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話の比率は「7:2:1」

「疲れて帰ってきてるんだ。暗い話ばかり延々と聞きたくない」

夫にそう言われたのは、今から5年前ほどのこと。

当時の私は、日々のもやもやした気持ちの行き場がなくて悩んでいた。厳密に言えば、悩んでいることにさえ気づかず、ただひたすら混沌とした気持ちで過ごしていたのだった。

職場では雑用をどっさりと押しつけられる。上司の機嫌が悪いと八つ当たりされる。ずっと追いかけていた夢に挫折して、周りからの「若いんだからあきらめるな!がんばれ」というプレッシャーがちくちくと胸を刺す。部屋は散らかっていて足の踏み場もない(著書『365日のとっておき家事』参照)。東京には知り合いがほとんどいなくて、仲の良い職場の人と食べるお昼ごはん以外は、人との会話もまったくなかった。

時間に押し流されるように暮らしていくなかで、そうしたいやな出来事ばかりが身の内に残っていたのだった。目につくのがそうした「ちょっとしたいやなこと」なのだから、知らないうちに話題もそればかりになってしまったようだ。夫に冒頭の言葉を言われたのは、そんな背景からだった。

夫が視線を落としてそうこぼしたとき、かあっと体の奥が熱くなるのを感じた。当時の夫は、毎日終電で帰宅していた。いつもぐったりしていた。それなのに、自分のことばかりを優先してしまったこと、夫ががまんして話を聞いてくれていたことは、今思い出しても、目をそむけたくなるような恥ずかしい記憶。


「ぐちを言わないようにしよう」と決めたけれど、それはむずかしかった。これまでのくせのようなものをいきなり抜くのは至難の業だった。今でこそ、1時間あれば自分の気持ちを整えられるようになったけれど、当時は自分のなかに溜まったもやもやをまったく吐き出さないでいたら、爆発しそうになるときがあった。

そのあといろいろ試行錯誤した結果、思いついたのは、話題に比率を決めることだった。「ぐちを言わないようにしよう」とふわっと決めるよりも、数字を意識した目標を設定するほうがうまくいくんじゃないかと思ったから。

話題の比率は「7:2:1」に設定した。

7=楽しいこと。気になること。行きたい場所。わくわくすること。

2=まじめなこと。将来のこと。

1=聞いてほしいもやもやする気持ち。愚痴。

この比率を決めてから、話す内容を、口に出す前に頭のなかで選別できるようになった。同じようなことは夫との会話だけでなく、SNSに投稿するときも意識するようにした。その結果、ここ数年の私の頭のなかには「毎日が楽しかったな」という記憶だけが残っている。

出産、育児、自分ひとりで仕事を始めるなど、さまざまな節目を経て、絶望するような出来事も、涙が止まらなくなることも、悔しくてすべて投げ出したくなるようなことも、なかったわけではない。

でも、不思議とこころのなかにあるのは、なにげない日常をきちんと、楽しく生きてこられたという自信のようなものなのだ。

口にする言葉を変えると、人生も変わるのかもしれない。このごろはそう考えている。

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