みぎひざ

フットワークの軽さと美味しい食事と気まぐれな旅行で人生を構成している人。猫派。

みぎひざ

フットワークの軽さと美味しい食事と気まぐれな旅行で人生を構成している人。猫派。

マガジン

  • ちょっと見てもらえた話

    有難いことにたくさんスキを頂けた文章たち。理由はよくわかっていない。

  • #日記っぽい何か

    ネタも何もないときにぼんやりと自分のこと書いてたら「#」←タイトルにこれ付けて日記ってことにしてます。どちらかと言うと面白くない方の文章。

  • 弱小野球部哀歌。

    高校時代の失敗とか失敗とか失敗とか書きます。 汗と涙とあまり伸び代なかった成長の話。

最近の記事

  • 固定された記事

自己紹介。

 みなさん、はじめまして。はじめましてじゃない人も、一旦はじめまして。みぎひざと申します。  前回の話で自分の不勉強を恥じ、自己紹介を行おうと考え今に至ります。書きながらも未だノ―プランです。  愉快なおじさん予備軍の独り言なので、太字のところだけ読んでもらったらわかるようにしておきます。  広島生まれ、HIPHOP育ち、悪そうな奴は大体友達です。嘘です。元ネタがわからないなら世代のせいです。あ、広島生まれは本当です。  日本人らしいです。しかし国籍や人種に囚われていては

    • 黙示の日、来たり。

       経年劣化だと認識してしまえばいいのだろうか。ここ数年、情熱がくたびれていくような感覚がある。そして、それを受け入れている自分がいる。  変わっていくことを受け入れなければどうしようもないし、そもそも抗うことでもないようにすら思えてくる。単なる意気阻喪であることを、泰然自若の精神だと言い換えることで、今の自分にとって耳障りが良いものにしている。そんなこの頃。  そんな中、1年と10ヶ月ぶりに推しの単独ライブが行われるというので、すぐに参加することを決めた。大げさかもしれない

      • 今日はきっと、花が舞う。

         生まれ育った町に戻ってきて10年程が経つ。  幼稚園に通っていた頃から小学校を卒業するまで住んでいた町なので、合計で20年程ここで過ごしていることになる。その間に景観も随分変わった。ここで出会った人、ここを去った人、ここに来た人、様々を知っている。  近年は長い夜を過ごすにも随分と都合のいい町に変化してきたように思う。自分が夜の過ごし方を知らなかっただけなのかもしれないが。  今年は特に一杯の癒しを求めて、新しい店を開拓しているのだが、最近少々入り浸ってしまっている居酒屋

        • 壮年のすべて。#20240304

           真冬のピークが去った。天気予報士がテレビで言っているかは知らない。なぜなら我が家のテレビは先々月に息を引き取った。10年以上は使われていたはずなので大往生だろう。葬儀(家電リサイクル法に基づく店舗への持ち込みとも言う)は身内のみで執り行われる予定だ。  実家で余っているテレビを貰い受ける予定ではあるが、明らかに部屋のサイズに合わないほど大きく、若干の躊躇を振り払えないまま2月が過ぎ去った。 §§§  久しぶりに友人と銭湯へ行った。物価高の影響がこんなところにも出ているよ

        • 固定された記事

        自己紹介。

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        • ちょっと見てもらえた話
          4本
        • #日記っぽい何か
          51本
        • 弱小野球部哀歌。
          4本

        記事

          プリズムの断片。

           下書きだけ一丁前に溜め込んで、結果いつもと変わらない2月が終わった。閏年だからって特別なことは起こらない。息を吸って吐いて、自分から目を逸らしてたら簡単にひと月消える。それでいいか、でいつも片付いてしまう。  今日は湿っぽい朝だった。小雨の粒が目に入るのが嫌で俯いて歩いていたけれど、少し考えたら晴れの日でも大して目線は変わってないと気付いてしまった。通勤路はまだ肌寒くて、少し暗くて、一層気が滅入る。  途端。右を通り抜けた自転車の後ろの方。小さめのボリュームで聞こえてい

          プリズムの断片。

          煌々と輝いて。

           光陰は百代の過客だとはよく言ったものだが、月日の中に存在として内包される人間の生き死にや感情や記憶こそが過客なのではないかと、ふと思ってしまうことがある。  仮に、時間自体を“始まりから終わりに進むもの”という一元的な捉え方ができるとする。そうすると一人の人生一回分も“始まりから終わりに進むもの”として時間に準拠する存在であることから、私やあなたという個体が生まれた瞬間、その存在は一元的であったと考えて良いのではないかと思うのだ。  しかし、人間は集団で社会を形成しているた

          煌々と輝いて。

          決戦前夜は雨模様。#20240131

           去年より年間目標というものを決めた。私自身は極めて怠惰であると自己を評しているため、友人達と共通の目標を立てることで、自分を奮い立たせている。そして周りを巻き込むという形を取ることで、若干の競争意識が生まれる。背中を押されるが如く目標達成へ能動的に向き合えるのだ。  しかしながら年始から話は二転三転、少々人数も増えたために取り纏めが難しい部分もあるが、正直そこが面白い。  今年は協議の結果、人生ビンゴを行うことに。  クリエイターの方には頭が下がります。上記より素材をお

          決戦前夜は雨模様。#20240131

          外弁慶の泣き所。

           今となってはあまり信じてもらえない話だが、所謂病弱な少年時代だった。様々な疾患に罹り、ついでに怪我や故障も多かった。ほとほと自分に嫌気がさしたので、せめてフィジカル面を鍛えようと中学の半ばから高校の間はしっかりと運動して基礎を作った。その後長期間に亘る栄養過多で出来上がったのが今の体躯である。土地を整備すればある程度立派な物が建てられるという類の話で、重課金ボディーと言っても差し支えない。  仕上がっているこの身体の外骨格をハードウェアとするならば、それをスムーズに動かく

          外弁慶の泣き所。

          混迷思考。 #20240104

           元日から耳を塞ぎたくなるようなニュースの連続で日本が揺れている。  既出の様々な報道とは離れた地域に住んでいるという、それだけの理由で平和を享受して、いろんな理由に身を任せながら何日も何日も酒を飲んだ。  テレビを消して、携帯端末では目を背けて、それでも情報が押し寄せてくるのでなんとなく諦めた。友達と会って笑ってはいるがどことなくずっと気は滅入っている。何も出来はしないのだからいっそ知らない方が良かったと思う瞬間さえあるほどで。  目の前の経済活動だけに集中、なんて聞こえ

          混迷思考。 #20240104

          駆け抜けて。#20231231

           今年最後の一杯を飲みながら。  毎度年末は友人達ともっさりとした過ごし方をしておりましたが、今年は一味違いましたfrom雪山。  運動不足寝不足の体に鞭を打ってスノーボードに興じておりましたところ、半端じゃなく足攣りました。今もほんのり痛いです。  兎にも角にも皆様、本年も駄文長文にお付き合いいただきありがとうございました。  来年もネタ無しオチ無しになるとは思いますが、お暇な時分にでも思い出して頂けましたら幸にございます。  新年また改めましてお目に掛かれたらと存じ

          駆け抜けて。#20231231

          杪秋、過ぎ行く間に見た梦。

           数か月前、思い付いてコテージに泊まろうと提案した。  これまでにも旅行は度々企画しているものの、都度目的がハッキリしているために予定がみっちりと詰まってしまい、自由な時間が少ないと感じていた。もちろん友人と過ごす時間に密度があってのこと、然程問題は無いのだが、少しくらい旅行の中で一人になる時間というか、オンオフを感じる瞬間も欲しいような、曖昧で純情な感情が空回り。  そもそも友人との旅行で一人の時間を求めるってどういうこと??と言われたら正直返す言葉もない。友人と一緒に得

          杪秋、過ぎ行く間に見た梦。

          四捨五入で四。#20231029→1102

           一年が経ち、35歳になりました。  何が変わったというわけでもないのですが、今年からアラフォーに属するということもあってか、当日の29日を含め26~30の5日間奢られっぱなしでした。なんなら明日延長戦あります。ありがたいことです。当日更新できなかった理由はこれで、酒→仕事→酒のコンボにやられていました。昨日一昨日めちゃくちゃ寝ました。やっと復活です。  当日にはたくさんのメッセージもいただきまして、年を取るのも悪くないと思った次第でございます。オタ友や旧友からLINEギフ

          四捨五入で四。#20231029→1102

          結局ドネるか、ドネらんか、やねん。

           個人的にだが、旅行の話というものは、読んでくれる人に向けての配慮の有無によって、その話の価値が著しく変動するものだと思っている。  本題は概ね個人の足跡であることを前提として、〇〇が楽しかった、〇〇が美味しかった、〇〇がお得だった、などという有益な情報をオススメと題して文中にちりばめることによって、受け取る側が一緒に旅をしているような気分になったり、その情報を元に自分も旅行してみようかな、なんて思わせたりできたならば、価値のひとつも生まれるのが筋であろう。  そんなキラキラ

          結局ドネるか、ドネらんか、やねん。

          ストロングスタイル拉麵。

           先週日曜の夜、街でラーメンを食べた。初めて入った店で、正直なところ可も無く不可も無い味だった。なんとなく食べたことあるような味だが、特筆すべき点も浮かんでくる言葉も無い。  先に断っておくがその店の名誉を傷つけようとか、名前を晒そうとか、そういう話ではない。味覚なんてものは曖昧で個人差の極致、食についてはどう語ろうにも正しく伝えきれる術は存在せず、だからこそ美味しいを誰かと分かち合うことには価値があると思っている。  今回は誰かにとっての至高が私にとっての普通だった、そうい

          ストロングスタイル拉麵。

          三十年後の自分は。

           先日、親父の定年祝いをしてきた。  薔薇のように盛り付けられたお肉を、豪快にすき焼きにする感じのアレだ。いわゆる黒い毛の和の牛なのだが、運ばれてきた赤と白のコントラストが鮮やかで、視覚がダイレクトに食欲を刺激した。  そしてサムネイル画像の通り、特製の割下で美味しく頂いたってわけ。  65歳の父と35歳目前の私。丁度父が30歳の時の子供になるのだが、そこから35年。こうやって酒を飲み、美味い飯を食べ、祝いの席を設けられる程度の人間にはなった。失敗は多いが息子として最低

          三十年後の自分は。

          伯剌西爾から海を渡る。

           鋭利な言葉はネットの海を漂うだけで人を傷つけることがある。「陰キャは10年遅れで陽キャの真似を始める」などという耳障りの悪い地獄みたいなワードが頭によぎった。30代のど真ん中を目前にし、未だ実体のない何かを取り戻すかのように遊んでいるのだから無理もない。  その日は朝8時に私を含む6人が集合した。日帰りの旅行を予定していたのだ。  しかし、集合時点でまだ行き先を決めていない。  そう表現するといかにも旅人らしい雰囲気が出るものだが、実際のところは集合してから行き先を決め

          伯剌西爾から海を渡る。