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【製本記】 かえるの哲学 05 | もしも失敗したときは

本をつくってばっかの日々。編集者として本を編みながら、時間を見つけては製本家として本をこしらえている。編集した本は世にでて光を浴びるが、製本した本は暗所に埋蔵するだけの習作も多く、せめてここに記録する。

バッキングを終えた『かえるの哲学』の背を固める。寒冷紗を貼り、さらに花布(はなぎれ)を貼る。製本経験のある方ならすでにお気づきだろうか。前回まで、わたしが見返しを貼り忘れていたことに……。やってもうた。

本当なら化粧断ちの前に貼っておくべきところを、きれいさっぱり忘れたままで断裁し、丸みをだし、ハタと我に返ったときにはバッキングまで進んでいた。この段階でどうにか貼り込むが、ここまできちゃあ本文と見返しのサイズを合わせるのが至難の業で、わずかなずれが解消できない。職人たちが練りあげてきた基本の手順には、合理的な理由がある。偶然の逸脱が功を奏することもあるにはあるが、稀なことだ。

この記録ではしれっと触れずにおこうかとも思ったが、前回まで白かった本文が突然濃紺になるのだから、隠しようもない。恥ずかしながら、白状することにした。


失敗すると「あちゃー」とは思うが、わたしにとってはよくあることだ。仕方ない。こうやって開き直るからまた失敗する。自慢じゃないが、微塵の失敗もなく完成に至る本などそうそうない。

かれこれ10年以上前になるが、『手で作る本』の著者である山崎曜さんの製本教室に通っていたときのこと。あるとき、山崎さんが「製本がうまいというのは、失敗したときにそれをリカバーできるってことかもしれません」といった。失敗しないことが境地だと思っていたわたしは、ハッとした。

いわれてみれば、編集も同じだ。どれほどのベテラン編集者であっても、すべてが順調に運ぶ本なんてないはずだ。思うように情報が集まらなかったり、意図がうまく伝わらなかったり、あるあるな誤植を校了直前まで見逃したり。すんなりいかないことは必ずある。でも、経験から得た知恵と技術で点検して、工夫して、修正して、完成までもっていく。きっと、どんなものづくりも多かれ少なかれそうなんじゃないだろうか。

だったら、今回の失敗もよしとしよう……と片づけるには、あまりに情けない凡ミスだった。さすがにちょっと引きずっている。


ところで、失敗といえば、この『かえるの哲学』に登場するがまくんとかえるくんだ。とりわけ、がまくんのほうは四六時中やらかしている。

アイスクリーム屋さんに行けば、よせばいいのにでっかいのを2つ買う。そのままおひさまの下を歩くものだから、どろどろに溶けて頭のてっぺんからアイスまみれ。視界不良で池にどぼん。あちゃー。

TO DOリストを書けば、いくつかの用事をちゃっちゃとこなしたところまではよかったものの、ひゅるるーと風が吹いてリストが飛ばされる。と、次にやることがわからなくなり、ぼーっとして日が暮れる。あちゃー。

すっかり原典絵本のネタバレになっているが、がまくんとかえるくんのお話は作者のアーノルド・ローベルの絵とことばで味わうからこそ格別で、また繰り返し読むほどにしみじみおもしろいので、お許しいただきたい。

相方のかえるくんは、やらかし屋のがまくんを励ましたり慰めたりする役まわりが多い。とはいえ、華麗に助けるわけでもく、痛快な解決策を示すわけでもなく、ただ「あーあ」という感じで隣にいるだけだ。ふたりに「失敗リカバー術」は存在しない。失敗は失敗のまま、ぬるっと受け流す。


ローベルの作品集『アーノルド・ローベルの全仕事』を編集していたときのこと。ローベルのお子さんたちに「ローベルは、がまくんとかえるくんのどちらに近い?」と聞いてみた。娘のエイドリアンさんは「両方の側面をもっていたけれど、間違いなく、がまくんのほうが近いわね」といった。息子のアダムさんも「父さんは、かえるくんより、がまくんだね」と賛同した。ローベルおじさんは、愛すべきおっちょこちょいおじさんだったようだ。

当のローベルは、こんなことばを残している。「ふとんに入って、一晩寝る。それが難局に処する合理的な方法だ」— どうしようもない困難にぶつかったからって、真正面から挑むばかりが正解じゃない。そもそも人生は失敗の連続で、思い通りにいかないことだらけなのだから、しんどいときは、ふとんの中で丸くなってやり過ごそうや……といっているのだ。ローベルおじさんは、やっぱり信頼できる人だ。

さて、花布の上からクータを貼る。「クータ」とは筒状にした背紙のことだ。この本は、開いたときに背表紙と本文に隙間ができる「ホローバック」にするつもりなのだが、クータの空洞がこの隙間になる。

これにて本文が完成した。がまくんとかえるくんを見習って、わたしもそろそろ失敗を受け流そうか。見返しの微妙なずれなんて、薄目で見ればわからないじゃないか……薄目で本を見る人などいないけど。濃紺がアクセントになって素敵じゃないか……せめて本文に近い色の見返しにすれば、目立たなかっただろうに(いま気づいた)。

はぁ。ふとんに入って丸くなろう。


●『手で作る本』山崎曜(文化出版局)


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