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【製本記】 かえるの哲学 01 | ローベルおじさんの孤独

本をつくってばっかの日々。編集者として本を編みながら、時間を見つけては製本家として本をこしらえている。編集した本は世にでて光を浴びるが、製本した本は暗所に埋蔵するだけの習作も多く、せめてここに記録する。

いま、取りかかっているのは『かえるの哲学』だ。文庫サイズの「並製(ペーパーバック)」として流通している本だが、これを「上製(ハードカバー)」に仕立てる。せっかくなので、糸でかがろうと思う。並製の本はたいてい背が糊でがっちり固められていて、それを糸かがりに仕立て直すには、本を解体するところからはじめなくてはならない。状態によっては、背の部分を断裁機でバッサリ切り落とすこともある。そうやって大胆に解体しておきながら、再びちまちまとつなぎ直すわけで、不毛な感じがする。製本に興味のない人から見れば「ご苦労さま」としかいいようのない作業だ。製本に興味のある人から見ても、か。

しかし『かえるの哲学』については、この「ご苦労さま」な作業を免れた。なぜなら、本文の「刷りだし」を手に入れたからだ。刷りだしとは、本刷りの前に印刷機の調子を見るために行う試し刷りだ。まだ製本される前の状態なので、不毛な逆戻りを回避して製本の工程にすっと入ってゆける。

普通は手に入らない刷りだしがここにあるのは、この本がわたしの編集したものだからだ。重版が決まったとき、関係者にお願いして3冊分を譲ってもらった。出版業界で働いていて得したなと思う、数少ないことの一つだ。とはいえ、そもそもモジモジした人間であるわたしは、なかなか「刷りだしをもらえませんか?」といいだせない。


この『かえるの哲学』という本は、アメリカの絵本作家、アーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズから抜粋したフレーズ集だ。2匹のかえるは、水辺の草むらでえっちらおっちら暮らしている。家族はいなくて、お互いに、お互いしかいない。相手のことが大好きすぎて、喧嘩したり、すれ違ったり、仲直りしたりを繰り返す。子どもっぽくてどうしようもないところもあるけれど、ときどき「ぼくたち ゆうきが あるかしら?」「じぶんが 1ぴきの かえるだということが、いいきもちだ」なんていって、生きることの核心をつく。

がまくんとかえるくんのことは以前から好きだったけど、この本を編集したのをきっかけに、もっとうんと好きになった。それは、作者であるローベルのことを知ったからだ。少年時代のローベルは、病弱でやせっぽちで、本とラジオが友だちだったという。親近感を抱くには、もうこれだけで充分だ。

大人になって結婚したローベルは、ふたりの子どもに恵まれた。家族旅行のあいだも仕事が気になってそわそわしてしまうほどのワーカホリックだったけど、子煩悩な父親でもあった。夕食後に皿洗いをしながら大声で流行歌をうたったり、ゴリラの着ぐるみ姿でサンドイッチを買いにいったり、家族でB級ホラー映画を手づくりしたり、相当おもろい父ちゃんだったらしい。普段は控えめな人ほど実はユーモアにあふれていて、家族の前じゃ、はっちゃけたりするよね。わかるなあ。

そんな愛すべき父ちゃんは、40代のはじめ、自分は同性愛者だとカミングアウトして家族のもとを去った。おもろい父ちゃんのローベルと、カミングアウトしたローベル。どちらも本当のローベルで、そこに嘘などありはしないのに、両立することは許されなかった。

ローベルは、54年という決して長くはない生涯で、30冊あまりの絵本を著した。『ふくろうくん』やら『きりぎりすくん』やら、へんてこりんなキャラクターがたびたび登場する。みんな孤独で、みんなやさしい。

さて、刷りだしを骨へらでひたすら折る。折るたび、がまくんとかえるくんの姿が見える。恥ずかしがったり、怖がったり、イライラしたり、強がったりしてる。あぁ、なんてかわいいんだ。不器用な2匹はすったもんだしながらも、相手を大切にすることと自分らしくあることを両立させてゆく。

ローベルは、大がかりなドラマやくどくどしたセリフを用いることなしに、ささやかな日常のできごととシンプルなことばだけでこの物語を描きあげた。ローベルの絵本は、文学だと思う。

折りの作業を終えたら、折ったものを「折丁(折/台)」と呼ばれる単位にまとめる。基本的に「1折」は16ページで、本の総ページ数は16の倍数となる。しかし、この本は16の倍数+12ページあり、16ページ折と8ページ折と4ページ折が混在している。印刷会社さんは、さぞ苦心されたことだろう。16ページの倍数に収められなかった編集者の愚をお許しください。すべての折丁を重ね合わせてプレス機に挟み、謝罪の念とともにぎゅっと締める。


●『かえるの哲学』アーノルド・ローベル 文・絵/三木卓 訳(ブルーシープ)


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