見出し画像

立ち姿が美しい人


立つ、立てる


 人が立っている姿に拍手を送るという場面があります。フィクションでも現実でもあります。儀式とか定型と言っていいでしょう。

 立っている姿は美しい。立っている姿は誇らしい。立っている姿にパワーももらう。立っている姿は恐れや畏れもいだかせる。立っている姿を見るとこちらも居住まいを正したくなってくる。

 人だけではありません。岩、山、木がそうです。崇拝や信仰の対象にもなります。

     *

 自然物だけではありません。

 立つ、建つ、立てる、建てる。

 建造物、なかでも塔や柱がそうです。ピラミッド、バベルの塔、石像、トーテムポール、大聖堂、石を積み上げたケルンを連想します。

     *

 立つためにも、立てるためにも、建てるためにも、力が要ります。しかもその力を保たなければ、倒れてしまいます。

 その力は見えるというよりも感じられるのではないでしょうか。

 高層マンションを眺めていて不安な気持ちになる場合があります。自分には住めないなあ、なんて私は思ってしまいます。それは支えられている力を感じて怖じ気づいているからにちがいありません。

 力がこちらに迫ってくるように感じるのです。全身を威圧します。見えない力に圧倒されるのです。

立つ、歩く、持つ


 立ち姿の美しい人がいます。歩いている姿が美しい人もいます。

 ハイヒールを履く人たちはご苦労なさっているにちがいありません。

 男性でも背を高く見せるために、目だ立たないデザインの――すごく目立つものもありますけど――高いヒールの靴を履く人がいます。

     *

 立つのにも立ち上がるのにも立ち続けるのにも歩くのにも、力が要る。こういうことをひしひしと私は日々感じています。老化です。

 横たわる。やがて立ち、歩き、ときどき横たわり、最後に横たわる。

 これが人生なら、立ったり歩いたりするのには、やっぱり力が要るようです。

 踏んばる、息む。耐える、生きる。

     *

 姿勢よく歩く練習として、頭に本を載せて歩く方法がありますが、ただ歩くのではなく、物を持って歩くのはさらに力が必要です。

「たもつ」は「手(た)持つか」なんて辞書に書いてあります(広辞苑)。「か」があるのですから、推測のようです。でも、言えてるなあ、と感心してしないではいられません。

 たつ、もつ、たもつ、もちこたえる、たえる。
 たつ、もつ、たもつ、もたれる。

見えにくさ、歩きにくさ、少しだけ


 立ち姿と歩く姿が美しい人といえば、オードリー・ヘップバーンを思いだします。有名なオープニング・シーンを見てみましょう。


 大ぶりのサングラスに注目してください。目と眉の表情を隠しています。表情が見にくいために、視線が体に注がれて、立つ姿勢と持つ身振りが際立ちます。「見えにくさ」と「見える」は必ずしも対立するものではないのです。

 顔が大写しになるとわかりますが(1:40)、このサングラスは真っ黒ではなく、目がかすかに透けて見えます。見えにくさが見えるのです。

 黒いドレスと手袋、手にしている物と腕にかけている物の白さのコントラストも効果的です。黒地に白の動きが目立つような仕掛けになっています。

 足元まで伸びる長い黒いドレスが、歩く動作に観客の目を引きつけているかのようです。足元を「見えにくくする」ことと、「歩きにくさ」で、かえって「歩く」動きに目が行って、動きが強調されると感じられます。

     *

 サングラスもガラスですが、このオープニング・シーンではガラスがうまく使われています。

 映すガラス、光を通すガラス。隠すグラス、見せるガラス。見えるガラス、見えないガラス。

     *

 ティファニーのある大通りと、彼女の住むアパートのある雑然とした路地裏とでは、ドレスの長さに違いあります。

 彼女が右手でドレスを摘まんで裾をわずかにあげているために――裾がきれいに持ち上がっているので何らかの細工がありそうですけど――、靴と足が「少しだけ」見えているのです。

 その「少しだけ」が、ラストの歩きから走りへの動きの転換を効果的に見せている気がします。全部見せるのでは興ざめなのです。

     *

 このオープニング・シーンの最後の最後になって、ふくらはぎを露わにして階段を駆けあがっていく後ろ姿が、車の窓ガラスをとおして、ほんの一瞬だけ見えます。しかもガラスのために歪んで見えるのです。

 この「すこしだけ」と「見えにくさ」が同時に進行する――カメラのレンズが追う=観客の目が追いかける――一瞬を目にするたびにため息が出ます。

     *

 作品とは文字どおり「作られた」ものなのです。現実を「うつした」ものだとはとうてい思えません。

 looking glass には鏡の意味がありますが(『鏡の国のアリス』の原題は Through the Looking-Glass, and What Alice Found There です)、鏡やガラスは世界を歪めてうつしたり透かしているのかもしれません。

 もしそうだとして、それが歪んで見えないとすれば、私たちの目が歪んでいるからなのかも。

     *

 たつ、もつ、たもつ、もたれる。

 立ち姿の美しい人は、もたれる姿も素敵ですね。



#映画感想文 #おすすめ名作映画 #立つ #歩く #持つ #もたれる #映画 #演出 #オードリー・ヘップバーン #ティファニーで朝食を #ガラス  

 

この記事が参加している募集

おすすめ名作映画

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?