幸せはどこにある

私の親友、まさぼーちゃんが元気だった頃の話。

ある縁で、新宿で一人の若者と知り合った。

九州から東京を夢見て出てきて、憧れていた料理の専門学校に入学したのだが、学校になじめず、寮であれこれと嫌がらせを受けていてキツイ、とつぶやいた。

どうして、私にはそういう寂しい人が集まってくるのか分からない。

料理の専門学校、料理を本気で学ぼうと志す、地方の料亭や料理人の跡継ぎみたいな奴らの中で、ただ、料理が好きだから学んでみたい、みたいな出汁の取り方一つ学ばなかった男の子が実習に混じったら「ドンくさい奴」扱いされるのも見えてしまう。

音楽の専門学校だって、そんなことはよく話に聞く。

寮に入ったら寮に入ったで、大事なゲーム機を壊されたり、あれこれ隠されたりと、ネチネチとした嫌がらせを受けていたと聞いた。

彼は、貧血になりやすいせいか、よく、めまいをしてふらついていた。めまいをして、コンクリートに顔面から突っ込んだとかで、前歯四本がズタボロに欠け、何か、それが虫歯だらけの幼稚園児のような奇妙な幼さを醸していた。

「何で治療しないの?」
「保険証移してない。九州に置きっぱなし。戸籍も動かしてない。」

半ば、家出に近かったのじゃないかと気になった。けど、料理学校の寮に入って学校に行ってるというから、親が応援してくれていたかと思ったら違うという。

「四人兄弟の末っ子で、家に居場所がないから、短大を出てから、バイトした金で専門学校に入ったんだ。」

それほどの夢を抱いてきたはずの東京は・・・彼に優しくは無かったのか。でも、君が出会った東京の人は東京の人じゃない。君と同じような地方から出てきて、東京に住んでいるふりをしているだけの人間だ。

もちろん、私だって、そんな人間の一人だった。今でもそうだ。
けれど、東京のぬくもりは、誰よりも味わうことが出来たから。
彼の境遇は、あまりにも厳しいもののように思えた。

一度、自分の信頼する料理人の所に連れて行き

「料理人志望だから、味わわせたいと思って。」

と、彼にごちそうしながら、彼がどれだけこの店の味に気づくか、試してみた事がある。

ところが、彼は「おいしいね」というばかりで、あまり感動した様子がない。この店は、気づく人なら、物凄い仕掛けが幾重にも仕掛けられているのに、それに気づいた様子がない。

逆に、45歳で医療機器メーカーの営業を脱サラして、一念発起で店を起こした努力の人のマスターに。

「あの子、向いてないね。箸もロクに持ってないし。親から何も教わってないんだな。」

一瞬で素性を見抜かれていた。流石は営業マンから、料理人に転身しただけあって、人を見抜く眼力は鬼レベル。

四男坊だもん。親がずっと家にいなくて、自分で料理をするうちに料理の面白さに気づいたと言っていた。だから出汁の引き方の基本も、家庭から教わっていなかった。

「なんとかしてやれないものか。」

と悩んでいる時に、ある日、ふと、その子が言い出した。

「学校1年休学して、寮を出てきた。」
「えっ!」

しこたま、おどろいた。
大きな荷物一式を、安いコインロッカーに詰めて、身軽な荷物だけを抱えて新宿の街をホームレスしていたのだ。外からみても、まったくホームレスに見えない程、こぎれいで。

派遣労働しながら、24時間営業の、まだ深夜時間帯に店にいられたマックやらドトールといった店を転々と渡り歩いて、夜の寒さをしのぎながら。

服を着替えて、ネカフェやらコインシャワーやら銭湯やら、ありとあらゆるものを駆使して、仮眠レベルでロクに寝もしないで、派遣労働に行く。

おそらく肉体系の派遣労働だろうなぁ・・・と想像は出来た。プログラムとかできるなら、また違うろうに。

自分が出て来た頃とは何もかもが違うなぁ、と思った。彼の生活を見ていると。俺が若い頃、そんな便利なものなんかロクになかったんだよな。

ホームレスであることを悟られないようにしなければ、派遣だってまともなものは得られない。どころか、ある人に言わせれば

「昭和の日雇いでも、そこまでひでぇ扱いは受けねぇな。」

みたいな所を転々とするより他無い。

「東京の冷たい街で」とかなんか歌ってた、何の苦労も無いで、大学に行かせてもらえて、夢をやるんだと言えば、楽器を与えられて。そんな子の歌が、どれほど薄っぺらい歌か。

君は、本当の東京の冷たさも、本当のぬくもりも知らない。

バンドのメンバーが揃って、マクドナルドでワイワイとメンバーで夢を語りあう若者たちの席の隣で。

ともすれば、疲れ切った顔で、電話の繋がらないスマホを無料の無線LANで繋ぎ。家も無く、新宿を彷徨い歩いていることを、誰にも悟られないように生きていた男の子。

・・・今は、どこの空にいるんだろう。
願わくば、君のもとに、天使が舞い降りてくれますよう。

ごめんな。
俺じゃ、天使にゃ役者不足だったね。


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