見出し画像

◆「また、会いましょう」と言いながら、「もう、会わないだろう」と思う

知人と会って、別れる際に、「また、会いましょう」「また、会おうね」などと互いに口にすることがある。
「また」と言っても、たいていは次に会う日程を具体的に決めたりしない。
「また」がいつになるかは分からないけれど、「また」と言っておくことで、人間関係を継続することに互いに合意しているのだと思う。

ペク・スリン著、カン・バンファ訳「夏のヴィラ」(書肆侃侃房)に収められている短編小説「時間の軌跡」は、主人公の私の視点から、年上の女性の友人「オンニ」との人間関係の変化を描いた作品だ。

主人公の私は30歳の手前で会社を辞め、学生時代から夢だった美術史を学ぼうと考えて、フランスのパリに来ていた。
一方、オンニは企業の駐在員としてパリに来ており、2人はパリの語学学校で同じクラスで学んでいた。
韓国人の生徒は自分とオンニだけであることに気が付きながら、私は語学を学びにわざわざパリまで来ているのだという思いが強く、韓国人と付き合うことを避けていた。しかし、小さな出来事をきっかけにオンニと一杯飲むことになり、急速に仲良くなる。私の目には異国の地で堂々と振舞っているオンニの姿が輝いて見えたし、オンニと共に行動することで私自身もパリでの暮らしに自信を持てるようになっていく。
やがて、私にはフランス人の恋人ができた。後から振り返ってみると、私が彼との結婚を決意したのも、オンニが背中を押してくれたからだった。
人生の一時期、親密に付き合い、人生における選択にも影響したのが、オンニの存在だった。
しかし、オンニの駐在期間終了が迫り、韓国へ帰国する日が近くなった時、私は、オンニとの関係を大きく変化させる一言を口にしてしまう。

その一言を発した後も何度か、私は、オンニに会っている。
互いに何事もなかったように振る舞い、韓国かフランスで近々、再会しようという挨拶も交わしている。
しかし、お互いに「どちらからも連絡しないだろう」と分かっている。

表面的には関係に変化がないように装いながら、心の中では、すでに関係が切れていると知っている。物語の終わりは、少し切ない。

読者である私自身の経験を振り返ると、
「また、会いましょう」と言いながら、心の中で「きっと、会うことはないだろう」と思ったことはある。
ただ、誰に対してだったのか、なぜ、そんなふうに思ったのか。すっかり忘れてしまって思い出せない。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?