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フラットに世界を見るまなざしによって、建築を開き世界とつなげるーー伊藤暁建築設計事務所による建築展「具体的な建築」

こんにちは。

アーキテクチャーフォトの後藤です。

今日は、南青山のプリズミックギャラリーで行われている建築家・伊藤暁の展覧会「具体的な建築」を訪問してきましたのでその感想を書いてみたいと思います。

伊藤は、aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所出身の建築家で、現在は東洋大学准教授も務めています。
また伊藤の名は、徳島県神山町での一連のプロジェクト(えんがわオフィスやWEEk神山など、※BUSとしての共同設計)にて、まちづくり的な観点で知っている人も多いでしょう。このプロジェクトは建築のみならず、過疎化した村が活気を取り戻していく取り組みが、様々なメディアに取り上げられたりしています。

そんな伊藤による初の個展がプリズミックギャラリーで行われるということで訪問してきました。

(会場全体を見る。)

会場を一周してみると色々な発見や示唆に満ちた展覧会であることがわかりました。その中でも私が強く感じたのは、

・建築家が自身の建築作品を展示するという視点において非常に学びが多い会場構成であること

・伊藤のいう「具体的な建築」という視点が、建築におけるレファランス(参照)という考え方に新たな提起をしている

という2点でした。この二つの切り口で、この展覧会を紹介しつつ書いてみたいと思います。

■会場の様子

(展示壁面の一部をみる。最も大きく出力されているのは伊藤が設計した建築、その周りに小さく出力され配置されているのが、伊藤が撮りためた写真たち)

この展覧会では、伊藤が過去に手掛けた建築作品を展示すると共に、伊藤が長年撮りためていた、アノニマスといってもいい建築の写真をほぼ併記する形で展示しています。

会場に設置してあるキャプションによれば、これらのアノニマスともいえる建築たちの写真を伊藤は「観察の写真」と説明しています。そして「私はこの観察を通して現代的に建築を考える手がかりを多く得ている」とも説明しています。

つまり、ただ無関係な写真ではなく、伊藤の建築設計に大きな影響を与えている写真であるということです。

(伊藤による観察の一枚)

その観察と実践の関係は会場の中でも確認することができます。私は日建設計の三井さんのツイートで知っていたのですが、上記の写真が参照されたと思われるデザインが会場内のパネルの脚に見ることができます。

(木製の展示パネルを支える脚。観察の写真との連続性が見られる。)

会場内でこのような発見があることで、伊藤が、実際に「観察の写真」から学んでいるということが説得力を思って感じられます。

(展示パネル)

常に伊藤の建築作品と、観察の写真が並列された状態で展示されています。

展覧会構成はこのような感じで進んでいきます。次に私が感じたことを書いていきたいと思います。

■建築家が自身の建築作品を展示するという視点において非常に学びが多い会場構成であること

会場をぐるりと回って気づくことは、全体にわたって、伊藤の建築作品のみが主張される、という展示方法がとられていないということです。

建築作品の写真は、アノニマスな建築や都市を観察した写真と、サイズに関してはヒエラルキーがつけられているものの、同様のフォーマットで出力がされています。

(展示のディテール。紙にプリントされた写真が金属パーツで固定されている。)

作品の写真は大きく出力されているものの、観察の写真と比較しても大きさ以外の違いは見当たりません。

このようなレイアウトを採用したことによって、伊藤が日常的に見ている建物たちと、自身の作品が連続し関係を持っているということが視覚的にも伝わってきます。これは非常に考えられた手法だなと感じました。

一般的に建築家の展覧会は、自作品の発表の場という感覚が強いと思います。
そのような前提に立ったならば、例えば自分の作品のみを場所を変えて展示したり、額装したりすることで、作品であることが誰にとっても明確で分かりやすくするというアプローチもあったわけです。

しかし、伊藤はそういうアプローチを取らなかった。
そして、最も簡易的であるであろう(恐らく)インクジェットプリントでの出力を採用したことも、訪問者の感覚に影響を与えています。

美術館での建築作品や図面の展示というものは、アクリル板で保護されたり、アクリルケースの中に収納されたりするケースも多いと思います。それらは、展示するものが貴重なものであることでそうしている側面もあるのはもちろんですが、そう展示されることで、中身を貴重なものであると観客に伝える役割も果たしています。この作品は素晴らしいものですよと。

それと比較し、伊藤の展示は、ひじょうにそっけないと言えます。まるで設計事務所がスタディ用に制作したパースを壁にピンで留めているような展示方法です。

けれど、このライトな展示方法が、凄く今回伝えたいことにあっていると私は感じられました。つまり伊藤にとっての建築とは、仰々しく着飾ったものではなく、「日常」の中にあたりまえのようにあるものだということだと理解しました。そのフランクさを表現する為に、このような一見するとラフな展示の仕方が採用されているのです(もちろん費用さえ掛けさえすればどのような展示も可能なのですから)。

作品個々について知るという観点からは物足りないと言えるかもしれませんが、展示の方法やレイアウト、その総体として自身が建築家としてどのような思想を持っているのか、スタンスなのかと言うことが会場全体に溢れているように感じました。

2000年代以降、展覧会の会場構成は建築家の仕事として認知されるようになりましたが、自身の建築展を、自身で会場構成するというケースにおいて今後も参照されるべき会場構成だと言えると思いました。

(会場内のパネル)

■伊藤のいう「具体的な建築」という視点が、建築におけるレファランス(参照)という考え方に新たな提起をしている

会場を訪れる前から、そして会場を見て、帰る道すがらもずっと考えていたのが、伊藤の言う「具体的な建築」という言葉です。

この会場で展示されている内容は、一見すると建築におけるレファランス(参照)を視覚化したものと見ることができると思います。

レファランスとは、90年代以降のスイス建築が注目される中で一般的に広まっていった考え方だと私は認識しています。このような考え方では、完全なオリジナリティは存在しないという前提に立ち、自身がプロジェクトを計画していく際に、すでに世の中にある既存の空間や建築を、構想のヒントとして収集し、それらを分析し、参照していくことで建築設計を進めていきます。スイス連邦工科大学の建築スタジオでは、設計初期の段階や計画中にも、何を参照したかが議論になると聞きます。

ただ、この伊藤の展覧会で見たものは、私が今までに考えていたレファランスとは少し違うのではないか、という仮設が浮かびました。

(展示の一部)

私の認識していたレファランスという方法は、より抽象化を伴う行為です。
実際の建築の空間から、そこで実現されている雰囲気や感覚の元になっている言わばエッセンスを抽出し、もとの空間の背後に隠れているものを、自身の設計に反映させる。そうすることで、参照空間とは異なる、建築家独自の空間が生み出されると考えていました。
つまり、レファランスには抽象化を解する必要があると思っていたのです。

抽象の反対は、具象、つまり「具体的」ということです。
私の眼には、伊藤によるレファランスは、もちろん直接的ではありませんし、抽象化されている部分もあると感じたのですが、より具象性に寄った抽象であるように見えました。

それは、先にも紹介した、展示台の脚にも表れていると思います。プロポーションや素材に変化がされているものの、具体性をもってレファランスされていると感じます。

それは、今までのレファランスとは、異なる視点でのレファランスと言えるとも思うのです。

また、恐らくですが、この手法は建築の枠を超えて、一般社会と対話可能なアプローチだとも感じました。
一般社会では抽象化されたアイデアよりも具象的なアイデアが受け入れられやすい傾向があります。伊藤の過去の作品を遡ってみて考えても、この具象に寄ったレファランスがあったからこそ、徳島という都市から離れた場所でも、その建築がその土地に受け入れられたのではないかとも思えてきます。

伊藤の提唱する「具体的な建築」が今後つくられ続けて行った先に、どのような社会変化が起こるのか、とても興味深く、想像が膨らみました。

***

建築関係者のみならず、自身の作品をどう見せるかという視点でも学びがある展示だと思います。会期は、まだありますので、是非訪問してみてください!!

アーキテクチャーフォトの後藤でした。

具体的な建築

伊藤暁建築設計事務所の初の個展です。これまで考えてきた建築や、その手掛かりとなっていることがらを「具体的な建築」という切り口からまとめ、展示しております。この展示をきっかけに皆様と言葉を交わし、ご批評いただけることを楽しみにしております。ぜひご来場ください。

【展覧会概要】
会場|プリズミックギャラリー
会期|2018.6.8(金)~2018.7.23(月)
開廊時間|10:00 ~ 18:00|土日祝13:00 ~ 18:00 ※7.7(土),8(日),16(月・祝)は休廊
※開廊時間は変更になることがございます。
 最新の開廊情報はこちらから→https://twitter.com/strito


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