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【連載小説】小五郎は逃げない 第15話

【15秒でストーリー解説】

明治維新を成し遂げた幕末の英雄・桂小五郎は、剣豪でもあった。「逃げの小五郎」と称された彼は、本当に逃げ続けた人生を送った人物だったのか。

新選組から身を挺して守ってくれた幾松を拉致され、奪還に向かうも成す術もなく新選組に追い詰められる。その絶体絶命の危機から桂を救った男は、京の街を震撼させていた「人斬り」こと岡田以蔵だった。

岡田以蔵はなぜ桂を救ったのか。以蔵は果たして桂の敵となるのか、味方となるのか。そして剣豪・桂小五郎は最狂最悪の殺人集団・新選組から幾松を奪還することができるのか。

愛する女性のために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

暗殺剣 1/3

 新選組の屯所は大騒ぎになっていた。大雨が止んだ後も、桂の死体を捜索していた新選組隊士が、鴨川の岸に浮かんでいた死体を発見したのだ。その知らせを聞いた土方と沖田、そして桂の顔を知る斎藤が、死体発見現場に急ぎ向かった。現場は五条大橋と七条大橋のちょうど中間あたりの川岸だった。三人は現場に到着すると、川岸に置かれている死体が目に入った。三人は駆け寄って死体に掛けてあったむしろを沖田がめくりあげた。悪臭と無残な姿に沖田は思わず目を背けたが、土方は平然と死体の検分を始めた。死体は全身の皮膚が青白くなり、長い時間水に浸されていたせいか、かなり膨れ上がっていた。それに濁流に流されている間に、あちこちにぶつけられたのか、衣服はぼろぼろにはぎとられて、全裸同然の状態で、体中に傷跡があった。土方は斎藤に手伝わせ、仰向けの状態の死体をうつ伏せにさせたり、横向きにさせたりした。
「死体の損傷が激しくて、だれの顔かもわかりませんよ」
 沖田が嘆くように言った。
「斎藤、どうだ」
 土方が斎藤に顔を確認するように言った。
「桂じゃありませんね。一瞬しか顔を見ませんでしたが、額に傷跡があったことははっきり覚えています。この死体にはその傷跡がありません」
 斎藤ははっきりと言った。
 
「こいつは武士だな。掌に豆の後がある。剣術をやっていなかったら、こんな豆はできん。桂の捜索で京の町に出回っていたのは、おれたちか見廻組か会津藩士だろう」
 土方の推理は正しかった。
「新選組から行方不明者が出ているとの知らせは聞いておりません。仮にこの死体が見廻組隊士や会津藩士だとしても、桂の捜索中に、なぜわざわざ増水している鴨川に落ちて、溺れたのでしょうか」
 沖田が怪訝そうに言った。
「こいつは溺死したんじゃない。殺されて川に放り込まれたんだ。よく見ろ。首を真一文字に斬られた跡がある。頸動脈を一太刀で斬られたんだろうな。出血しながら濁流の中に放り込まれたんなら、死ぬまでの間さぞかしもがき苦しんだことだろうよ。下手人は右利だ。背後から襲ったんだ。傷は首の右側の方に、しかも深くなっているだろ。背後に回って、斬りながら右から左へ回り込んだんだ。たぶん、返り血を浴びたくなかったんじゃないか」
「と言うことは、歳さん、下手人は・・・」
「そうだ、下手人は殺し屋だ。相手の背後に回って首を掻き斬るなんて、まともな武士がやることじゃない。暗殺を専門にやっているってところかなぁ」
 沖田の問いに土方は間髪置かずに答えた。
 
「斎藤、桂は逃走中に刀を放り投げたんだったなあ」
「はい、私は見ていませんが、永倉さんがそのように申しておりました」
 土方の問いに斎藤が答えた。
「そうなると、仮に桂が生きていたとしても下手人ではないということですか」
 沖田が言った。
「わからん。しかし、桂と剣術の試合をやったことがあるが、おれも近藤さんも歯が立たなかった。おれたちがとても太刀打ちできる相手じゃなかった。そんなやつなら相手の背後から襲ったりせずに、真正面から勝負するだろうよ」
 土方が答えた。
「桂ってのはそんなに強いんですか」
「おれたちとは次元が違っていた」
「それなら川で溺れて死んでいることを願いたいですね」
「何を弱気なことを言ってやがる、総司」
 土方は沖田の頭を一つ拳骨で殴った。痛がる沖田を見向きもしないで、土方は死体の検分を続けた。
 
「土方さん、京から一掃された長州藩士は、桂だけじゃありませんよ。まだかなりの人数が潜伏しているってことです。そいつらが今回の桂の一件と同じように、たまたま見廻組か会津藩士に出くわして、戦闘の果てにどちらかが斬り殺されたって可能性もあるのではないですか」
 斎藤が検分中の土方に口を挟んだ。
「いや、それはないな。斬り合いになったら必死で戦うだろう。こうもあっさり、しかも首を斬られることはない。それに捕まえる方は聞き出したいことがあるから、生け捕りにしたいだろうよ。戦闘中に誤って斬ってしまうこともあるだろうが、こいつは違う。鼻っから、しかも迷いなく殺そうとしてたに違いない。少なくとも生きているうちに川に放り込んだりはしないだろうよ」
 斎藤は土方の推理に返す言葉がなかった。
 
 しばらくすると、数人の会津藩士が死体発見現場にやってきた。彼らは一目で土方らが新選組の隊士であることに気付くと、気になる情報を告げた。新選組と共に桂の捜索に当たっていた会津藩士の一人が、昨晩から行方が分からなくなっているというのである。死体は損傷が激しく、外見から識別することができないが、その死体の身元が会津藩士なのではないかということも言った。
「会津藩士だとしたら、桂が斬った可能性が全くないと言えませんね」
「いや、何度も言うがその可能性はない。しかし、桂が関係しているって可能性はある。桂の逃亡を助けたやつがいたって考えれば、その可能性は大きくなる」
「仲間の長州藩士ですか」
「いや、長州藩士に、こんな殺し方をするやつはいないだろう」
「では、一体だれが・・・」
「おれにもわからん。京を騒がしてる人斬りの仕業じゃねえか」
 土方は冗談交じりに、沖田の問いに根拠もなく答えた。
 
「以蔵殿、たいへん世話になった。私は新選組に捉えられている女を救出しなければならない。何も礼はできなかったが、そろそろ行かせてもらう」
「以蔵でええきに。おまさん、一人で新選組に殴り込みでもかけるつもりかえ。ほりゃあ、死にに行くようなもんぜよ。おまさんの女にゃ悪ぃやけど、二人とも殺されるのが落ちぜよ」
「幾松は私を命がけで守ってくれた。私だけが助かって、このまま見捨てることなどできない。それに剣の腕には自信がある。比較的、人数が手薄な夜中に襲撃をかければ、何とかなるかもしれない」
「おまさんの女が、やつらの屯所におるって保証はどこにもないきに。それに、おまさん、新選組と斬り合うて、勝てると本気で思っちゅうがかえ。おまん、成す術なく殺されるぜよ」
「私がそう簡単にやられることはない。見くびらなでもらいたい」
「いいや、やられるがぜよ。それもあっという間にぜよ」
「なぜ断言できる」
「あいつらの剣は暗殺剣ぜよ。ただ人を殺すことだけが目的の剣やき。あいつらは一対一で真っ向勝負なんてしてきやせん。猟犬みたいに束になって襲ってきゆう。しかも、一撃必殺の剣なんかじゃないきに。相手の手や足を狙ってきて、動きを封じながらじわじわと追いつめてきゆう。おまさんが剣の達人ということは、あいつらには当然わかっちゅうことぜよ。すでにおまさんとの戦闘に備えた対策もできあがっちゅう。おまさんに勝ち目はないぜよ」
「そんな邪道な剣に私は屈しない」
「まぁ、人の話は最後まで行くもんぜよ。それにあいつらは、仮に戦闘で怪我でもして帰って来ようもんなら、切腹させられゆうきに。聞くところによると、怪我してのうても着物の背中が斬られちょっただけで敵に背中を見せたっちゅうて、切腹させられたってことぜよ。要するにおまさんと戦闘になったら、おまさんを殺さんと自分が殺されてしまうぜよ。自分の命がかかってるきに、全員が命懸けでかかってきゆう。悪いこと言わんきに諦めた方がええぜよ」
「しかし、やってみなければわからん」
「ほがーにやりたいなら、わしがここで、暗殺剣ちゅうもんを教えちゃるきに」

<続く……>

<前回のお話はこちら>


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