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第九話 あいつに代わって、ぼくが「川」の字の真ん中になった夏の夜

【前回までのあらすじ】

勇吉とともに、42歳の独身編集者・静子さんの家を訪れた、ぼく(16)。
母親よりも年上の美熟女にWフェラをさせたり、言葉で苛めたりしたあと、まずぼくから中出し。
続いて、勇吉はあろうことか、静子さんを亡き夫の仏壇の前で好き放題に突きまくった。
男子高校生二人に精液を流し込まれた静子さんは、もう立ち上がれないほどグッタリとしていた。


 コトを終えると、勇吉は今にも倒れそうな静子さんを後ろから支えながら、布団まで戻ってきた。
「静子、大丈夫か? ちょっと横になってろ」
 先ほどとは打って変わって優しく声もかけている。静子さんは返事もままならない様子で、はだけた浴衣を直すことなく、仰向けに寝転がった。両膝だけ立てており、ぼくと勇吉のペニスを受け入れた、ビラビラの大きい秘穴が見えてしまっていた。
 勇吉は彼女の頭に枕を置いてから、「暑いな」とぼくに笑いかけてきた。代謝がいいのだろう。勇吉の筋肉質な男体は汗でヌメヌメと輝いていた。ぼくがうなずく前に、勇吉は立ち上がった。巨大な逸物をぶらぶらさせながら、部屋の中を歩きだす。何をするのかと見ていると、彼は庭側に面している襖を開放した。 
 生ぬるい夜風が密閉されていた寝室に入りこんできた。
 そこには縁側があった。土の庭も見渡せたが、当然暗い。
 勇吉は素っ裸のまま、縁側に腰掛けた。目の前の庭は生け垣で目隠しされていた。誰かに見られる心配はなさそうだが、堂々と全裸で縁側に居座る勇吉の後ろ姿を見ていると、ぼくは率直に格好いいと思った。
「潤もこっちにこいよ」
「う、うん」
 ぼくは少し勇吉の真似をしてみたかったのかもしれない。
 Tシャツこそ着ていたが、ぼくもフルチンのまま縁側へ向かった。
 行燈の灯りは縁側にまで届いていた。隣に腰掛けると、勇吉は白い歯をにいと見せて、グータッチを求めてきた。一瞬戸惑ったが、やはり勇吉を真似てみたかったのか。ぼくは柄にもなく拳を突き出した。
「よし」
 勇吉が拳を合わせてきたところで、チリリンと清らかな音色が聞こえた。
 縁側の軒にはガラス細工の風鈴が飾られていた。
「おお、風流やな」
 勇吉がぽつりと口にしたので、ぼくは思わず笑ってしまった。
「なんや、おかしかったか?」
「うん。柄にもないことを……」ぼくはいましがた自分自身に思ったことをつぶやいた。それから「それに……」と寝室のほうを振り返った。
 四十二歳の未亡人は相変わらず、陰穴を晒したまま布団の上でぐったりしている。
 勇吉も振り返り、クククッと今度は堪え笑いをした。
「確かに、俺たちの姿には風流もくそもないわな」
 勇吉が自嘲したので、ぼくも頬を緩めたまま「うん」とうなずいた。
 夏の夜の縁側、寝室の行燈、風鈴……ここの光景は風流だが、そこにいるのはフルチンの男子高校生二人と、ほぼ全裸でだらしなく寝ている熟女である。
「ん~。なんやの、二人とも。そっちで仲良くして」
 急に静子さんが拗ねたような声を出した。
 ぐったりしているのかと思いきや、彼女はむっくりと起き上がってきた。はだけた胸元からいやらしい乳首を隠すこともなく、けだるそうに髪をかき上げた。
 あ……理沙さんの時もそうだったが、静子さんの表情と仕草が勇吉の姉・千鶴さんと重なった。もう一つ同じようなことがあった。
「二人とも、喉かわいたやろ? お茶、入れてくるね」
 静子さんはケロッとした顔で言ったあと、「よっこらしょ」とおばさん臭いかけ声を出しながら立ち上がった。あんなに乱れていたのに、なぜこうもあっさりとしているのか。女性は皆、性行為を終えたあとはこんな感じになるのか。
「ああ、頼むわ」勇吉も別段気にすることなく、日常の会話に戻っていた。
 二、三分で静子さんは戻ってきた。浴衣も着直していて、両手に持ったお盆には麦茶入りのグラスが三個乗っていた。
 ぼくと勇吉はそれぞれグラスを受け取ると、競うように一気に飲み干した。激しい運動と興奮で、喉はカラカラだった。
 縁側に腰掛けるぼくたちの背後で、静子さんはお姉さん座りをして、団扇でゆったりとあおいでいた。その姿こそ風流で、年頃の息子たちを見守る母親みたいな母性も感じた。
 だけどいま彼女の子宮には二人分の精液が入っている……。
「潤、そろそろ帰ろうか」
 勇吉が空のグラスを縁側に置いた。かららんとグラスの氷が鳴った。
「あ、うん」ぼくもグラスを置いた。
「そやな。もう遅いんやから。気をつけて帰るんやで」
 静子さんはぼくたちのグラスを片付けながら言った。
 本当に何事もなかったかのように振る舞う静子さんを見て、ぼくはまたしても女という生き物がわからなくなった。


 帰りはぼくが自転車を漕ぐことにした。「大丈夫か? 俺、重いぞ」勇吉は心配そうに声をかけてきたが、ぼくは「大丈夫」と言い切った。静子さんも玄関の外まで見送りに来てくれた。「潤君、大丈夫なの?」勇吉と同じように言ってきたので、ぼくは「はい」と強くうなずいた。
「そう? じゃあ、二人とも気をつけてね」
 見送る彼女にありがとうございました、というのも変な気がして、ぼくは軽く会釈だけをすると、思いっきりペダルを踏み込んだ。
 お、重い……。
 ハンドルがぐらついて、早くも倒れそうになった。
「大丈夫!?」背後から静子さんの声が届く。
 みっともないところを見せたくない一心で、ぼくは両手足に渾身の力を込めた。
「うおおおおっ」
 近所迷惑なことも忘れて、自然と雄叫びをあげていた。
「おおっ、さすが潤や!」
 やればできるものだ。自転車はふらつきながらも前に進み始めた。
「じゃあな、静子! また来週くるわ」
「はーい」
 勇吉と静子さんの会話を背に、ぼくは無我夢中でペダルを踏み込む。絶対に倒れてなるものかと空気の抜けたタイヤで土の庭を懸命に抜けると、家の前の車道を左に曲がった。舗装された道に入るとペダルはだいぶ軽くなった。
 よし、いける。
 空を見る余裕もできた。来る時に見上げた、美しい三日月があった。
「帰り道はわかるか?」
「わかる!」
 ぼくは弾んだ声で返した。
 二回も射精して、スッキリしていたのかもしれない。
 それとも、やっぱり勇吉の真似をしてみたかったのかもしれない。自分から自転車を漕ぐと言ったのもきっと、そのせいだ。
「なんか夢みたいやわ~」
 勇吉が歌うように口にしてきた。
「夢?」自転車の前照灯に照らされる車道を見つめながら、ぼくは訊ねた。
「ああ。潤に会いたいとずっと思っていたからな。それが今年はこうやって一緒にチャリで二人乗りをしているんやで!」
「あぁ、そういうことか……」
 ぼくは二人で静子さんを責めたことが夢のようなのかと思っていたので、若干、拍子抜けしたように返した。
「ほんまやで! 俺、ほんまに潤と会いたかったんや」
 勇吉が念を押すように言って、ぼくの肩に両手を置いてきた。
「そ、そうなのか」嬉しいやら恥ずかしいやら、なんともいえない感情でぼくは答えた。だけど、勇吉にいわれて、ぼくもあらためて思った。
 ほんまに帰ってきて良かった──。
 まだ四日しか経っていないけど、勇吉と陽太と駅で再会してから、ぼくの人生は間違いなく激変していた。ここに来るまで女の子とろくに話もできなかったぼくが、勇吉のおかげで、理沙さん、そして静子さんと二人の大人の女性とセックスまでしてしまったのだ。
 あのまま実家で過ごしていたら、こんなことは絶対になかった。妹の美桜のことすら、ここに来てからはほとんど忘れているほどだ。
 昼間は車の通りが多い、二車線の車道に入った。この時間はやはり一台も通っておらず、ぼくはここでも勇吉を真似たくなった。
 堂々とセンターラインを突っ走ってみた。こんなふうにヤンチャなことも、これまで一度もやったことがなかった。
「おお、潤。やっぱり男は道のど真ん中を風切って進むべきやな!」
 勇吉が独特の男論を語る。「ハハ」ぼくは笑いながらも、本当にそうありたいと思った。同級生の勇吉から、ぼくはいろんなことを学んでいる気がした。
──男の悩みなんて女とやってりゃ大抵なくなるもんや。
 勇吉に言われたこの言葉もぼくはしっかりと覚えている。
「あ、やばい!」
 突然、勇吉が自転車から飛び降りた。
「どうした!?」あわてて振り向くと、後ろからパトカーが徐行で向かってきていた。サイレンは鳴らしていないが、赤色のパトライトは点灯させていた。
「そこの自転車、真ん中を走るな。二人乗りもあかんぞ~」
 スピーカー用マイクで注意された。ぼくはパトカーに追われるなんて初めてのことで、すぐに止まろうとしたが、
「潤、止まるな! そのまま走れ」
 勇吉はランニングをしながら、自転車に併走してきた。「え? いいの?」
「大丈夫や。このへんのおまわりは、そんなにうるさくないから。とりあえず、端っこには寄っておこう」勇吉は怯えるどころか、白い歯をむき出しに笑っていた。ぼくは言われた通り、自転車に乗ったまま、車道の端に寄った。パトカーがぼくたちの横を追い越していった。
「な!」勇吉は併走しながら、ぼくに笑顔を向けてきた。
「あ、うん」
「でも、これでまた二人乗りしたら、今度はほんまに止められるからな。このまま行こう」
「え? じゃあ、ぼくも自転車を降りるよ」
「大丈夫や。潤はそのままチャリを漕いで、俺は走るから。ええトレーニングや!」
 走りながら息を切らすことなく勇吉は声高らかに言った。
 スポーツ万能の勇吉は足も速かった。サンダル履きのくせに、こちらが少しでも速度を落とすと、あっという間に追い抜いていくのだ。スタミナも目を見張るものがあった。ハアハアと呼吸を一定に保ちながら、「潤、もっとスピードを上げてええぞ」と余裕たっぷりに声をかけてくる。
 ぼくはやっぱり格好いいと思った。
 外見だけでなく、女の人にモテる理由もわかった気がした。ひとつ気になることを聞きたくなった。
「なあ、勇吉」ぼくは自転車を漕ぎながら、勇吉に話しかけた。
「おう。なんや?」
「あの……他にもいるの?」
「ん? 何が?」
「いや、だから……理沙さんや静子さんみたいな、女の人」
 ハ、ハ、ハと勇吉は息を弾ませながら、ぼくの質問を聞いていた。
 ぼくは口にしてから、なんだか恥ずかしくなった。これでは他にも女がいたら紹介しろ、とせがんでいるみたいではないか。
 だが、そんな心配は無用だった。
「おお、そういうことか!」勇吉は足の回転を止めることなく、嬉しそうに叫んだ。
「あ、いや……言いたくなかったら、別にええねんけど……」
「おるで!」間髪入れず、勇吉は言った。
「え?」
「まあ、そうはいっても、潤に会わせていないのは、あと一号機だけやけどな!」
「一号機!?」
 思いもよらない言葉が返ってきて、ぼくは自転車を停めそうになった。その隙に、勇吉はぐんぐん追い抜いていった。ぼくは慌ててペダルを漕いだ。
「どういうこと!?」勇吉の背中を追いかけながら訊ねた。
「言ってなかったっけ? 昨日の理沙、あれは二号機やで」
「へ? へ?」こっちは自転車なのに、なかなか追いつけない。
「で、今日の静子は三号機や」
 ラストスパートのように、勇吉は一気にペースを上げた。
 ぼくはまったく意味がわからず、「ちょっと待ってよ」と情けない声で追いかけた。やっと追いついて、勇吉の隣にきたところで、
「いまのところ、三号機までしか持ってへんねんけどな」
 颯爽と夜道を駆けながら、勇吉はのんきな口調で言った。
「なんやの……一号機とか二号機とか……」
「ほら、戦隊ものに出てくるロボみたいなもんや」
「はあ!?」
 ぼくは開いた口が塞がらない。戦隊もののロボなんて子供じみた話だが、勇吉はいまひどいことを言っているのではないか。理沙さんや静子さんをロボ扱いしていたことになる。
「まあ、どっちかというとロボのオモチャやな。ほら、ガキの頃、男の子ってロボのオモチャを買ってもらうやろ。で、一号機とか二号機とかつけていたやん」
 タンタンタンとサンダルで駆ける音を響かせながら、勇吉は夢見るように言った。
「そうやったっけ?」
「そうやで。潤は持っていた?」
「どうやろ。覚えてないわ」
「そうか。うちは貧乏やから、一度も買ってもらったことがないねん」
 さすがに疲れたのか、勇吉がペースを落としてきた。まだ前方には徐行で走るパトカーが見えている。パトロール中なのだろう。もしかしたら、ぼくたちがまた二人乗りをしないかサイドミラーで確認しているのかもしれない。まさか高校生二人がこんな会話をしているなんて、さすがにおまわりさんたちも思っていないだろう。
「だから俺は呼べばすぐにヤレる女のことを、手に入れた順番で一号機、二号機、三号機と呼んでいるねん。よし、今日は一号機で遊ぼうとか、久しぶりに二号機を使うか。そんなノリやわ」
 勇吉はここでも白い歯をにいと見せてきた。ぼくは呆気にとられすぎて、何も言えなかった。
「もちろん、俺のものは潤のものでもあるからな。潤も好きな時に使ってええで」
「な……」
「一号機も今度、潤に見せるわ。一号機、めっちゃええぞ。俺が一番気に入っているオモチャや」
 勇吉はふたたびペースを上げた。
「ちょっと!」あわててペダルを強く踏み込む。
 この界隈では一件しかない喫茶店が車道沿いに見えてきた。
 祖母の家まであと少しだ。
「あー、でも……」
 勇吉が走りながら、空を見上げた。「な、なに?」
「俺、明日から二泊三日で部活の合宿やねん。一号機に会わせるのは少し待ってくれ」
「そ、そうなんや……」ぼくは思わず落胆したようにつぶやいた。
「悪い、悪い。三日待ってくれ。そしたら必ず一号機を見せるから。約束や!」
「いや、そういうことやないんやけど……」
 段々畑に続く農道が見えてきた。
「よし、今夜はここでバイバイしようぜ」
「え?」
「俺、このままこの道で帰ったほうが近いからな。じゃあな!」
 勇吉は大きく手をあげると、まさに風を切るようにそのまま疾走した。ぼくは自転車を停めて、走り去る彼の後ろ姿を見つめるしかできなかった。
 パトカーはもう見えなくなっていた。
 



 
 
 勇吉が合宿に行って二日目の夜だった。明日には勇吉が戻ってくるとあって、ぼくは早くもソワソワしていた。一号機に会わせてもらえることを期待して……というよりも、純粋に勇吉と早く会いたかった。
 なんだよ、これ。
 これではまるで勇吉に恋をしている女の人みたいじゃないか。勇吉が女性をモノのように扱うひどい男だとわかったというのに、ぼくはいままで以上にもっと彼を知りたくなっていた。彼の近くで、もっと彼を観察して、彼のようになりたい。そんなふうに思い始めていた。
 応接間にある柱時計が十回鳴った。眠りの早い祖母はもう床の間に入っていた。ぼくも風呂からあがり、寝間着用のTシャツに短パンのスラックス姿で、お茶の間でテレビを見ていた。
 そろそろ寝ようかな。オナニーもしたかった。昨晩は理沙さんや静子さんのことを思い出して、三回も自慰をしてしまった。これまでのオナニーはすべて妄想を膨らませているだけだったが、いまは違う。目を閉じれば理沙さんや静子さんの裸体がリアルに浮かびあがる。そして、決まって彼女たちが勇吉に責められているときの光景を思い出してぼくは射精していた。
 早く布団に入ってシコりたいと思ったときだった。
 玄関の引戸の開く音がした。夜も十時を過ぎている。こんな時間に近所の人が尋ねてくるなんてまずありえない。ぼくは咄嗟に「勇吉!?」と思った。合宿が一日早く終わって、遊びに来てくれたのかもしれない、と。
 急いで玄関まで走ると、そこにいたのは陽太だった。
「どうしたの!?」
 小学五年生の男の子がこんな夜遅くに尋ねてくるなんて、尋常ではない。何かあったのかとぼくは心拍数が一気に高まった。しかも陽太はいまにも泣きそうな顔をしていた。
「ごめんなさい」理由も言わず、消え入りそうな声で謝ってきた。
「なんかあったんか!?」
 ぼくは駆け寄って、陽太の肩をつかんで揺さぶった。
「あの……お兄ちゃんもお姉ちゃんも、いなくて」
 陽太は肩を震わせながら言った。
「う、うん! そうやな! 何があった!?」
 勇吉は合宿、千鶴さんは夜の仕事に行っているはずだ。
「寂しい……昨日の夜は頑張れたんですけど……」
「へ?」
「おじいちゃんはいるけど、何の役にも立たない……」
 陽太は振り絞るように言った。
「もしかして、一人で眠れなかったの?」ぼくは冷静になって、できるだけ優しく訊ねた。
 陽太はうつむきながら、ウンウンと何度もうなずいた。ぼくが胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。しっかりとした弟だと思っていたが、そうはいってもまだ十一歳の男の子なのだ。
「なんや、そういうことか。それでぼくのところに来てくれたのか?」
 陽太が今度は一回だけ強くうなずいた。
「そっかそっか」ぼくは思わず頬が綻んだ。それから陽太の肩から手を離して、運動靴に足を突っ込んだ。
「え? 来てくれるんですか?」
「もちろんや」
 ぼくは笑いながら陽太の背中を押して、「さあ、いこう」と一緒に外へ出た。
 祖母はもう寝ているので、わざわざ起こす必要もないだろう。
 ぼくは庭先に停めていた自転車をとりだした。「陽太くん、後ろに乗って」ぼくはいかにも慣れているかのように言って、サドルにまたがった。
「いいんですか!?」陽太は驚きながらも、瞳を輝かせていた。
「ああ。任せておいて」
「うわあ! ぼく、二人乗りなんて初めてです。そもそも自転車、うちにないんです」
 陽太は感動しきりに、後ろの荷台に腰掛けてきた。
「ちゃんと座った?」
「はい!」
「よし。あ、そうや。もし、おまわりに見つかりそうになったら、すぐに降りるんやで。まあ、このあたりのおまわりはそんなにうるさくないけどな」
 ぼくはすらすらと勇吉に言われた言葉を口にしていた。
「はい!」陽太は元気よく返事をした。
 ぼくはペダルを踏み込んだ。当然ながら、陽太は勇吉よりもずいぶん軽かった。すいすいと自転車は進み、段々畑の傍の農道を突っ走った。二車線の道路に入ると、堂々と真ん中を疾走した。
「わああーー。めっちゃ楽しいです!」陽太は無邪気にはしゃいでいた。
 ぼくもすっかり兄貴気取りで、「そうやろ!?」と声を張り上げていた。
 結局パトカーに見つかることもなく、バラック小屋まで辿り着いた。
 小屋の前に自転車を停めて、中に入った。昼間でも薄暗かった室内は、裸電球の明かりのみで、玄関の三和土すら足元がよく見えなかった。
「おじいちゃんはもう奥で寝ています」
 陽太が小声で言った。「わかった。じゃあ、静かにしないとな」ぼくも声を潜めた。
 ぼおと光る裸電球の下、お茶の間に布団が二組敷かれていた。狭い部屋とあって二組敷くのが精一杯なのだろう。それぞれの布団の間に隙間もまったくない。見ようによっては、新婚夫婦の寝室みたいだった。いつもここで姉と弟二人の三人で寝ているのだろうか。奥の寝室からは、おじいさんのイビキが聞こえていた。
「潤さん、本当にありがとうございます」
 陽太が布団の上で正座をしていた。
「そんなの気にせんでええから」
 座るところがないから、ぼくは陽太の隣の布団に腰を下ろした。
「あの……お姉ちゃんが帰ってくるまでいてもらってもいいですか」
 陽太が正座を崩さずに言ってきた。
「へ?」暗い部屋で良かったのかもしれない。ぼくの動揺を悟られずに済んだ。
「だめ……ですよね?」
「あ、いや。だ、だ、大丈夫やで。お姉ちゃんが帰ってくるまでここにいるから」
「ほんまですか?」
「あ、ああ。安心して寝ていいよ」
「よかった。ありがとうございます! なんか兄ちゃんが横にいるみたいです」
 陽太はそう言うと、やっと正座を崩して、横になった。
「そ、そう?」
 お兄ちゃんが横にいるみたい……陽太の言葉にぼくの心は弾んだ。今夜は勇吉の代わりにここで寝て、姉の千鶴さんの帰りを待つ。ぼくはまた少し勇吉に近づけた気分だ。
「潤さんも横になってくださいね。そこ、お姉ちゃんの布団やけど。枕も気にしないで使ってください」
 陽太はぼくのほうに体を向けながら、早くも寝る体勢になっていた。
「ここ、お姉ちゃんの布団なんや」ぼくはどうしても声が上ずってしまった。
 陽太君にお願いされたのだから──ぼくは自分に言い聞かせて、そっと横になってみた。安物の薄っぺらな布団なのに、最高級のふかふか布団に寝転んだ心地だ。枕からはあのバニラのような甘い香りが濃厚に立ちこめていた。
 そうや、千鶴さんは何時頃に帰ってくるのだろう。
 陽太に確認しようと顔を向けた。陽太は早くも口をぽかんと開けて、眠りに落ちていた。本当に安心しきっているようで、さすがに揺り起こしてまで確認しようとはならなかった。
 とりあえず千鶴さんが戻ってくるまで起きておこう。ぼくは千鶴さんの匂いに包まれながら、ぼんやりと裸電球を眺めていた。
 勇吉もいつもこの光景を見ているのだろうか。そんなことを考えているうちに、ウトウトしてきて、ぼくはいつの間にか瞼を閉じていた。どういうわけか狭いバラック小屋の中で陽太が隣にいて、千鶴さんの帰りを待っていると、まるで自分の家に戻ってきたような、いや実家にいるときよりも心穏やかな気持ちに包まれたのだ。
 ハッと目が覚めたとき、ぼくは仰向けで寝ていた。裸電球はついたままで、うっすらと部屋の中は見渡せた。
 ぼくは咄嗟に陽太のいる左側を見た。
 陽太は横向きになって、ぼくにくっつくように眠っていた。
 へ……? じゃあ、こっちは?
 ぼくの右腕に柔らかいものが巻きついている。ぼくはごくりと息を飲んだ。
 千鶴さんだ……。
 ぼくを真ん中にして、まさしく三人で〝川〟の字になっていた。
 ど、どうしよう……。千鶴さんはいつ帰ってきたのだろう。彼女は布団で寝ていたぼくを起こさず、そのまま隣で寝てしまったということか。
 しかも千鶴さんは寝ぼけているのか。体を横にして、ぼくの右腕にしがみついていた。服は着ているようだが、ツルツルの薄い布地だった。ぼくの脳裏に初めて出会ったときの黒のスリップ姿がよみがえった。
 そっと横目で伺うと、やはり彼女は黒のスリップ一枚で眠っていた。そして、ぼくの右腕はスリップ越しの双乳の谷間に挟まれていた。
 さらに彼女は横向きに寝ながら、体を丸めているようだった。
 そのせいで、ぼくの右手は彼女の内股あたりに触れていた。そこは熱がこもって、汗ばんだように湿っていた。パンティらしき薄布の質感も手のひらで感じられた。
 もしかして、これって。ぼくは試しに右手の中指だけを動かしていた。
「……!?」
 手探りだったので、実際どのあたりに触れたのかはわからない。だけど、パンティらしき薄布を通して、ぐにゅりと大福のような柔らかい部分に指が食い込んだ。
「う~、ン……」
 千鶴さんが寝言のような声を漏らした。ぼくはあわてて指を元に戻した。
 心臓がバクバクしていた。当然、ペニスもはちきれんばかりに膨張していた。今日はまだ一回も射精していないのだ。溜りに溜まった欲望がいまにも暴発しそうだ。
 早く帰らなきゃ、と思うものの、ぼくは動けそうにもなかった。起き上がろうとすれば、その拍子に千鶴さんも目を覚ましかねない。もちろん、陽太に言われて来た、といえば済む話だが、こんなに勃起してしまっているのだ。万が一、股間の膨らみに気づかれたら、それこそ二度と顔を合わせられない。
 それに……本心ではもう少しだけ、裸電球だけがぶらさがった部屋で、千鶴さんの素肌の温もりや甘いバニラのような甘い香りを感じていたかった。
「んっ、すうぅ」
 彼女が甘えるように、ぼくの右腕に頬をこすりつけてきた。彼女の寝息もかかった。わずかにお酒臭かった。夜の仕事だからお酒も飲んで帰ってきたのだろう。いや、以前勇吉は「体を売っている」と言っていた。本当かどうかはわからないが、もしそうだとすれば、男に抱かれて帰ってきたのだろうか。
 そんなふうに想像すると、胸が掻き毟られるような嫉妬に駆られた。
 部屋のどこからかカチカチカチと時計の秒針の鳴る音がしていた。小屋の外ではカエルとキリギリスが鳴いていた。
 左側では陽太がムニャムニャと何かを食べるような音を立てていた。
 右側では千鶴さんがスースーと安定した寝息を漏らしている。
 ぼくは思った。勇吉も毎晩、この二人に挟まれて眠っているのだろうか。
 もっといえば、千鶴さんはいつもこうやって弟にくっついているのだろうか。今夜はたまたまぼくが勇吉の代わりとなっているだけで……。
「んんっ……勇吉……」
 そう思った矢先、千鶴さんがつぶやいた。
 起きているのかと驚いたが、すぐにまた寝息が聞こえてきた。いまのも寝言のようだが、ぼくを勇吉と勘違いしているのは間違いなかった。
 ふとぼくはある言葉が浮かんだ。
 一号機──。
 いやいや、そんなことがあるわけない。毎晩寄り添って寝ているとしても、血の繋がった姉と弟なのだ。千鶴さんが一号機だなんてあるわけがない。
 あるわけがない……。
 次の瞬間──。
 ぬっ。
「はう!」
 ぼくは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
 寝ぼけているに違いない。そうでなければおかしい。
 千鶴さんはぼくのスラックスの上に片手をのっけてきた。
 それどころか、ぼくの屹立をぬっと掴んでいた。スラックス越しとはいえ、しっかりと五本の指を絡みつかせて、ちょうど雁首あたりを握りしめていた。
「あ、あ、あ」ぼくは訴えるように口をパクパクさせていた。
「ん?」千鶴さんがようやく気づいたような声をあげた。
 顔を向けると、彼女は寝ぼけ眼で、薄目でぼくを見つめていた。掴んでいるものも離そうとしない。
「ん……潤さん?」左側で陽太も目を覚ました。
「あ、いや! 陽太くん。なんでもないで。まだ寝ててええで」
 こんな現場を陽太に見られるわけにもいかない。ぼくは必死に寝かせようとした。陽太は「はい……」と消え入りそうな声で呟いたあと、すぐに寝息を立て始めた。
 ぼくはホッとする間もなく、千鶴さんに向き直った。
 千鶴さんは何事もなかったかのように、そっとペニスから手を離した。いったいいまのはなんだったのだ。単に寝ぼけていただけ、と信じたい。
「す、すみません。ぼく、あの……」
 ここにいる理由を説明している余裕もなかった。とてもじゃないが千鶴さんの顔をまともに見られなかった。ぼくは布団から起き上がった。
「どうしたの?」
 千鶴さんも眠そうにしながら、体を起こしてきた。そして、けだるそうに前髪を大きくかきあげた。ドキッとした。起き上がった拍子にスリップの肩紐も外れていた。裸電球の光が窪んだ鎖骨やふくよかな胸の谷間を妖しく照らしていた。
 寝起きとあって、彼女のだらしない色気が一段と濃厚に漂っていた。その魅惑的な仕草や表情は二号機の理沙さんや三号機の静子さんと共通していた。
 ぼくはやっぱりこう思わざるを得なかった。
 一号機は千鶴さん……。
「潤、ありがとう」
 千鶴さんは目を擦りながら、妙に優しい声で言った。
「え……?」
「うちが言ったんや……」
「な、なにをですか……」意味がわからなかった。まだ寝ぼけているのだろうか。
「昨日の夜、陽太が寂しかったって泣くから……今日も寂しかったら、潤に来てもらえばいいって。ほんまに行くとは思わなかったけど。潤、来てくれたんやね。ありがと」
 千鶴さんはもう一度髪をかきあげて、うっすらと微笑んだ。
 ぼくはスラックスの股間がまだモッコリしていることも忘れて、千鶴さんの笑顔に見とれていた。
 すると、わざとではないと思うが千鶴さんはちらりと視線を落としてきた。
「違う。これは……あの、ぼく、帰ります!」
 ぼくは着の身着のままで玄関の三和土へ向かった。「あ、潤……」千鶴さんは何か声をかけようとしてきたが無視して、運動靴のかかとを踏み潰しながら、外へ飛び出した。
 ぼくは自転車のサドルに跨がると、ペダルを強く踏み込んだ。いろいろと思うことはあったが、一刻も早く、千鶴さんに握られた感触の残るペニスをシコりたかった。


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