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あの年『サクラサク』が こなかったから

下の娘が義務教育を終えた春。
ずっしりと重い期間を過ごした。

春には ようやく少し手がかからなくなるね、気持ちが楽になるよ、なんて周りに言われていたのに。

娘に、第一志望校からの合格通知は来なかった。
当初は余裕のあると思われた志望校。
北海道では、上位校の一部に裁量問題なるものが導入された年だった。初めてのことで、どんな問題が出題されるのか分からず手探りの受験。とはいえ条件は皆一緒。
しかしメンタル面で心配の残る娘は、受験が近づくにつれ緊張感が増し力を発揮できず、模試での点数が伸び悩んだ。

最後の選択のとき、ランクを下げることも念頭に入れつつ塾での面談。他に行きたいところがない、という娘に、自分の人生だから最後は自分の思うようにしたらいい、と本人に選ばせた。

結果、不合格だった。


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受験当日、泣いて帰宅した娘。
1時限目の教科の裁量問題で、分からないところがあってパニックをおこし、その後は問題がまったく頭に入ってこなかった。得意の教科もできなかった。冷静さを取り戻したのは、お弁当を食べた午後からで、すでに手遅れ。発表をみるまでもないから、と。

涙を流す娘をみて、私は親としての責任を果たしたのだろうか、と困惑した。最後の選択のとき、何も助言せず、責任を娘に押し付けたのではないか。他にもいい高校はあると言い聞かせたほうが、辛い思いをさせずに済んだのではないか。

顔から表情が抜け落ちて、瞳が虚ろになる娘。繊細な心がおしつぶされていくのを目の当たりにして、しばらく仕事に行くのもためらわれた。家で娘をひとりにする恐怖すら覚えた。

多くの子が希望通りの公立校へ進んでいたあの頃。当たり前の未来がそこにあるのだと意味もなく思っていた私は、どうしていいのか全く分からなくて。ただ、ご飯を作って、食べて、寝て、と基本動作を繰り返すだけだった。

娘は合格発表を 見にもいかなかった。

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雪どけが進み、人の心なんて置き去りのまま、時は勝手に春めいていく。

制服を合わせにいく。
入学準備ための高校の説明会にいく。
教科書を買いにいく。
ジャージを合わせにいく。

どこへ行っても「入学おめでとうございます」と、笑顔で声をかけられた。
「おめでたくないんだけどね」とそのたびに小声でつぶやく娘。素直に喜べない姿を見るたび胸が傷んだ。自分の不甲斐なさでいっぱいになる。

どちらの学校へ通っても、楽しいのは自分しだい。どちらからでも行きたい大学へもいける。どこで生きるかではなく、与えられた場所でいかに生きるかということ。そんな、どこかの本で読んだ言葉を言ってみた。
娘はふてくされるばかり。失敗したこともない人には分からない、とすら言われた。
今になって思う。寄り添った言葉ではなかったと。時期尚早。自分への言い訳だった。
押しつぶされた真っ只中にいる15歳の少女には、励ましよりも共感が必要で、辛い言葉だっただろう。ダメ親っぷりに我ながら呆れる。

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入学式の朝、娘はまだ葛藤していた。
私立の制服可愛いよね、とほんの少し受け入れながらも「おめでとうございます」の言葉には、苦笑していたから。

でも救ってくれたのは、その学校だった。
入学式を終えて校舎を出たとき、初めて言った。ここで良かった、と。
少し瞳の光がさして笑顔をみせた娘。
私も同じように感じていた。いい学校に入ったかもしれない、と。
担任教師の話。クラス内に広がる雰囲気。初日だけで確かに心に響くものがあった。
所属したのは3年間クラス替えのない選抜クラスで、遠くから第一志望として選んで入学してきた子も、娘と同じように辛い思いを抱えた子も、混在している。だからこそ互いへの思いやりと、将来への目的を大切にしていた。
入学して数日で、娘に明るさが戻りはじめる。
膨大な量の課題に黙々と取り組み、「行ってきます」と元気に学校へ通う背中。

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3年間、途中でだらけたり、悩んだりもしながら、自らの努力と環境にも恵まれて無事卒業し、次のステップへ、さらにその先へと進み続けている娘。

私といえば、あのあとも結局いい助言なんて出来ずに頼りない親を続けている。あの日のことを思い出したり こうして書いたりしては、今も涙が止まらなくなるくらい変わっていない。

娘は二足のわらじを履き、今なおチャレンジし続ける日々を選んだ。
一度躓いた経験は、転んで立ち上がることも、うまくかわすことも身につけたように感じる。
こんなに強い子だったかなと思うほどに。

それでも願ってしまう。
傷つかずに歩いてほしいと。
あんな思いはもうたくさん。
どうか次のさくらも、その次のさくらも、ずっとずっと咲き続けますようにと。

見守るしかできない無力さを感じながら
幾度も幾度も ただ願ってしまうのだ。
娘が大人になった今も。

あの年サクラサクがこなかったから。


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変わらず今年も春はくる
凍てつく寒さを乗り越えたからこそ
きみにだけに見える景色と
きみだけの美しい花を手に携えて
伸びやかにどこまでも

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