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「平場の月」 朝倉かすみ著

この本の紹介をするかどうかを考えあぐねて、早 数ヶ月が経った。
軽々しく書けなくて、タイトルすら思い浮かばない 笑

このたび山本周五郎賞を受賞したとのこと。
素晴らしいのだ。本当に素晴らしい作品。
このまま賞を総ナメしてほしい。
やはり下書きに埋もれさせずに、このまま出そうと思う。

主人公は50歳の男女。須藤(女)と青砥(男)。

書評では50歳の恋愛小説として紹介されている。

だが恋愛小説というには何かしっくりこない。
人生の後半での辛すぎる別れを語った小説だと思う。

冒頭で、須藤の結末は明かされる。それを人聞きで聞いてしまった青砥の強がりの言葉とともに。何があったのか、それを知るために読み進めていく。

病院の売店で偶然再会した青砥と須藤は中学時代の同級生。 
青砥は体調不良で検査のために訪れていた。 須藤は売店のおばちゃんだが、実は病気を抱えている。そして二人には中学生時代のほろ苦い思い出がある。

中学の同級生が再会して恋に落ちるよくあるパターン、とはいえない。

もう50。

酸いも甘いも経験してきた。しかもかなり強めの酸いを。

だからこそ、複雑な想いが絡み合う。単純ではない人の気持ちが、過去の自分と絡んで、より複雑になっていく。

私まさに同世代。
すごくわかってしまうのだ。

揺れる心の感情や感覚を丁寧に書いていて、どこかにあるような日常のひとこまなのに、心に波が立つ。

いつまでも名字で呼びあうふたり。
ぶっきらぼうな もの言いの須藤。
この距離感、切ない。

この物語は男性目線で描かれている。取り残された側の思いしか書かれていない。
最後の最後にそばにいてほしいのは誰だろう。
苦しむ姿を見せたくないと感じるのは誰だろう。
そんな自分への問いも感じながら読み進めた。でも、その時々で私の思いなんてコロコロ変わってしまう。

何を思って最後を選んだのか。
須藤の本心は?


朝倉かすみさんは「コマドリさんのこと」が北海道新聞の文芸賞を受賞したときから名前を知っていて、その後デビュー作から読み続けている作家さんである。「田村はまだか」が有名だろうか。

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「田村はまだか」を読んだときもドンピシャの同世代で読んでいて爽やかな風が吹いているようだったが、「平場の月」は最後までやるせない。

人の感情ってひとつではなくて、迷って迷って決めることもある。決めたあとに変わることもある。

でも、須藤には「太さ」がある。
それは信念なのか。
それとも変えられない何かなのか。
素直になれない何かなのか。
そのこだわりはどこからくるのか。

いや、実は分かる。
共感できることがあるからこそ須藤の太さが切なくて。

「ちょうどよく幸せなんだ」
「人生タラレバばかりだけど、夢みたいなことをね、ちょっと」

ぶっきらぼうにも見える須藤の、この場面でこの言葉、というのがある。
素直な須藤の顔が、ふとした場面で覗く。胸が締め付けられる。
そんな須藤が選んだ最期が私には哀しい。でも私も同じことをするような気がしてしまうのだ。

幸と不幸は抱き合わせで存在することが、ここには描かれている。
是非 手にとってほしい一冊だ。



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