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【ショートエッセイ】さぁ、車椅子を押して冒険に出かけよう!

桜の季節がやって来た。
今年も桜の名所へ冒険しに行く。

そこへは電車に乗って1時間ほどで到着できるのだが、普通に行くわけではない。
足の悪いお袋を車椅子に乗せて行く。

車で行けないわけじゃない。
あえて電車を選ぶ。
理由は一つだけ。
ぼくが冒険をしたいだけだ。

駅の改札を普段通りに通過できない。
改札で駅員さんに障害者手帳を見せて、二人で一人分の切符を買わなければならない。

駅員さんは気を利かせて、電車に乗る時にホームと電車の間に敷くスロープ板の手配をしてくれる。
しかしぼくらが改札からホームへエレベーターを降りても、スロープ板を持った駅員さんが見当たらない。
ぼくをお袋をホームに残して探しに行く。
いらいらなんて全くしない。
こっちはいらいらを楽しみに来ているから。

途中で電車を乗り換えるが、鉄道会社が違うから一度再札を出なければならない。
このシステムは身障者には優しくない。

身障者だから乗り換えるのにまた切符を買い替えなければならない。
次はスロープ板の手配はなし。
こっちから言えば手配してくれるのだろうが、あえて言わない。
ぼくの腕力さえあればどうにでもなる。

電車の中では車椅子の立ち位置が難しい。
扉の前は乗客の乗降のじゃまになるし、お袋が見せ物みたいになる。
でもお袋はぼくのイヤホンで森進一の曲を聴きながらご満悦。

やっと目的地に到着。
桜が満開、お袋は桜を鑑賞しながらさらにご満悦。
ぼくはなかなか桜を見れない。
人が多すぎて、人を縫うように車椅子を蛇行させる。
それに道が凸凹。
やがて両手首が痛み出す。

"どんと来い"だ、こっちはあらゆる痛みを楽しみに来ている。
しばらくして急勾配の長い上り坂に差し掛かる。
200mはあるが、躊躇することなく上り始める。
いつこの坂を上れなくなるかもわからない。
悔いが残らないように、一歩一歩を踏み締める。

この公園にはたくさんの人がジョギングをされている。
何人ものジョガーが通り過ぎて行く。
一人の女性がわざわざ引き返して来てくれて、"車椅子を押しましょうか"とおっしゃってくれた。
丁重にお断りして単独で頂点を目指す。
冒険には辛いことばかりじゃない、心の優しい方に出会えることができる。

2時間ほど車椅子を押して桜を鑑賞し、公園を離脱する。
冒険はまだまだ終わらない。
帰りの最寄駅はお花見客で大混乱、駅員さんは右往左往。
また身障者の切符を買わなければならないが、駅員さんは忙しくしながらも親切に対応してくれた。

エレベーターでホームに降りたいが、車椅子は機動性が悪いから、順番がなかなか回ってこない。
こんなことは慣れている。
待っていれば順番は必ず巡ってくる。
親切な方が場所を譲ってくれた。

やっとのことでホームに降りると電車が入って来た。
車椅子を押しながら走って、最後尾の扉から電車に乗り込もうとするが素早く乗れない。
何とアナウンス係の車掌さんが、わざわざ電車から降りて来て助けてくれた。
これも貴重な体験だ。

面倒くさいし、体は痛くなるし、理不尽なこともあるけど、そんなことにあえて飛び込んでみると、普段じゃ経験できないことに出会える。
だから冒険はやめられない。


▼去年の春も出かけました

▼展望台にも行きました


小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。