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既存空間をリスペクトした新設の天井が、全てを解決するーームトカ建築事務所による「天井の楕円」

青木淳建築計画事務所出身の村山徹さんと、山本理顕設計工場出身の加藤亜矢子さんが共同主宰する設計事務所「ムトカ建築事務所」が、改修を手掛けた東京の住宅「天井の楕円」を見学させてもらいましたので、その様子をレポートしたいと思います。

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まずこの改修作品の前提条件から説明していきましょう。

もともとの建物は、建築家の葛西潔さんが設計を手掛け1997年に完成した「銀の木箱」と名付けられた作品です。(こちらで竣工当時の写真が閲覧できます。)

(引用:http://www.kasaikibako.com/gin/gin.htm

葛西さんは、その住宅作品がTOTO通信の藤森照信による連載「現代住宅併走」に取り上げられるなど多くのメディアでその作品が紹介される建築家です。

昨今、建築家による住宅のリノベーションは多々発表されていますが、今回のような過去に作品として発表された住宅に手を加えるというケースは珍しいと思います。これが、今回のリノベーションが特殊な点であると言えます。

今回、この住宅を購入して住み継ぐことになったクライアントが、ムトカ建築事務所に改修の相談を持ち掛け、プロジェクトがスタートします。

クライアントからの要望は3つあったと村山さんがツイートしていましたので、それをご紹介します。

村山さんのツイートによれば、

①茫漠とした2階に居場所をつくってほしい
②南側の大きな窓にある筋違いを取りたい
③窓が大きいので熱環境が心配

という3つの要望があったとの事。この背景となる改修前の状況は、先に引用した写真を改めてみていただくと理解しやすいと思います。

ここでちょっと説明を加えておきますと、一般的に、建築家の設計した住宅というのは、その個別のクライアントの為に最適化されたものであると言えます。

ハウスメーカーによる商品化住宅が、平均的な住人像を想定し、不具合が極力起きにくいように設計されることに対し、建築家はそのクライアント固有の要望や言葉にできない欲望をすくい取りそれを形にします。ですので、先のこの住宅を購入したクライアントの3つの要望というのは、この住宅の欠点という訳ではないのです。ここは注意したいポイントです。

恐らく、この住宅を葛西さんに設計することを依頼した、新築時の建て主にとって、この住宅の設計は最適なものであったのだと思います。だからこそ、住み手が変わった今回、新しいクライアントに最適化するための改修依頼がムトカに依頼されたということだと思います。

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それでは、ムトカが、この葛西さん設計の住宅にどのように手を加えたかを見ていきたいと思います。

視覚的にハッキリと認識できるのは、2階の天井高のある空間に挿入された天井(床)です。設置された高さは約1.8mほど。階段も備え付けられていて、上に登ることも可能です。

もう一度、既存(改修前)の写真を引用します。

(引用:http://www.kasaikibako.com/gin/gin.htm

写真右側の横架材の部分に合わせるように、白く塗られた天井(床)がこの空間全てに回っています

新設された天井部分に登って部屋を見下ろすとこのように見えます。簡潔に言うと、真ん中を大きくくり抜かれた板が空間に追加されたというような印象です。

図面も頂いたので掲載します。

図面を見ると、そのくり抜かれた形状が「スーパー楕円」だという事も分かります(この楕円形はフリッツ・ハンセンがデザインしたテーブルにも使用されていることで知られています)。

詳細に見ていくと、色々な設計上の配慮や操作・意図が浮かび上がってくるのですが、できるだけそれが認識されないようにデザインし、この天井のみが空間に追加されたように見えることが徹底されています。

(天井部分に上がって、階段を見下ろした写真)

天井部分に登ってみた印象ですが、とくに高さからくる怖さのようなものは感じませんでした。1.8mという高さの設定が絶妙なのでしょう。日当たりも良くリラックスできます。

新設された階段部分を見ていくと、これが構造的な役割を担っていることも分かります。

クライアントの要望通り、取り除かれた筋交いの代わりの役目を担っていることが、その設置位置をみるとよくわかります。

4分割されたすべての窓に入っていた筋交いが、取り除かれることで開放感が生まれていると共に、天井部分に登ることができるようになったことで上部の窓の開閉も容易になったとの事。そしてカーテンによる光の制御も容易になっていることが分かります。

そして、天井を挿入したことで室内の隅に、天井高の低い空間が生まれています。この場所を見ていると、クライアントが希望していた「居場所」も、この天井によって生み出されていることが分かります。

反対側の入隅空間には、特設のカーテンが設置してあり、これを閉じることで、小さな部屋を作ることができるようになっていました。

オンデルデリンデがこの住宅のためにデザインしたカーテンも興味深いデザインです。平面の布が立体的な形を成すように仕立てられており、薄い布が重なることで適度な厚みが生み出されていて、通常の一枚のカーテンと比較し空間を区切る効果が高まっているように感じました。(村山さんによれば、オンデルデリンデのチームには洋服のパタンナーを経験された方がおられるようで、立体的なデザインも得意としているとの事)

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一通りの空間を経験し、村山さん・加藤さんのお話を聞いていると、様々な要望・問題が、この新設された天井によって解決されていることが明確になります。

「①茫漠とした2階に居場所をつくってほしい」という要望に関しては、天井を作ることで、その下に少し薄暗い親密な空間が登場していましたし、階段を上ったロフトスペースも空間の質が異なる明るい開放的な居場所になっていると感じました。

「②南側の大きな窓にある筋違いを取りたい」という要望も、新設階段による構造的な補強と、新設された天井の内部に配置された構造用部材によって実現されました。これによってバルコニーへの出入りも容易になったとの事。

「③窓が大きいので熱環境が心配」に関しては、窓付近の天井が、室内側の庇のような役割を果たし室内に影を作り出しています。これに関しても設計段階で解析を行ったとの事でした。

デザイン・設計という行為には、問題を解決するという側面があるのは説明するまでもありません。そして、そのアプローチはデザイナー・建築家によって異なります。ぼくが今回の「天井の楕円」で注目したのは、その解決方法が、"問題を解決している"と視覚的に明確に表現されていないことです。そして、ここにムトカの設計思想や美学が宿っているようにも見えます。

例えば、筋交いを取り除くために追加された構造用部材は、階段の側桁(側面の板)を兼ねることで構造的意味が意識されづらくなっていますし、構造補強のための火打ち(梁と梁を接続する斜めの部材)も、天井の中に収められていて意識されることはありません。デザインの中で、それが構造を担っているということを視覚的に表現する方法はいくらでもあると思います。しかし、ムトカはそれを選択しなかった。

居場所という要望に対しても、簡易的な壁で囲われた空間を作る、造り付けのソファを新設するなど、誰が見ても居場所であることを伝えるデザインというのは数多あるでしょう。しかし、これもムトカは選択しなかった。

ムトカが選択したのは、一見すると不必要に見える楕円にくり抜かれた天井によって、全ての問題を解決する。というアクロバティックな提案でした。

村山さんにそう問いかけると「ミニマリズムが根底にある」との答え。確かに、ぼくは村山さんと同じ時代を生きてきて、その思想にも触れているので、共感するところがあります。「色々な問題を、できるだけ少ない手数で解きたい」と村山さんは言います。この考えにもとても共感します。

しかし、それをムトカの美学だけでとどめるのではなく、この空間において何が起きていたのか、そして2018年の現在にこのリノベーションがどのような意味を持ち得るのかも考えてみたいと思いました。

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ぼくが空間に身を置いて感じたのは、葛西潔さんという建築家が作り上げた既存空間へのリスペクトです。

ムトカがこの住宅で採用した、できるだけ少ない手数で問題を解決する、というアプローチは、既存の空間にできるだけ手を加えない、ということでもあります。つまり出来るだけオリジナル部分をそのまま残したうえで、改修が行われたともいえるのです。

新設の天井部分が白く仕上げられているのは、自身のアイデアの反映された部分を明確にする、というよりも、オリジナルとは別の、あとから追加された部分であることを視覚的に表現したのだと思いました。
つまり、それは自己アピールとして素材感を変化させたのではなく、設計の履歴を明確にするという意図があったのではないかと思いました。

そうでないとするならば、例えば、新たな天井を合板素地などで構成することも選択できたはずです。そうすることで新たな天井は、既存の空間とより一体感をもってそこに存在していたはずです。

また、これは住宅のプロジェクトながら、歴史的建造物を改修するという視点においてもヒントが詰まったプロジェクトではないか、とも思うのです。

2018年現在は、様々な近代建築が保存の岐路に立たされたり、改修・修繕の方法が議論の対象になっている時代です。既存のものを、その当時のありようのまま修繕して保存するのも一つの方法です。特にそれが、名建築であった場合その選択が求められることが多いと言えます。

ただ一方で、その空間が現代の需要に答えられるようにアップデートされなければ、その空間は、使い続けられることはありません
鑑賞対象としてのみ存在する建築物は、それが規模が小さければ、移築という選択もありますし、保存される事例もあります。しかし、規模が大きくなれば、そのような存在であることは許されません。

そんな状況が、ますます増えていく時代において、ムトカが今回行った、既存空間の状態をリスペクトし、履歴を残して最小限の手数で改修する、という手法は、歴史的建造物の改修にも応用可能なのではないかと思うのです。

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如何でしたでしょうか。
建築家の思想や思考が込められた、建築を経験することはとても楽しいことです。

少し個人的な建築の見方を紹介したいと思います。
ぼくの場合、できるだけ基礎知識のない状態で、その空間に身を置くように努めています。そしてその場で自分が得られる感覚に敏感になるように努め、その記憶を心に刻みます

その後、実際の建物の作り方や、素材、寸法などの実際の状況に目を向けます。そして、自分が得られた感覚が、何によってそう感じさせれたのかを分析していきます。建築は様々な思想がその背景にありますが、材料が決められた寸法で配置された物質です。
ですので、その物質の構成に、ぼくたちが経験した感覚の理由があるはず
です。

そして、その感覚と原因に、自分なりの答えを見つけ出すことができたら、その答えが、何故この時代になされたのか、この時代である意味はあったのかを、過去の歴史や事例を思い出しながら考えてみます
それが、それぞれの建物がもつ建築的な価値だと思うからです。

アーキテクチャーフォトでは、建築家の皆さんが行うオープンハウス情報を積極的に紹介するように努めています(イベント紹介のカテゴリーにて)。是非、それらをチェックして、皆さんも訪問してみてはいかがでしょうか。

もちろん住宅の場合、住まわれる前に行われることも多いので、建物に傷をつけない設備を使わない、設計者に挨拶をするなどの最低限のマナーは存在します。それらを守っていれば、どこでも喜んで案内してくれると思いますよ。

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