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【連載小説】小五郎は逃げない 第40話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組に拉致された恋人・幾松の奪還に成功し、桂小五郎と岡田以蔵は愛犬・寅之助とともに新選組との前代未聞に戦いに挑む。

 新選組隊士を分断させ、少しずつ戦闘不能にしていくために小五郎は京の町を走り続けた。しかし斎藤一にその作戦を見破られ、以蔵が足止めされた。小五郎は一人隊士たちに取り囲まれ窮地に落ちた。

愛する人を守るために・・・、桂小五郎は京の町を駆ける。

闘走 2/5

 以蔵と対峙した隊士は、以蔵が真剣ではなく木刀を持っていることにいち早く気付いた。たとえ木刀で叩かれたとしても、命を落とすことはない。安心感と共に、以蔵に反撃する余裕を与えないように、連続して打ち込んできた。以蔵は斎藤との激闘で傷んだ木刀で、何度となく敵の攻撃を受け止めているうちに、木刀が折られてしまった。隠してある木刀はまだ残っているが、それを取りに行く隙が無い。真剣を持った相手と素手で戦って勝てる確率は、万に一つもない。
 
「こりゃ、参ったぜよ」
 以蔵が独り言ちたとき、敵の隊士が猛然と斬りかかってきた。こうなれば、相手の懐に飛び込んで刀を奪うしかない。以蔵が飛びかかろうとしたその時、以蔵の前に桂が立ち塞がった。手には真剣を持っている。桂は下段から相手の刀を跳ね除けると、一瞬の早業だった。桂は踏み込んだかと思うと、相手は肋骨を砕いて気絶させた。その速さは、以蔵の目にも見えないくらいであった。
「斬ったがかえ」
「いや、峰打ちだ。死んではいない」
 以蔵が他の隊士もいたことを思い出し、辺りを見回すと、気絶して地面に伏せていた。改めて桂の剣術の凄さを思い知らされた。
 
「これで先程の借りは返したぞ。ところで、あの凄腕の男をどうやって倒したのだ。簡単に倒せる相手ではなかったはずだ」
「なーに、おまんにしたことと同じことをしただけぜよ。剣豪は刀に頼り過ぎるきに。勝負を焦ってきゆうと、どうしたっち刀の振りが大きくなってしまうぜよ。そうなるとほんの一瞬やけんど隙ができゆう。すかさずあいつの顎に蹴りを入れてやったぜよ。二間程後ろにすっ飛んでいって、地面に頭から落ちたら気絶しよったぜよ。ところで、小五郎、後のやつらはどうなっちゅうがかえ」
 
 桂もその言葉を聞いて我に返った。確か寅之助が足止めしてくれているはずだが、そう長く時間を稼げるものではない。通りの向こうに目をやると、やっと追手が見え始めた。桂と以蔵が目を凝らしていると、いつの間にか寅之助が足元にいた。左の肩から前足にかけて斬られて、血だらけになっていた。
「トラ、どうしたのだ、その傷は!」
 声をあげたのは以蔵ではなく桂の方だった。
「こりゃ、えらい深くやられちゅうきに。大丈夫かえ、トラ」
 以蔵も心配そうに言った。
 
「私のために命を張ったくれたのか。すまん、トラ。もう走らなくていい。おまえは隠れていろ」
 桂は悲痛な声と共に、片膝をついて寅之助の首筋をそっと抱いてやった。しかし、この犬は動じることがなかった。いつもなら嬉しそうに桂の頬を舐めてくるのだが、痛みを微塵も感じさせることなく、凛としてすでに臨戦態勢に入っていた。武士に育てられたこの犬もまた武士なのである。 

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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