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形態美の変遷"フィン・ユールとデンマークの椅子"①

椅子好きにとって今シーズンの展示会はかなり忙しい。
東京都現代美術館では「ジャンプルーヴェ展」があり、美術館では、武蔵野美術大学では所蔵250脚もの「みんなの椅子」が展示され、東京都美術館ではデンマークの椅子が一堂に会する。

東京都美術館で開催中の「フィン・ユールとデンマークの椅子」展では、フィン・ユール氏を中心にデザイン大国と言われるデンマークのデザイナーたちによる家具デザインの歴史と変遷を辿ることができる。それぞれの家具が生み出された社会背景、デザイナーの意図も読み解くことができる。

デンマークが有名な家具デザイナーを多く輩出していることはわかっていたが、吹き抜けの会場を見下ろすと名作家具がこれでもか、というくらいに並んでいる。
家具単体で言うとフリッツ・ハンセンやベイカーなど別々のブランドから出ているのだが、デンマークから生み出されたそれらは不思議なほどに世界観が一貫している。

そしてここでしか見られない希少な家具や関連資料も含め、ここまでの数のデンマークデザインが揃うこととなったのは、何と言っても織田憲嗣氏が研究資料として長年にわたり収集してきた「織田コレクション」の存在が大きい。織田コレクションは北海道の北端に近い東川町に普段所蔵されているため、東京で見られるのは本当にありがたい。

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左:グローヴキャビネット

フィンユール氏は若い頃美術史家を志していたが、父親の反対から王立芸術アカデミー建築科に進学し、その後設計事務所で働き始める。
25歳で家具職人組合の展示会に初めて出展し、次々と名作家具を生み出す。42歳で自邸を建設。1950年代にはアメリカに渡り、ニューヨークの国連本部の会議場を手掛け、世界的に知られることとなった。展示会のデザイン、建築、インテリア、家具まで幅広く活躍した。
今回はフィン・ユール氏の各時代ごとのデザインの変遷を名作家具と共に見ていきたい。

1.身体を包み込むほっこりしたデザイン

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左:ペリカンチェア 右:ポエトソファ
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右:チーフテンチェア

1940年代前半に作られたポエトソファとペリカンチェア。これぞデンマークのデザイン!という滑らかなフォルム。ファブリックも柔らかすぎず硬すぎず、身体を包み込む弾力があり、ポエトソファの座面と背面の色の組み合わせは北欧の自然を想起させる。背面のボタン留めはクラシカルな印象を与えがちだが、全体の印象からかモダンな雰囲気によいアクセントをもたらしている。これらの家具は時代やインテリアのテイストを選ばず、どんな空間にも馴染む。それを彼が若干20代で作ってしまったのだからすごい。ペリカンチェアはのちのスワンチェアに通ずる部分もあり、同時代のデザイナーへ影響を与えたことも読み取れる。

2.彫刻のような椅子たち

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左:チーフテンチェア


イージーチェアNo.45
イージーチェアNo.53

「家具の彫刻家」と称されるフィン・ユール。肘掛けや脚部は細く柔らかい曲線を描いている。この彼のデザインを実現したのが、家具職人ニールス・ヴォッダーだ。家具の構造面に知見のないフィン・ユール氏を確かな技術力で支え、20年に渡りタッグを組んで名作家具を生み続けた。イージーチェアNo.45は「世界で最も美しいアームを持つチェア」とされている。確かに実物を見るとどの角度から見ても美しい。アームの微妙な膨らみや扁平した断面は、木を丁寧に削り出した様子が伺える。

2.工業化に向けたデザインの挑戦

ボヴィルケ社による生産


ベイカーソファ&カクテルテーブル

1950年代には、それまで家具工房での時間をかけた丁寧な家具の手作りから機械での量産生産に向けた試みがなされた。ボヴィルケ社で生産される椅子はそれまでの家具職人によるしなやかで手の込んだ肘掛けや脚のラインをなるべくシンプルに作りやすくデザインが工夫されている。以前の彫刻のような美しさ、から比べるとやや物足りなさを感じるが、彼はでき得る限りのデザインの挑戦をしている。ベイカー社と組んで初めてデザインしたベイカーソファに至っては曲線ラインがモダンな印象を与える。背面が上下で分離し上部が浮遊して見えるフォルムは工業化によって成し得たと思う。

この展示会では、展示だけでなく実際に座って体感できるスペースがある。そこには名作椅子があちこちに配置され、私は色んな椅子で座り心地を確かめた。多くの家具はデザインと実用性が両立されている。彫刻のような肘掛けは、意匠だけでなく人の腕や肘の角度にも上手くフィットする。
いつか北海道の東川町へ行き、全ての織田コレクションを見てみたい。

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