【読書メモ】「投資される経営 売買される経営」中神 康議 著

日本の株式市場では、どのような投資家がどのような理由で投資をしているのか?企業はどのような付き合いを行えばいいのか?

上場株式投資は投資家が売り買いの価格を市場で決まったものしか使えず自分の都合の良いように調整できない、という意味でプライステイカーであり、ゆえにマージンが薄い商売。そして、そのマージンの源泉は投資先企業に大きく依存することになる。
この投資先企業に対する依存度の高さに対して、どのような対処をするかで投資家を分類することができる。いずれにしろ、何を買うか、いくらで買うか、が重要になる。
1短期投資家:企業の短期の業績を予測する
2デイトレーダー:株価の上下を類推する
3長期投資家:企業の価値を見極める。

何を買うか、いくらで買うか、という観点から運用スタイルを分けると、以下の通り。
1グロース投資家:3〜5年の期間で成長が見込まれるホットなテーマ(2000年代のFPD、2010年前半の太陽光、ソーシャルゲーム)を追いかける。
2バリュー投資家:企業の価値を見極めて、価格が割安になったら投資を行う。

日本は投資期間が短期かつ順張りの投資家が多い。売買回転率(株式売買代金/時価総額、2014年)で見ると、東証は133%と、ニューヨーク(42%)、スイス(56%)、ナスダック(71%)、ドイツ(101%)と比べても高い。
背景としては、以下の構造的な要因が挙げられる。
1運用会社等の機関投資家に対する資金の出し手である、年金・金融法人・個人の金主が長期にわたって運用委託する先がすくないため。
2株主資本コストを上回る資本生産性を出せる企業(長期的に企業価値を生み出す先)がすくないため。
3以上の、短期目線の投資家が多いため企業は長期の価値創出ではなく短期の業績変動に注力し、長期で投資したくなる企業が少ないゆえに短期目線の投資が継続する、、、といった短期投資の連鎖が続いているため。

長期投資家とはどのような人たちなのか?

企業にとって好ましい投資家とは、企業の本質的価値を理解し、長期投資を行ってくれる長期投資家といえる。
一方、長期投資家といっても、長期保有と長期目線で投資することは異なる行為。投資ポートフォリオにおける保有比率が小さければ保有期間が長くとも、単に保有を継続しているだけ、ということがある。逆に、長期目線で投資しているということは、対象企業の企業価値を見極めて投資を行っているということなので、株価がこの本質的な企業価値から乖離すれば、当然売り買いを行って然るべき、ということになる。
長期投資家であっても、流動化日数が100日を超える投資は、金種からの売却意向に対応することを考えると難しい。流動化日数とは、投資金額÷(1日の売買代金×20%(1日の売買に関与できる程度))で算出される。つまり、流動性(1日の売買代金)が低いと、運用会社は投資ができないという制約に直面する。流動性を改善する方法としては、以下の通り。これは、という手法があるわけではなく地道な取り組みが必要になる。
1創業家等特定株主が多い場合は少しづつ売却する
2セルサイドアナリストに情報提供しレポートを書いてもらう
3個人投資家向け説明会をこまめにおこなう。
4IRとして決算短信・有価証券報告書以外にも積極的に情報開示を行う

長期投資家は、相対比較思考(PER・PBR・業績等)は用いない。なぜなら市場動向や市場参加者の思惑次第で、このような目線感は容易に変動しうるものであるため。
長期投資家が用いる投資指標は企業の絶対価値であり、そのためにキャッシュフローを安定的にあげられる会社か判断する。特に、キャッシュフローの源泉となる参入障壁・競合障壁を重視する。

長期投資家が投資を行うための定量的な基準はどのようなものか?(いくらで買うのか?)

絶対価値の算出方法としてコロンビア大学グリーンウォルド教授の考え方に基づくと、以下の通りとなる。
絶対価値は以下の3つのバリューから構成される。
1資産バリュー:対象企業をゼロから作り直すために必要な費用(再調達価格)。B/Sに計上されている資産の評価に加えて、過去実施した研究開発日・広告宣伝費(企業価値に貢献するもの)を考慮するほか、B/Sに計上されている資産も見直す(回収できそうにない売上債権、減損しそうな固定資産等)。
2収益バリュー:収益成長を織り込まない、現状の持続可能な将来キャッシュフローを評価する。長期投資家は、特に上記の資産バリューとの差分であるフランチャイズバリュー(超過利潤)を重視する。この差分が生まれる背景としては、①参入障壁(新規参入を阻む)・競争障壁(同業界のライバルを阻む)の存在、②経営者の手腕、が挙げられる。経済学に従えば完全競争下ではフランチャイズバリューはゼロになるところ、参入・競争障壁と経営手腕によってフランチャイズバリューをプラスにできるかどうかが、投資判断の大きな分岐点となり、このバリューが評価できない場合は次の成長バリューの算出に進むことはない。
3成長バリュー:収益成長を含めた将来キャッシュフローを評価する。会社の優位性と寿命、寿命が尽きた際の経営陣・企業文化のレジリエンスと経営改革実行の蓋然性、を判断する。

長期投資家が投資を行うための定性的な基準はどのようなものか?(どの会社を買うのか?)

長期にわたり企業価値が持続的に上がり続けるかどうか。そのためのロジックが「みさきの公理」。企業価値は事業・人の掛け算がベースとなり、その全体に経営手腕がベキ乗で掛かってくる。構成要素の主な条件は以下の通り。

事業:機会事業(先駆けて市場に参入したことで収益を一時的に稼ぐ)ではなく、障壁事業(競争相手をはねかえす分厚い障壁がある)を営んでいること。障壁事業を営む条件は以下の通り(1〜2は供給サイド、3〜5は需要サイドに構築する障壁)。対象市場でどれだけ完全競争から遠い無競争状態を作れるかどうかがポイント。一方で、事業が優れていることは足切りラインにすぎない。
1リソース:固有の経営資源。資源権益、薬の特許、技術蓄積、人材集団など
2規模:規模がもたらすコスト優位。製造業における経験曲線効果、調達・共通コストの低下、宅配便・コンビニ等の地域ドミナントなど
3スイッチングコスト:顧客の他社への切り替えづらさ。マイクロソフトのオフィス製品など
4習慣化:何となく使い続けてしまう。コカコーラ、タバコの特定銘柄など。特に食品・日用品等日常的・反復的に購買する商品が候補になるが、難易度は高い
5サーチコスト:代替物を探すのがしんどい。顧問税理士・弁護士など

人々:以下の3つの物差しがある。
1経営者の素質:ハングリーか(成長へのコミットメント)、オープンか(他者への受容性)、パブリックマインド有無(公平性、特に欠けがちな株主への配慮)があるかどうか。
2経営陣の厚み:一体となった経営チームがいるかどうか。
3企業文化は健全か:経営陣の交代が円滑に行われうるか。

事業は寿命があるし、人々の変化は緩やかなもの。そのために、両者を改善していく経営手腕が必要になる。また、その価値の上がり方は指数関数的になるほど重要なものである。

経営手腕:(米国の)産業界・ビジネススクールで蓄積された研究成果であり業界横断の普遍的なもの。収益性向上のための事業戦略、事業ポートフォリオ管理、事業投資・撤退基準の設定、運転資金の厳格な管理(CCCの改善)など。日本企業が弱いポイント。経営手腕が優れており、人々に共感できるのであれば、事業に難があっても投資することがある(つまり最後は経営者の好き嫌い)。
経営手腕は高くなくとも事業継続は可能なため、緊急性は低いものの、この項目に取り組むかどうかが企業価値の向上に一番影響度が大きい。
経営手腕のテーマを掘り下げると、以下の通り。
資本生産性(ROE、ROIC、ROA)に対するロジック:事業の稼ぐ力を表すのはROIC。ROAは簡便に算出できるが、事業にとって不要不急の資産が分母に入る。ROEは財務レバレッジをかけることで操作可能。
以上をふまえると、資本構成が評価できる企業は次の式が成立する。WACCを超えるROAがあることを前提として、余計な現預金等は持たないことでROICとROAには乖離がなく、財務レバレッジを適切に選択することでROEはROICより大きくなる(これは事業の内容次第であり、事業リスクが大きいのであればレバレッジは下げるべき(ROEとROICの乖離は小さくなる))。
ROE≧ROIC≧ROA>WACC

成長と膨張:売上規模を重視する日本企業が多いところ、フランチャイズバリューを生み出さない投資を行い売上規模だけ膨らんでも、企業価値は長期で見れば毀損する。また、日本企業は製品数・品番数が多すぎるところ、背景には他社追随思考が深いところがある。そうではなく、品番数を絞り込んで利益率を高めることも必要である。

自社株買:自社株買は設備投資やM&Aとならぶ投資対象。自社の絶対価値を正しく把握し、株価が絶対価値よりも低いときは自社株買を行うべき(NTTドコモ、花王には自社株買プログラムがある)。

M&A:絶対価値以上の価格で買収を行なってはいけない。WishListを常にもち、対象企業価値を算定・適宜改定し、優先順位づけを行い、対象企業を買収した際にはどのような統合を行うのか思考実験を常に行う(GEの事例)。

事業の撤退・売却:ガバナンスのハードウェア(社外取締役、指名委員会制度)だけでは企業価値向上には貢献しない。ソフトウェア(プロセス設計・運用上の工夫)が必要になる。取締役会が社内の人間ばかり、また社外取締役も機能していなければ、どうしても役員OBの目線を気にしてしまう。コニカミノルタ(写真フィルム、HDDガラス基盤等からの撤退、早期リストラ実施)では、取締役会は監督に徹する社外取締役が事業の現状に対する課題に焦点を当てて運営を行う。議長は執行ではなく監督に徹することとしている。また人選も経営トップを経験している人を採用している。

最適現金水準:定常的資金と突発的資金の2つに用途が分けられるところ、前者に関しては、給料・月商の●か月分といった水準になり議論にはならない。後者に関しては、さらに災害・経済危機に対する危機対応と、M&A・大型投資の投資対応に分けられる。災害・経済危機に関する考え方としては、危機でも人材をリストラすることなく保てる総人件費の2年分、といった考え方がある(ヘルメットメーカーのSHOEIの事例)。また、これだけ資金を確保しておけば、突発的な投資需要が発生した際にも十分対応できるとの旨。

配当水準:日本企業は横並びで配当性向を20~30%に設定する事例が多いが、本来は成長ステージ・投資機会に応じて株主還元を考えるべき。

CCC:過去からの利益が蓄積され余裕ができると、仕入れ先には現金払い、販売先からの入金は猶予をもたせる、といったかたちでCCCが長期化する企業が多い。企業価値を下げることになるのでやめるべき。

最適資本構成:財務レバレッジは経営者のフィナンシャルポリシーを示すものになり、評価の対象となる。市況連動性が高い業種(半導体、工作機械など)では無借金経営自体が参入障壁になるところ、食品・業界デファクトスタンダートを握る企業等事業リスクが相当低い会社であれば、財務レバレッジをかけることには合理性がある。

この3つの定性項目をサブ項目に分解・評価/スコアリングし、企業価値算出における成長バリューの算定に用いる。

長期投資家の投資プロセスはどのようなものか?

リサーチ
企業の出自・社名の由来、主な過去のイベントを把握する
中期経営計画につき、過去の目標設定と達成状況を把握する
現在提供する商品・サービスの優位性、技術的基盤の持続可能性、販売網含むビジネスモデル全体の優位性、を分析する
過去20年に遡り経営陣の経営哲学と成功・失敗、その認識を把握する。
過去20年に遡り役員人事のパターンから、信賞必罰なのか、年功序列的なのか、親会社・銀行から役員を受け入れているのか、といった特徴を把握する。
役員報酬の仕組みから、株主を意識したのか(プリンシパル・エージェントの利益相反を仕組みとして防いでいるか)確認する。
有価証券報告書の全ページを読み込み、論点を洗い出し議論する。
アニュアルレポート等の公表資料を読み込む。
初期調査レポート(150p)を作成する。

周辺取材・聞き込み
形成した仮説を企業内部(IR、営業担当、経営企画担当、工場見学)、企業外部(アナリスト、顧客、取引先、銀行、業界団体、業界新聞、コンサルタント)とのディスカッションを通じて検証していく。

Wish List
実際に投資する企業は10社程度であるが、企業価値より株価が割高、という観点で投資を行わないWishListが50社程度ある。

コメント

企業価値の向上、という各企業が目指すべき極めて当たり前の話が、銀行によるデットガバナンスが中心であると、目下の資金調達における関心事は債務償還可能性に絞られてしまうので、企業価値に関する関心が極めて薄かったのが過去の日本企業の経営であり、欧米企業と比べた利益率(対売上、対資産どちらも)の低さの背景にあるものと思う。

著者のような長期投資家の存在が増えるほど、日本企業が軽視しがちな株主側に立った、つまりROE・ROICを重視し企業価値の向上を目指す経営がスタンダードになる気がするが、日本企業の主な資金の出し手である政府・企業年金や金融機関は規模が大きすぎるがゆえ、投資できる(意味のある)企業は流動性のある大企業に絞られてしまう。

一方で、流動性が低い銘柄でも投資できうるのは運用資産が相対的に小さい個人投資家と思うところ、現在の個人投資家の大多数は株価を重視する短期投資家が大多数のところ、絶対価値の算出、という観点からの長期投資家(いわゆるバリュー投資家)の層をいかに増やすことができるか、ということが日本の企業経営自体を進化させるために大事なことだと思う。


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