか?」
 「まず、走る=腕と脚を前後に大きく振るということを忘れよう。子どもの動きを真似てみよう。こんな感じ」

フリフリステップ

 軽く腋を閉めた状態で左右に腕を大きく振る。腕は力で振らないで腕の重さ、遠心力を利用して振る。そのまま力を抜いていくと体幹部が捻じられてくる。同時に脚も自然に捻られる。
 自然な動きを引き出すには力みは禁物である。
 体幹部(胸腰椎移行部)を中心に捻じれ動作が出たら、その姿勢のまま「鳩尾」の辺りを前に突き出して倒れる。走る際は脚で蹴らない。重力を利用することが最大のポイント。
 前にバランスを崩していけば、人間は倒れる。それが推進力になる。
 あとは着地の際、姿勢を崩すことなく「腕と脚の螺旋の連動」ができていれば、蹴らずとも勝手に進んでくれる。
 彼は、フリフリしながら「始めは違和感しかなかったですけど、慣れてきたら意外と自然ですね。なんか、ピョンピョン跳ねますね。全然蹴ってないのに。」
 「慎司君、良い処に気付いたね。あるトレーニング種目の感覚に似てない?」
 「ああ、体幹スクワット!(Case7参照)の体幹部のバネを使う感覚に似ています。」
 「おお!さすが、トレーニング積んできただけのことはあるね。」
 そう、全ての競技動作の大原則となる動きなのが、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動による体幹部のバネを引き出すことである。
 トレーニング動作は、左右とも同じ動きをするが、実際の走る、打つ、投げるといった動作は、左右で互い違いの動きをする。それが、トレーニング動作と実際の動作の違いである。

 よって、考えながら動くのは非効率的である。 元々インプットされている「本能の動き」に任せた方が効率的である。

 「ということは、このフリフリ、ネジネジの動きが体幹部のバネを引き出すってことですか?」彼は、目を大きく開いて聞いてきた。
 「素晴らしい! 御名答! 腕と脚の螺旋の動きの連動は、肩甲骨と骨盤に働きかけて体幹部の連動を始動させるスイッチなんだよ。もっと言うと、そのきっかけが『倒れる』『着地の衝撃』といった『重力』を利用することなんだよね。」
 「重力に対抗して、『力で動く』『力で走る』のではないんですね!」
 「じゃ、実際の走りに近づけていくための動作トレーニング応用編、行こうか。」
 「はい。お願いします。」
 「慎司君、『自重スクワット(Case6参照)』やってるよね。」
 「はい。股関節中心のスクワットですよね。」

 「そう、あれを片足でやってみよう。ポイントは腕と脚の螺旋の連動。」

 腕の捻じれは、先程のフリフリと同じように力ではなく、腕の重さ、遠心力を利用して捻る。
 まず手始めに、この動きを左側20回、右側20回を3セットやってみた。
 「両脚でやるよりもお尻に凄く効きますね。お尻のストレッチをやっているような感覚なのに、これは筋肉痛になります!」慎司君はお尻を手で擦りながら言った。
 「そうそう。筋肉は伸ばしてあげると縮もうとするから、その力を利用するんだよ。うちでは『張力を引き出す』と言っているけどね。じゃあ、次のステップ行ってみようか。」
 「え、もう行っちゃうんですか?」

 「体幹サイドステップ! まず、先ほどやった片脚スクワットを交互にやってみよう。」

 「慣れてきたら、横に大きく跳んでみて。今まで通り膝は使わないようにね。」私は彼の膝の動きを見ながら言った。
 「ああ! 脚で蹴っていないのに横に跳べますね。」
 「OK! 動きを続けたまま、前に倒れて行ってみて。」
 「体幹部のバネで前に進んでいく感じがあります!」
 「そうそう、それが『走る』ってこと。」

<腕の振り(捻り)によって左右交互に体幹部のバネを引き出し走る>

 「ああ、確かに自分が考えている走りとは全く違ってました・・・」腰に手を当て床を見ながら彼はつぶやいていた。

 全ての競技動作、さらに言えば、全ての人間の動作に共通する大原則は、
 「重力を利用して、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤を連動させ体幹部のバネの力を引き出すことである。」
そして、それは肩関節、股関節の螺旋の連動によって生み出される。
 例えば

 他にもテニス、ゴルフ、バスケ、サッカー、スキー、サーフィン、水泳、ボルダリング、等々全ての競技動作に当てはまる。
 大原則に基づいて動作練習を行い、筋力強化を行えば競技パフォーマンスは向上する。
 しかし、大原則から外れてしまうと、どんなに反復練習をしても、筋力強化を行っても競技動作にリンクすることはない。よって競技パフォーマンスは低下する。

 様々な競技がある中で、「走る」ことが多くのウエイトを占める競技にサッカーがある。
 ワールドカップ時しか見ない「にわか」なのに、こんなことを言うのは多少気が引けるのだが、あえて言わせていただくと、日本の選手は、運動量、技術、集中力、気迫において世界のトッププレーヤーに引けを取らない。
 私は、サッカーは素人なので戦術や駆け引きとか、セオリー的なものは分からないが、フィジカルトレーナーのプロの立場から見ると、もったいないと感じることがある。
 それは「走り方」である。ヨーロッパ、南米のトッププレーヤーは「走る」動作の延長上にドリブルやシュートがある。つまり、ドリブルのようにボールを扱う時もシュートする時も「走る」動作のまま行っている。
 この場合、ドリブルシュートをされるとキーパーは、シュートの瞬間が分からない。
 走っていると思っていたら、いきなりボールが飛んでくる。
 もちろん、日本の選手の中にも素晴らしい選手がいるが、多くの選手は基本的に「まずボールありき」つまり、ボールを扱うための走り方になっている。
 結果、「走る」、「ドリブル」、「シュート」とそれぞれ違う動作になってしまい、連続性がなくなってしまうのである。
 これは、絶対の自信を持って言いたい。もし、サッカー選手に「走り方」を補填できたなら、ワールドカップで日本は優勝できる。と・・・
 「あ、そうだ。真君(Case7)にもやってもらおう。」

 その後、慎司君は、走り方の動作練習と筋力強化のトレーニングに励んでくれた。
 2カ月もするとタイムが上がってきたと報告してくれた。
 さらに3カ月後、慎司君から電話がかかってきた。
 「今日、記録会があったんですが、10秒75出ました! 自分が10秒台で走れるなんて・・・もちろん目標にはしてたんですけど・・・ありがとうございます!」
 わざわざお礼の電話をくれた。
 私は、電話を切った後、「凄い・・・化けた・・・」とつぶやいた。

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スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。

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