見出し画像

「女記者が見た、タイ夜の街」コラム)裸で踊るおじさん達から考えるジェンダー

タイでは、さまざまな夜の景色を見てきたと思う。それは、政府関係のイベントや大使公邸のパーティーといった公式な場から、日本式のカラオケクラブ、西洋人が集まるプールパーティー、地元民しか行かないナイトクラブ、地方のあやしい飲み屋まで、場所によって集まる階層や人種が異なる様子は、清濁混合するタイというそのものを表していた。

その中でも、私が好きな夜の会がある。首都バンコクの日本人が集まるエリアにある、昭和の匂いが漂う日本式居酒屋。敷いてある座布団はシミだらけで、メニューも黄色くなって、かなり年季が入っているが、そこにいつも集まる人たちが面白い。

「ここはね、もうバンコクに30年くらいあるんじゃないかな。古びた作りがいいでしょう。ここに来るとタイに来た、と思うんだよね~」

そう話しながら煙草をふかすのは、とある業界の第一線にいるボス的おじさん。そのおじさんを中心に、その界隈のおじさん達が集まってくる。

最初は酒を飲みながら、最近の国際情勢とか、少しのあいだ真面目な話をしているのだけれど、酒が進むと馬鹿話になって、そのうち、真剣な話は一切出てこなくなる。

顔なじみの店の女の子たちも、他に客が来なさそうだと分かると、店を閉めて、貸し切り状態にしてくれる。そうなると、もうみんな好き放題やりだす。

気づくと古びた日本式の居酒屋に、タイ独特のダンスミュージックが流れ出して、そのアンバランスさがとてもいい。女の子たちは勝手におじさんの焼酎ボトルをがばがばグラスに注いで飲んで、自分たちが屋台で買ってきたタイ料理を食べ始める。

おじさん達は、社会的には立派な肩書を持つ、いわゆる「偉い人たち」なのだけれど、酒が入るとする癖がある。上のシャツを脱ぎだすのだ。

そのうち、おじさん達はみんな上半身裸で、店内をうろうろしたり、踊ったりし始めて、私も女の子たちと一緒に踊って、疲れたら座って、踊るおじさん達をひたすら眺めている。

その夜は、酔いつぶれた一人のおじさんの背中に、また別のおじさんが、マジックで落書きを始めた。それを見た女の子たちも、卑猥な言葉やアニメのキャラクターを書きはじめ、背中一面が真っ黒に埋め尽くされた。そのマジックの跡は、数日間、消えなかったらしい。

そんなのを見ながら、みんなでげらげら笑ってる間に、一人のおじさんは、店の女の子を口説こうとしている。それでも、どのおじさんも女の子に対して、無理やり触ろうとしたり、嫌がることをしたりしないので、女性たちが安心しているのが伝わってくる。

なぜ私が、このおかしな会が好きなのか?嫌な気持ちにならないのか?と考える。

それは少なくとも、そこにお互いへの「信頼」と「リスペクト」があるからだ、と思う。

近年は、社会でコンプラ意識の向上が叫ばれ、SNSでは性差別問題で、あらゆるジェンダー間で論争が繰り広げられる。しかし結局は、「信頼関係を築く」そして「相手を尊重する」。これを重視していれば、人間関係でトラブルになることは、まずないのではないか。

そして、いい年したおじさん達が、子どものようにはしゃいでいる姿を見ていると、男性と女性のつくりの違いを、まざまざと感じざるを得ないが、それもまた面白い。

40~50代の女性たちが、上半身裸になって踊ったり、背中に落書きしたり、聞いたことも見たこともない。なぜだろう。生まれた時から、なんとなく「女の子はおしとやかに」と、社会に求められて生きてきたからだろうか。ともかく、そんなおじさん達を見ると、自由でちょっとうらやましくもある。

そんな風に考えを巡らせていると、先ほどまで背中に落書きされていたおじさんが、男子トイレで用を足す姿のまま寝始めて、みんなで写真撮影会がはじまった。

まだまだ眠らない町、バンコクの夜は、長いのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?