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小説『トラペジウム』アイドルに憧れる打算的すぎる女子高生の青春と挫折

アイドルとして活躍している乃木坂46一期生、髙山一実さんが執筆したアイドルをテーマに描かれた小説『トラペジウム』

現実のアイドルに関しては無知なので、著者のアイドルとしての活躍は読んでから確認したが、本自体は知っていた。
2024年5月に劇場アニメ化もするらしく、その前にチェックしておきたかった。本予告はこちら↓

『トラペジウム』は芸能界を舞台にアイドルの活躍を描く、というアイドルマスターシリーズで描かれるような話ではなく、女子高生の主人公がどうすればアイドルになれるか、そのプロセスがメインで描かれている。

主人公は女子高生の東ゆう。黒髪のボブカットがチャームポイント。
アイドルを目指した経緯は「光りたいから」

アイドル系作品の主人公は人気アイドルを目指しており、夢のためにまっすぐで、人一倍の頑張り屋で、仲間想いという性格が多いのだが、東ゆうはそれとは少し違う。

「アイドルになりたい」という気持ちは誰よりも強いが、それ故に打算的で、エゴイストであり、リアリストでもある。
アイドルになるための最善の選択をし続け、戦略を張り巡らす策士だ。
彼女がアイドル集めをする序盤の展開から、その性格が顕著に表れている。

東ゆうはアイドルになるためにオーディションに応募するのではなく、自らアイドル候補をスカウトしてグループを結成する。
手段としては地元の東西南北に点在する高校に赴き、可愛い女子高生に声をかけて東西南北4人のグループをつくる。(東代表は東ゆうが担っている)
最初から「私とアイドルをやらない?」と、スカウトするのではなく、友達になって信用を得てから、アイドルの道に引き込んでいくのだ。

彼女は「可愛い子はアイドルになるべきだ、でも世の中には可愛い子でもアイドルは手が届かないと考えている人もいる、だから私が見出す」とまるでアイドル至上主義のような思想を持っており、アイドルに対して強い愛と尊厳を持っていることが伺える。

この方法はスカウトマンが同じ年齢の同性ではないと通用しないだろう。
さらに、ただ可愛いだけじゃない、群雄割拠の芸能界を勝ち抜くため少しでもキャラが立っている女子を選び、グループを組んでも自分も活躍できる勝ち目のあるビジョンまで見据えている。

この作品では主人公の東がアイドルでありプロデューサーというポジションになっている。
そんな東がアイドルの道に引き込んだ3人の女子高生は流石の粒ぞろい。
キャラクターは映画HPを見てもらえれば分かりやすいので是非。

南:華鳥蘭子 聖南テネリタス女学院に通う女子高生。
お嬢様である彼女は『エースをねらえ!』のお蝶夫人に憧れて巻き髪にしていて「~ですわ」とアニメみたいなお嬢様口調で話し、テニス部にはもちろん所属している。
しかし、部内で一番テニスが下手で、未経験者の東といい勝負をするギャップもある。

西:大河くるみ 西テクノ工業高校に通う女子高生。
工学系が好きで、ロボットの技能を競う大会通称『ロボコン』で優勝をするために男子が多い工業高校に入学した。
高校では元から可愛いと評判であったが、ロボコンに出場した際、メディアで彼女の姿が拡散されてさらに知名度は全国区へと広がった、話題のロボット女子。
しかし、本人は好きなロボット開発をしたいだけで注目されることは好きではない。
小柄な体でオーバーサイズの服を着て萌え袖をしているのが特徴、笑った顔の破壊力が凄いと東は評価する。

北:亀井美嘉 城洲北高校に通う女子高生。
進学校に通いながらボランティア活動にも邁進、黒髪ロングが特徴的な優等生系美少女。
当初東は北代表を別の女子高生を狙っていたらしいが、小学校時代同じ学校に通っていた亀井と再会したことで、北代表に選んだ。
一応幼馴染的な関係だが、東の中の記憶に残る亀井とは違う人みたいと感じていたり、他にも2人の過去にいろいろある。
この違和感と過去は後程紹介する。

キャラ設定盛りすぎ感はあるものの、アイドルに属性は盛れるだけ盛っておけと思っているので、ちゃんと個性が発揮される場面も多くて面白かった。

東が打算的なのはアイドル集めにとどまらない、友達作りをして「芸能界に進出だ!」と突き進むのではなく、亀井の活動するボランティア活動に他の3人も参加することで地元の信頼を築いていく。

ボランティア活動は学校に行けない子供たちを支援しているフリースクールで勉強を教えるというもので、亀井が参加している理由は実は彼女は小学生の頃不登校で、代わりにフリースクールに通っていた経緯があった。
小学生の頃、東が学校に行っていた頃は亀井も学校に行けていたが、東は親が海外転勤をしたことで亀井は孤立してしまった。

ここでの東の戦略は、アイドルになった時に応援してもらえるようになるため地元に対して信頼を獲得する目的だけでなく、有名になって誰から過去を探られた際、ボランティアをしていた経験があったほうが良い人に映ると考えて亀井に協力した。
なので東はボランティアに興味がない。
亀井の善意に便乗して100%の偽善と将来のリスクに対しての先手を打ち、対策しようとしている。

今の芸能界、マスコミ・週刊誌の取材が厳しく、何か評判を下げるようなネタが上がれば、すぐに上げ足を取られ、出る杭は打たれると感じる。
それを見通している東は恐ろしいが、なによりこれを現役アイドルが書いているというのが芸能界のリアルさを感じる。

さらに、東が亀井と再会した時に抱いた「違う人みたい」という違和感は、整形しているのではないかという疑惑だった。
アイドルがテーマになった作品で整形が話題に出てくる、かなりアイドル系作品において革命的な話だと思う。アイドルのルックスに対してそもそも整形をしているか、していないかという話にならないからだ。

亀井の昔の顔を知っているのは東だけ、追求する選択肢を彼女は持っているがそうはしなかった。世の中には可愛さを手に入れるため整形をするという手段がある、と考えていて亀井の秘密は心の中で留めておき、それ以降物語では整形の話題は上がらない。

東にとって可愛いくて、アイドルに向いていそうなら可愛くなった経緯や秘密なんてどうでもいいのだ。
この件と同じように、東は興味があること以外はまったく興味がないサバサバした一面があり、同じ高校の同級生に対して敵を作らずにニコニコと生活しているが、時折陰口や嫌味を言われた際、思考の中で相手を否定して、関わらないこと誓う。

アイドルになるという目的なら、友達作りでもボランティアもやり、友達を利用し知名度を上げていく。正真正銘のエゴイスト、でもアイドルになるにはそういう野心がないと勝ち残れないのだろう。

東の計画は功を奏して、東西南北の4人は様々なボランティア活動をしていく内に芸能界での正式な仕事がもらえて、芸能事務所に所属することになる。アイドルになるという夢が目前になっていても東は油断しない。

芸能事務所のプロデューサーと東が面接をした際、まるで何回もシュミレーションをしていたかのように自分の長所、他3人の魅力、活躍するうえで4人にはスキャンダルのリスクが少ないことを簡潔に正確に伝えていた。

自分が評価されるために客観的にアピールする東はテクニックとして上手で、納得性がある。
だけど彼女の説明からは、アイドルへの憧れに対する情熱を誰よりも持っていても、説明的すぎてそれが伝わらなかった。
芸能事務所には無事に所属を果たすもののプロデューサーは東に対して興味のなさそうな印象。きっと東の本質を見通していたのだろう。

東は西南北の女子高生を道連れにして憧れのアイドルになれた。
しかし、それからが東に試練の連続だった。

東はアイドルとしての自分を世にアピールするため、SNSを始め、アイドルとしての自分を良く見てもらうために内容を考えて投稿するのだが、4人の中で一番フォロワーが少ないという結果になる。

また、念願のデビュー曲が決まり、テレビで歌える機会を貰え、東は一生懸命に練習をして生歌で歌う準備をしてきたものの、他の3人は生で歌うことに自信がなく、うまく歌えたところをつなぎ合わせた録音を流すことになる。結果は生歌で歌った東が音程を外してしまい、相対的に一番歌が下手に思われ、自信を無くしてしまった。

一生懸命にやっている人が損をする、これはとても可哀そうだった。
アイドルになってからの東はうまくいかないことばかり、憧れのアイドルのギャップを感じる描写はリアルで面白い。

他に芸能活動の描写ですごいと感じたのは、アイドル系の作品って、アイドルを夢に見た女の子がまっすぐに努力して、仲間と協力して、ファンを純粋に大切にするという描き方が多いのだが、東は誰に見てもらいたいかという思考が欠如していて、どう立ち回れば人気が出るかと常に考えていることだ。

この描き方は残酷だけど斬新でかなり好き。

東は終盤、アイドルで大事なことは自分自身が一番のパーソナルプロデューサーになることだ、と主張している。
この考えもとても衝撃的だった、アイドルマスターではプロデューサーがプレイヤーでアイドルと二人三脚で進んでいく、ラブライブではメンバーと練習して切磋琢磨していく、しかし東にとってはあくまでプロデューサーや他のアイドルはビジネスパートナーの1人なのだ。

その考えを確立して、粛々とこなしている東はすごすぎる、器用さや決断力がなければわかっていてもできないだろう。
こういう人はアイドルを卒業してもバラエティーや情報番組に呼ばれ、芸能界に生き残るだろう、知らんけど。

そして、東が発端となり結成したグループは終わりへと向かう。
グループ結成をした4人の中には東に誘われても、前向きになれないまま、ずるずると引き込まれてアイドル活動をしていた人もいて、それから様々なトラブルや考えがきっかけでアイドルを辞めたいと言い出し、あっという間に解散してしまう。

東は自覚する、可愛い人が全員アイドルになりたいとは限らないことを、アイドルになってファンを笑顔にする前に、仲間を笑顔にしないといけなかったこと。そして、自分が誰よりもアイドルに向いていないということを。

解散した彼女たちがそれからどんな道を辿るのか、東は挫折から立ち直れるのか、その結末はぜひ読んで見届けてほしい。

作品全体の感想としては、友達作りから芸能界の進出まで紆余曲折の物語描かれているものの、文章量的には250Pくらいと小説の量としては少ないのでシーンが飛び飛びで、ダイジェスト感がある。
しかし現役アイドルが恐らく経験や現場感を元にアイドルを夢に見る女子高生がどうすれば芸能界で活躍できるかを想定したかのようなリアリティーがあり、東の戦略や葛藤が丁寧に描かれていると思う。
あと和製英語と純正英語の違いとか、言葉における文化の違いが描かれるシーンが本筋とあんまり関係ないけど多くて、作者はこういう分野に興味があるのかなと感じた。

アニメ化することで声や動きがつくことも楽しみだ。
クオリティーも『ぼっち・ざ・ろっく』を制作したCloverWorksが制作したということで期待もできる。

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