彼は一人ではなかったー受け入れられる人ー『シュヴァルの理想宮』

フランス南東部ドローム県オートリーブ村に現存する理想宮ー1879-1912年ー33年間にわたりたった一人で、石と石灰を積み重ねた宮殿を作った男。シュヴァル。

郵便配達員である彼は、1日に32キロもの道のりを歩いて郵便物を届ける。映画の冒頭から彼は言葉を発さない。話せないわけではない。話すのが苦手であること、他人とうまく付き合えないこと、自らの行動パターンを変えるのが難しいことなどなどが伝わってくる。

現在なら、発達障害、アスペルガー症候群…といったような症名がつけられるのかもしれないが、彼はただ「変わった男」として村人に扱われている。それ以上でも以下でもない。

変わった男は、変わった男のまま、しかしだんだんと変容していく。

映画の主題はー変化ーそれ自体とも思える。建築の知識もなく、ただ娘のために作りたいという夢のために、ひたすら拾われてきた石と溶かされた石灰で積み上げられ、延々と形を変えていく、宮殿。

生まれてきた赤ん坊に触れ(おそらくは生まれて初めての)愛情というものが自分自身の中にあると感じる瞬間のシェヴァル。この場面に最も泣かされた。娘を愛し得る喜びが、彼がそれまで生きていただろう固定された世界を変えていったんだ。

変容するシュヴァルは、世界を感じ取り、宮殿の創造へと表出させる。そこにはきっと彼の感ずるところのルールがある。それもまた世界と新たに繋がりながら。不幸にも娘を失う地獄の苦しみをも受け止め、シュヴァルの宮殿は、最後まで創られることができた。

19世期末、フランスの片田舎で、戦火に巻き込まれることもなく、現在まで。電気もなく、ラジオすらなく、車もない。たった一人歩き続け、郵便配達の生涯を終える。

そんな場所と時代だから、なし得たことなのか。

わたしは、シェヴァルが、虐げられることなく、孤独に心を病むことなく、他者を傷つけることもなく、ただ生きて、家族を愛し、最後まで夢を見続けられたことに、一種の奇跡だと思った。

そして奇跡が起きるのには、必要なことがあるのだと。

一人で作っていても、一人ではない。その意味について。

「変わった人」に、不寛容で冷酷で残酷な、わたしたちの時代と暮らしについて。









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