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東海道線事故を、元鉄道員が考察。


事故の概況。

 ニュースで取り上げられてご存知の方も多いと思うが、8/5に東海道線の藤沢-大船間を走行中の臨時列車が走行中、電柱と衝突したと見られ、翌朝まで運転を見合わせた。

 運転士と数名の負傷者が出た他、当該列車ならびに付近を走行する列車が事故や停電の影響で5時間近く立ち往生して、具合が悪くなった人も数名出る事態となった。

 これを重くみた国土交通省の関東運輸局は、事故の原因究明と、事故後の対応を検証し、必要であれば適切な処置をしていく旨の警告文書を発出した。

 早期退職した元鉄道員として、鉄道車両を運転する動力車操縦者の有資格者で、かつ運転経験のある者として、鉄道業界の置かれている状況などを鑑みながら、今回の事象を考察していく。

なぜ電柱と衝突したのか?

 事故の原因そのものは運輸安全委員会の鉄道事故調査報告書を待つ他ないため、現時点では分からない。

https://www.jreast.co.jp/info/2023/20230806_ho01.pdf

 ただ、運転経験者としてプレス発表された破損状況や、運転士の証言などから推察すると、図のような状態で事故に至ったものと思われる。

事故現場の写真ではありません。

 並行する貨物線の下り列車が東海道線に転線するための、渡り線(第151イ号転てつ機-第151ロ号転てつ機)に敷設されていた架空電車線(以下:架線)が、事故前に何かしらの理由で垂れ下がったものと思われる。

 そこに東海道線第9974E列車がおよそ80km/hで侵入。車体のどこかに、垂下した架線が引っ掛かり、その勢いで電柱(構客止2)が引っ張られ、9974E列車側に傾き衝突したのではないかと思う。

 運転士が「電柱が急に目の前に現れた」と証言していることからも、電柱が事故前から列車と接触する位置(建築限界)まで傾いていたとは想定し難く、もし仮に推測した画像の状況が正しければ、架線両端にある構客止2号柱と、新構本69号柱にものすごい負荷が掛かる。

 新構本69号柱は、レールを挟んで向い合う2本の電柱の間をビームで支えて、コの字型となっているに対して、構客止2号柱は渡り線用で、東海道線と貨物線の間に単に刺さっているだけで、強度の違いから新構本69号柱は張力調整装置の脱落で済み、構客止2号柱は負荷に耐え切れず傾いたと思われ、運転士は咄嗟にブレーキをかけたところで間に合わない。

今回の異常には気付けるものか?

 仮に夜間ではなく日中であれば、架線が垂れ下がっていることに、もう少し早い段階で気付き、電柱と衝突するよりも前にブレーキをかけていれば、もう少し速度が落とせた可能性はあるが、制動距離が300m程度必要なことからも、どのみち衝突は避けられなかっただろう。

 つまり運転士目線では、どうすることもできなかった事故と思われる。そうなると、なぜ架線が垂れ下がってしまったかに焦点が当たるだろう。

 3日前の目視点検で異常は見られなかった。と主張するJRに対して、1週間前から傾き始めていた(=架線垂下していた)と、前面展望動画を元に主張している記事も見受けられる。

 運転経験者として普段と異なる傾き方をしていれば、現場が報告しているだろうから、それがあったのか、それともなかったのかは気になる点である。

 ひとつの可能性として、電柱には何ら異常はなく、運悪く一本前の列車が通過した際に、連日の猛暑による熱膨張で留め具が外れたり、架線が伸びてしまったことも考えられ、こればかりは鉄道事故調査報告書を待つ他ない。

 ただ、JR東日本は2015年にも山手線の神田-秋葉原間で電柱が倒壊して線路を支障しており、本件が類似の事象であることが確定した場合、その時の教訓が生かされていないことになる。

車外への避難誘導完了に4時間は長い。

 元業界人として驚いたのは、停電して空調装置が動かない中、駅間停車した列車13本の乗客を、避難誘導するまでに1時間、全列車の降車案内が終了したのが深夜の2:45と、事故発生から4時間以上経過していた点である。

 現場経験者として、乗客に線路を歩いて避難誘導するのは最終手段であり、初動対応としては、可能な限り最寄りの駅に列車を収容する前提で動くため、ものの5分、10分動かない状態で列車から降りて避難してください。とはならない。だからと言って今年1月のJR西日本による、大雪で10時間閉じ込めは杜撰だと思うが。

 しかし、本件は車両や地上設備の破損状況からして、1〜2時間で復旧する見込みがない前提で対応にあたるのが妥当な判断で、熱中症の危険を考慮すれば、事故発生から30分程度で降車開始して、1時間以内に全列車の避難が完了できていれば、国交省が事故対応を検証するまでには至らなかったかも知れない。

 とはいえ、運転士が目を負傷していて(読売新聞)、現場の情報を共有するのに苦労したり、昨今の人員削減で現場に応援で来る職員が不足していた可能性が高い。

有事の際にマンパワーがまるで足りない。

 乗務員目線で、本件の避難誘導で必要な指令との打ち合わせとしては、事故発生の一報。負傷者の確認。警察、救急の手配。周辺列車の停止手配。架線垂下のため電気区に、き電停止の手配。最寄駅まで誘導する職員の手配(降車と誘導で最低2人)が最低限必要となる。

 運転士は事故の状況を確認し、車掌、指令所、警察、救急と共有。体感としては警察の事情聴取に時間を要する。車掌も案内放送する必要があるため、乗務員室からはあまり離れられず、現場に応援の職員が到着するまで、避難誘導できる状況にない。

 応援で来る最寄駅の駅員も、駅利用者への振替案内などで、猫の手も借りたい状況下で、事故現場に複数名送り出さなければならず、それでいて駅間に複数の列車が止まっていたら、どの列車から誘導するか。などを指令所と打ち合わせなければならない。

 しかし、その指令所も合理化によって、平時の際に回せる最低限の人員しか配置されていないため、事故で同時多発的に対応が必要になると、パニック状態同然となり、対応が後手に回るのが、鉄道業界の現状である。

 コロナ禍で赤字に転落し、コストカットに躍起になっている鉄道業界だが、メンテナンス部門の外注化で設備管理が杜撰になり、現場ではインシデントが増加していた感覚すらあった。

 また人員削減によって有事の際、現業職員がキャパオーバーに陥る構造を鑑みると、現在削減している費用が果たしてムダなのか。再考すべき局面に差し掛かっているように思える。


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