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米国での就労で見えたアメリカのレイオフ事情

アメリカで働いていると、誰しも、自分自身もしくは自分の家族や身近な友人がレイオフを経験したことがあるのではないかと思います。ある日突然解雇通告がなされ、その数時間後には荷物をまとめて会社を去るという光景は、映画やドラマの中の話ではなく、アメリカでは日常生活の中で起こっている出来事です。

日本で働いている限り、こうしたことは一般的ではないため、アメリカで働くのはリスクがありすぎる、と思う方も多いかもしれません。ただ、一言で解雇と言ってもいくつかのパターンがあり、どのパターンであるかによって状況は大きく異なること、また、レイオフに対するアメリカ人の考え方は、意外と知られていないのではないでしょうか。

今回は、14年間の米国生活で私が見てきたアメリカの解雇やレイオフの実態についてまとめてみました。実情を知ると、その見方も変わってくるかもしれません。


高層ビルが立ち並ぶマンハッタンのオフィス街

解雇の2パターン:"fired"と"laid off"の違いとは?

「解雇される」という英語表現には、"fired"と"laid off"の2つがあります。日本語に訳すとどちらも「解雇される」となりますが、前者は「本人の過失による解雇」であるのに対して、後者は「会社都合による解雇」である、という大きな違いがあります。しかし、日本でアメリカのレイオフ事情が語られる時には、両者が混合されてしまっているケースが多そうです。

"fired":日本よりも広義・本人の過失による解雇

"fired"、すなわち、本人の過失による解雇とは、どういったものでしょうか。こうした解雇の事例として日本で考えられるのは、会社資産の横領といった懲戒解雇に当たるものだと思います。

しかし、アメリカではそれだけに留まらず、
・従業員の勤務態度が悪いこと
・パフォーマンスが悪いことによる解雇
も、本人の過失に含まれます。

久しぶりに日本に一時帰国すると、どこのお店に行っても従業員が一生懸命働いている姿に大きな衝撃を受けます。日本で暮らしていた時には当たり前だったことがアメリカでは決してそんなことはなく、アメリカのサービス業に従事する人たちの勤務態度は、総じて驚くほどに悪いです。お客さんがいるのにおしゃべりをやめない店員、暇な時に携帯電話をいじっているスタッフ、どちらがお客さんか分からないほどに雑な接客は、アメリカでは日常茶飯事です。日本の基準に照らすと、アメリカの多くの従業員が勤務態度が悪いとも言いかねませんが、アメリカで言う解雇対象となり得るような勤務態度の悪い従業員とはどのような人でしょうか。

前述したような接客態度が悪い程度のことではアメリカでは通常は解雇とはなりませんが、遅刻が多かったり、従業員間でトラブルのもとになるようなことを多発したりといった場合、何度注意しても直らないと、解雇となります。日本だと考えられないかもしれませんが、アメリカのサービス業では、こうした解雇はそんなに珍しいことではありません。

本人の過失による解雇の2つめのパターンが、パフォーマンスが悪い従業員の解雇です。仕事ができない従業員の解雇が、"fired"、すなわち、本人の過失による解雇、とアメリカで捉えられているのは、よほどのことがない限り解雇があり得ない日本との大きな違いです。

パフォーマンスが悪いとは、どういうことでしょうか。アメリカでは、ある程度の規模の会社になると、しっかりとした人事部があり、人事考課制度が整備されています。それは、頑張っている人を正当に評価するためとも言えます。

良いパフォーマンスをあげれば賞与や昇給に反映される、というしくみが作られているのです。ついつい馴れ合い評価が行われたり、同じランクである限り昇給がほとんどなかったりといった日本の社会においては、ここまでしっかりした人事考課制度がある会社はほとんどないと思います。

一方で、年々物価が右肩上がりになっているアメリカ社会においては、物価上昇を加味して、給与は同じランクであっても毎年数%は上がることが一般的です(リーマンショックやパンデミックなど例外的な時期を除く)。そして、成果を上げた人は評価されるという土壌があるため、年次考課の結果は賞与や昇給と連動しているのです。

大会社になればなるほど、公平性を期すために、確立された人事考課制度があり、社員にも共有されています。例えば、ニューヨークで私が在籍していたビッグ4の一つである監査法人では、4つの大きな評価の柱(品質、リーダーシップなど)があり、それぞれのランクに応じて、各評価の柱ごとにどういったことが期待されているかが箇条書きで具体的に示されて公表されていました。1-5の5段階による評価で、「期待通り」であれば3,「期待を上回っている」場合は4,「期待を下回っている」場合は2,といった形で1年の最後にその1年間に担当したすべてのプロジェクトからの評価をもとに総合点が与えられ、その点によって、賞与と翌年の昇給率が決められていたのです。

評点1が付く人はめったにいないのですが、1の場合は即解雇。2の場合は、すぐに解雇とはなりませんが、会社の業績の急激な悪化など、不測の事態が起きたときには解雇対象でした。

時間もお金も限られているベンチャー企業では、パフォーマンスが悪い仕事ができない社員は即解雇となってしまうこともあると思いますが、ある程度の規模の会社になると、パフォーマンスが多少低い従業員も育てて軌道に乗せようとします。採用プロセス、そして入社後にも従業員には多くのお金をかけている(研修や福利厚生の提供など)からです。これは、一度の失敗でもセカンドチャンスが与えられるアメリカらしい発想に基づいているかもしれません。

ミッドタウンイーストからはるか遠くのタイムズスクエアを望む私が大好きな光景

"laid off":会社都合による解雇とは
次に、会社都合による解雇、すなわち"laid off"について見てみましょう。これは、本人のパフォーマンスとは関係ない解雇で、下記のようなパターンがあります。

  1. 業績の悪い部署を閉鎖することによるもの

  2. 本社移転や買収されることに伴うなどの事業再編によるもの

  3. 会社の業績悪化や不測の事態(パンデミックなど)によるもの

部署異動等を通じてなんとか従業員を守ろうとする日本では、いずれのケースも考えられないと思いますが、こうした解雇があるのがアメリカの実態です。

まず、最初のケースですが、業績の悪い部署を閉鎖することになった場合には、その部署の人はよほどのことがない限り、全員解雇となってしまいます。

2のケースはどうでしょうか。本社移転の場合は、管理職など会社にとって必要な人材にはrelocation package(リロケーション・パッケージ)と呼ばれる引っ越し代の補償などを行って新天地へ来てもらうようにしますが、社長秘書や事務員、経験が浅いポジションの人たちは、長期的に見ると、新天地で雇ったほうが金銭面でも良いため、解雇されてしまいます。また、自分が働いている会社が買収されることになった場合、新しいオーナー会社にも既に存在している部署や事業計画上今後必要ないと判断された部署の人たちは解雇となります。ただ、特別に優秀な人は、別の部署に移すなどの対応もあり得ます。

上記1、2のパターンの場合、本人のパフォーマンスと無関係で完全に会社都合であるため、会社は退職パッケージを用意して、数ヶ月分の給与保証を行うので、解雇されてしまった人たちは急いでその期間内に次の会社を探すこととなります。

3の会社の業績悪化や不測の事態(パンデミックなど)によるレイオフですが、これは、私自身、アメリカで働き始めて驚いたことのひとつです。アメリカの会社は常に業績(純利益)を右肩上がりに見せたいため、年度末の着地点が思わしくないと予想される時には、真っ先に人員削減を行います。日本的感覚で考えると非情ですが、他の費用削減努力を行うよりも、人員削減は業績への影響がすぐに出るので、そうした対応をするのでしょう。

この時にレイオフの対象となるのが、前述のパフォーマンスが悪い従業員となります。こうした判断はかなりのスピードで行われるのも意思決定が早いアメリカらしいと言えるかもしれません。以前働いていた会社では、パフォーマンスが悪い従業員の仕事ぶりを改善するための数ヶ月のメンター制度が始まった矢先に、メンター制度の対象者が全員解雇されるということがありました。メンター制度の開始を発表した際には、数ヶ月間そうした従業員を見守って育てていこうとしていたことは間違いありません。ただ、会社の業績見通しが思ったより良くなかったことが発覚したなど、何らかの原因により、緊急で費用を抑える必要が出てきたのでしょうか。社内に激震が走りました。

また、パンデミックやリーマンショックといった不測の事態が発生した時にも、大きなレイオフはあちこちで行われました。こうした出来事があった時、なんとか従業員を守ろうというのが日本の会社だと思いますが、アメリカの経営陣は「会社を守ろう」とするのです。これは、アメリカと日本の会社の大きな違いの一つだと思います。

みんなで一丸となってこうした事態を乗り越えようと考える日本では、賞与や昇給率を調整するなど工面して、社員を守ることに全力を注ぎます。かたやアメリカの会社では経営陣を含むトップ層は相当なお給料をもらっていることが多いため、こうした人たちの給与をカットすればかなりの数の社員を守れるのではないかと思いますが、アメリカ社会にはそうした発想はありません。そして従業員たちが犠牲となってしまうのです。

優秀な人でもレイオフがあり得るのがアメリカ

会社都合によるレイオフで恐ろしいのは、優秀な人でさえもレイオフの対象になり得るということです。会社の方針転換によって部署の閉鎖が決まったり、また、事業再編の影響を受けた場合には、その人の実力に関係なくレイオフとなってしまいます。また、会社の業績悪化により多くの人が解雇されてしまう事態の場合、仕事ができないわけではなくてもレイオフされてしまいます。こうした不確実性が、アメリカで働くのは恐い、と日本で思われている所以かもしれません。

ただ、会社都合によるレイオフの場合、会社から"severance package"と呼ばれる解雇手当が支給され、レイオフ時点でのポジションや在籍年数に応じて金銭補助がなされます。また、失業保険の対象でもあり、すぐに路頭に迷うといったことにはなりません。

昔の通勤経路。ターミナル駅であるグランドセントラル駅の背後にそびえるのは、NYの目印の一つでもあるクライスラービル。過去勤めた会社のうち3社はここからあまり遠くないところにあり、昔はよくこの近辺を歩いていました

レイオフは次の人生への扉

私が初めてアメリカのレイオフを目の当たりにしたのは、初めての米系企業で1年ほど経った頃のことでした。40人ほどしかいない小さな部署のうちの4人が、ある日突然レイオフされたのです。

そのうち3人とは一緒に仕事をしたことがあり、さらに1人はランチやお茶をするような仲でした。英語もままならなかった私にとって、彼女は数少ないおしゃべり仲間の同僚だったのです。励ましのテキストメッセージを送ろうと思ったものの、なんと言って良いのか分からず、日ばかりが過ぎていきました。それからしばらく経ったある日、彼女からテキストメッセージが届き、なにごともなかったかのように返事をしたところ、「私がどうして今会社に来ていないか知ってる?」と聞かれました。そこで思い切って、本当に気の毒に思っていると、同情と心配が混じった返事をしたところ、彼女は驚くほど元気で、この機会に長距離列車で全米横断旅行していると話していて、かえってこちらがびっくりしたものです。

レイオフは誰にでも起こり得ること。そのため、特段悲観することもないですし、周囲もそうした目で見ているのがアメリカでの実情です。レイオフされてしまって求職中であると周囲に話せば、自分の会社や友人知人の会社に空いているポジションがないかを尋ねたりと、周りもあらゆる形で協力してくれます。

パンデミックが収束したころ、テック系企業を中心に業績の下方修正による大型レイオフが相次ぎましたが、今まで良い人材を大手テック企業に取られてしまっていた勢いのあるスタートアップ企業が、優秀な人材を採用するチャンスと、こうした人員を積極的に採用したというニュースがありました。

ジョブ型雇用であるアメリカでは、自分のスキルや専門性を磨き続けることが重要ですが、自分のキャリアと真剣に向かい合ってたゆまぬ努力を続けている人には、万が一レイオフにあってしまっても、新しい道が開けていきます。それは、アメリカの労働市場が日本に比べてはるかに流動的だから、という事情もあるかもしれません。日本では「転職は35歳まで」という暗黙のルールがあると、日本での前職の同僚に聞いてかなり驚いたのですが、アメリカでは、年齢に縛られることはありません。履歴書は白紙のワードファイルから作るスタイルで、顔写真を貼ることもなければ、年齢、性別、国籍など個人情報も一切書かないため、採用側は応募者の年齢を推測ベースでしか知り得ません(もちろん面接中にこうしたことを聞くこともタブーです)。そのため、40代でも50代でも転職はあり得るのです。

どのような労働環境が良いかは人それぞれかもしれませんが、レイオフがどんな人にもあり得るという状況であっても、実力社会のアメリカでは、成果を出せば評価をしてもらえ、その分待遇に反映される社会です。それは、従業員たちのモチベーションの維持にもつながり、だからこそ、アメリカで働くことを好む人も多いのは事実です。「レイオフ=恐い」という視点だけではなく、こうした社会背景からアメリカの解雇やレイオフを捉えると、また違った世界が見えてくるのではないかと思います。


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2009年に単身NYへ渡り、語学学校から就労ビザ、グリーンカードを取得したアメリカでのサバイバル体験や米国人と上手に働くためのヒントをまとめた「ニューヨークで学んだ人生の拓き方 」がキンドルから発売中です。渡米したい方、日本で欧米企業で働いている方に読んでいただけたら嬉しいです。