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アルケミスト〜僕の星は誰にも奪えない〜#2

第二話〜僕の名はビリー?!〜

【二枚目のカード・ワンドの7】

痛みを感じて気が付いた。
誰だろう、僕の頬を叩く奴は。

口からピューッと水を吐き出した時、
僕の意識はハッキリした。
「おおビリー!!やっと帰って来たんじゃな!!おお神よ…!!」

そこに居たのはアメリカの旗を柄にしたような服を着たモジャモジャ白ヒゲと頭の、知らないおじいさんだった。

ビリー?このおじいさんは誰と間違って僕を抱き締めているのだろう。
とにかくむっくり起き上がると、そこは青い碧い海のど真ん中にぽっかりと浮かぶ船の上だった。おじいさんは力こぶのついた海の男の腕で号泣しながらもう一度僕を抱き締めた。

「ビリー、腹が減ってはおらんか?」

招かれたのは船の真ん中に置かれた大きなテーブル、青い碧い海で獲れたのは黄色や碧、赤や青の色とりどりの魚たち。
獲り立ての魚でまかなわれた魚料理たちは何という名なのだろう。大きな鍋さえあれば、ブイヤベースでも出来てしまいそう、そんな良い匂いのする出来立てアツアツスープ、碧い魚のカルパッチョ、黄色い魚のグリル…強面のおじいさんはすこぶる料理上手だ。

ゴクリ…実際その時僕は腹ペコで、そんな誘惑に勝てるはずもなかった。

「おじいさん!ただ今帰りました!!」

僕の心は変容(アルケミー)した。

〜〜

心が傷んだ分、労働で恩返ししようと努めた。
舵取りの手伝い、レーダーの方角の確認、魚たちを新鮮に保存するための手伝い、網の移動…

海の男に力こぶが出来るのは体力勝負の世界だからなのである。

その力こぶには似合わない笑顔をさせて、おじいさんはチラチラこちらを見つめながら作業を進めた。あっという間に、大海原は夜に包まれていく。どこにも灯りのない海はまるで大宇宙の中にいるかのような今まで見たことのない、それはそれは美しい夜の始まりだった。

横に布団を敷いてくれたおじいさんはゆっくりと語り始めた。

「ビリー、ワシはこの歳まで生きてきて本当に良かったと思っておる。あの嵐の夜、波にもっていかれたお前の後をワシは何度追おうとしたことか。それでもまたお前が戻ってきてくれる淡い期待に何度も裏切られて、ワシは魚を獲ることで忘れようと努めた。じゃが、忘れることくらい難しいことはない。ワシはお前の匂いを捜して生きてきた。今夜は人生で一番幸せな夜じゃ。毎日毎晩この星に祈ってきた甲斐があった。

星はワシをお前さんのところまで導いてくれた。それは船乗りたちを導くのは方角だけじゃないんじゃ。ワシの人生をも導く、それが星というものなんじゃろうなぁ。」

おじいさんはスヤスヤと眠り始めた。僕の目は罪悪感で一杯の涙が溜まってもうその美しい星たちは見えなくなった。

翌朝、僕らは隣街の港にたどり着いた。
おじいさんは僕に金貨を何枚かくれて、労働の対価だと褒めてくれた。
僕は走った。その街にある眼鏡屋に向かって。

息を切らせておじいさんの船へ戻った。
「おじいさん、本当に、本当にすみませんでした!!これを受け取って下さい!ド近眼なんでしょう?」

地図を見る時、まるで目がくっつきそうなくらいに近づけて目を細めたり大きくしていたのを、僕は見逃していなかった。

「ビリー、いや少年よ。何故お前がそれをワシにくれるのかはもうとっくに判っておるわい。ビリーはワシをおじいさんとは呼ばんからな。父さんと呼んでおったわい。それにビリーが消えたのは三十年前のこと。そのままの姿なんて、おかしいじゃろう?つまり、初めっから判っておったのじゃ。お前は優しい少年じゃな。こんなワシに付き合ってくれて。ワシのごっこ遊びに付き合ってくれたこの短い時間は、ワシにとって素晴らしい時間じゃった。美しい時間じゃった。

生きていて本当に良かったわい。ありがとう少年。

ワシに出逢ってくれて。ビリーにまた逢わせてくれて。

忘れないよ、ありがとう。」

そしておじいさんは僕の眼鏡をかけて嬉しそうに船へ戻って行った。宝物にすると言ってくれた。

星は僕らを導く。それは過酷な運命の時だってある。でも時に美しい笑顔をくれる時もある。それらは僕らの宝物であり、

それ自身が星なのだ。

おじいさんの笑顔はあの夜見た星よりも、
ずっとずっと輝いて見えた。

〜次回〜
#3「レモネードスタンド」
お楽しみに!

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