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なぜ私が絶版になった「タニヤの社会学」を蘇らせたいのかータイの女性軽視問題についていまこそ考えたいー

2000年に発刊され、その後ある事情により絶版になった「タニヤの社会学」。タイの首都バンコクにあるタニヤ通りはこれまで、日本人駐在員が接待をする夜の街として発展を遂げてきた。同書は、そうしたタニヤ通りの存在に疑問を抱いた日本人駐在員の妻が執筆し、当時大きな波紋を呼んだという。その内容は、「なぜタイで性産業が発展しているのか」「現地の女性たちは本当のところどう思っているのか」「タイの地方はなぜずっと貧しいのか」といった、筆者が長年探求している問いに答えてくれるもので、ジェンダーや人権問題への意識が高まるいまこそ、幅広い世代で読まれるべき本だと感じる。
以下に、筆者の体験を交えて、なぜこの本を蘇らせたいのかを述べ、更にはどういった形で蘇らせるべきなのかについて考察してみた。(東南アジア専門ジャーナリスト・泰梨沙子)


■初めてのタイ旅行で衝撃

初めてタイの地を踏んだ10年前、たった2泊の滞在だったのにも関わらず、ある経験が鮮烈なものとして脳裏に焼き付いている。

旅を共にした妹と「せっかくだからタイでマッサージを受けてみたいね」と話し、スマートフォンで「バンコク マッサージ」と検索すると、ウェブサイトの検索結果に出てきたのは、いわゆる「エロマッサージ」ばかりだったのだ。

しかしながら、当時の自分は「バンコクでの移動手段は象なのだろうか」などと考えていたくらいで、タイについての知識がほぼ皆無であった。例えタイがエロマッサージの多い不健全な国であったとしても、旅人の1人に過ぎない自分にとってその事実は、「それがタイという国なのだろう」という素っ気ない感想を抱かせるにすぎなかった。

■性産業について考え始めたきっかけ

そんな自分にとって、タイの性産業について真剣に考えるきっかけを与えた出来事が2つある。

ひとつは、初めてのタイ旅行から3年が経過し、縁があってタイで記者として働き始めた時のことだ。

当時、会社の同僚たちと飲酒をして、二次会の場へ移るために徒歩で移動していた。その時、初めて夜の「タニヤ通り」を通過し、心底驚いてしまったのである。

日本の歌舞伎町のようにきらめくネオン、自分の娘でもおかしくない歳の女性の肩を抱いてデレデレしながら歩く日本人男性、そして何より驚いたのは、ずらーっと並んだ椅子に露出した大勢の女性たちが座って、大人しくこちらを見つめていたことだった。

ショーウインドーに陳列された商品のような女性たちからは、どことなく陰鬱した空気が漂っており、同じ女性として言いようのない悲しみを感じずにはいられなかった。

■タイ人激怒で署名運動に発展

そしてもう一つ、自分がタイの性産業について考えるきっかけになったのは、2019年にタイ人の友人らとセクハラ防止に関する署名運動を行ったことだ。

事の発端は、ある日本人男性らがタイでナンパ動画を撮影し、「キスしたら●ポイント」「ベッドに行けたら●ポイント」などとルールを決めて競い合う様子をYouTubeに配信していたことだった。

それがツイッターで炎上すると、タイ人の友人から動画のURLとともにこんなメッセージが送られてきたのだ。

「日本人男性はいつもタイ人女性を馬鹿にしているね。こんな日本人はタイから出ていってほしい」

いつも陽気で明るく、冗談が大好きで優しいタイ人の友人から、そこまで強烈な怒りを感じさせる言葉が出てきた時、自分はこれまで、なにか大きな勘違いをしていたのかもしれない、と感じずにいられなかった。

「タイは昔から性産業が盛んで、歓楽街を中心とする観光業が外貨を稼いで国を発展させてきた。そうした状況を許容しているのがタイ。たまに調子に乗った旅行者が町の女性に迷惑をかけているけど、女性たちはうまくあしらっているし、もはや慣れっこなんだろう」

恥ずかしながら、当時の自分はその程度にしか考えていなかった。
自分自身も、歓楽街を歩いている時に後ろから白人に尻を叩かれたり、中国人男性や日本人男性から「ハウマッチ?」と聞かれるような嫌な経験をしていたが、次第にそうした環境下で感覚が麻痺していたのかもしれない。

■日本のエロ雑誌「怒りで身震い」

こうしたタイでの外国人によるセクハラや女性軽視、性産業の問題について、当時は日本語の媒体で目に触れる機会は滅多になく、オンラインで検索してもほとんど情報を得ることができなかった。

その代わり、嫌というほど出てきたのがタイの風俗店を紹介するウェブサイトやブログ記事で、大半がタイ人女性を「娯楽」として消費するものだった。それは男性にとって都合のよい一方的な視点で、「本当のところ、タイ人女性はどう思っているのか?」という部分が全く見えてこなかった。

その後、タイの性産業に関する論文を読んだり、署名活動を通じて多くのタイ人女性、男性と対話したり、風俗店界隈を取材したりする中で、少しづつ彼らの本音が見えてきた。

それは要約すると、「タイが性産業を通じて国を発展させてきたのは紛れもない事実。しかし、だからといって女性軽視をする外国人には我慢ならない」といった当たり前の怒りだった。

ある日本との関わりがあるタイ人の男性経営者は、「昔、日本人によって発行されたタイ人女性の風俗雑誌を街中で見かけた時、どうしようもない怒りがわいて、身震いしてしまった」と話してくれた。
(国に関わらず、外国人に自国の女性が辱められることに対し、嫌悪感を覚える男性は多いのではないだろうか)

日本企業を顧客に持ち、タイに遊び目的で来る日本人男性も多い中で、そうした本音をこれまで日本人に言うことができなかったに違いない。署名活動では彼だけでなく、日本人をはじめとする外国人に女性軽視の扱いを受け、悲しい思いをした女性たちから多くの経験談が届き、こんなに悔しい思いをしてきたのか、と驚愕せずにはいられなかった(こうした経験談について、後日また紹介したい)。

■タニヤの社会学との出会い

そこで、本題である。

筆者は、昨年の終わりごろ、先輩ジャーナリストに「女性視点で、かつ日本語で書かれたタイの性産業に関する本ってあるのでしょうか?」と聞いてみたところ、「タニヤの社会学」の存在を教えてもらった。

早速ネットで検索してみると、既に絶版になっており、Amazonなら中古で300円台から購入できたが、日本からの送料が数千円したのと、もっと早く読みたいという欲が抑えられなくなった。

そこで、筆者はツイッターでタイ在住者に対して、本を譲ってほしいという投稿をしたところ、結果として、いいねが400件以上、リツイートが200件以上と、居住国に関わらず多くの反応があり、この本への関心の高さが浮き彫りになった。

しかしながら、数日経っても音沙汰はなく、半ば諦めかけた頃に、タイ在住の男性から連絡を頂いた。一時帰国の際に古本屋で見つけ、安く手に入ったからと無料で譲ってくれた神様のような方だった。

こうして無事に本を手に入れ、読み始めてからはその内容の濃さにページをめくる指を止めることができなかった。なにより、自分がずっと抱えていた冒頭の問いの答えがそこにはあった。

■買春観光反対の抗議文、日本の首相に提出

書籍内には多くの衝撃的な事実やデータが記載されており、ひとつひとつをここで紹介することはできないが、タイ人女性がこれまでも日本人に対して怒りを感じていた、というエピソードをひとつ紹介したい。

「タイにおいても韓国同様、日本人男性の団体買春ツアーに対して、早くも1970年代、タイの女性団体から非難の声が高まりはじめ、1980年代に入ると、タイのNGO団体、Friends of Women Foundationが中心となって、在タイ日本大使館周辺で買春ツアー反対デモを実施した。さらに当時の鈴木首相は、バンコクを訪問した際、タイの女性団体から買春観光反対の抗議文を突きつけられた。このような抗議に対して、日本の運輸省観光部は1981年、買春ツアーとわかる広告を出していた旅行会社に対して警告文を出したのを皮切りに、事実上、買春ツアーを組めない規定を作った」

タニヤの社会学より

このように、タイ人女性が外国人による女性軽視に対して戦ってきた事実があることを、10~30代の日本人で知っている人はほぼいないのではないかと思う。少なくとも筆者(30代半ば)と同世代、もしくはもっと若い世代に聞いたところ、この事実を知っている日本人はいなかった。こうした歴史があったことは、世代に関わらず、今でも広く認知されるべきだと感じている。

さらに同書では最後に、こう述べられている。

「このような現状に対する日本人男性の自覚と品位に欠ける行動様式は、両国関係にマイナスに働くばかりでなく、亀裂を生じるきっかけに十分なりうる。本書の目的は、タニヤを脚色なしで報告し、「このままでいいのか、日本とタイ」という警告を投げかけることにある」

タニヤの社会学

■「風俗で遊ぶこと」自体を批判していない


誤解を招きたくないのは、筆者は男性(もしくは女性)が風俗店で遊ぶことが断じられるべきとは思っていない。それは個人の自由であり、風俗店の存在(違法ではあるが)によって救われている人が多くいることも知っている。指摘したいのは、女性側の意見が無視されていることと、男性の一方的なタイの風俗イメージが世間に蔓延していることに対する危機感である。

さらに、批判されるべきは、「風俗で遊ぶこと」よりも、「女性へのリスペクトがない」ことである。「タイ人女性は金で買え、どんな態度をとっても怒られない。なにをしても受け入れてもらえる」。筆者がタイで過ごしてきた間、過去に炎上したYouTubeの問題などを見ても、そういう振る舞いをしてきた日本人男性を多くみてきた。
さらにはタニヤの社会学が発行された2000年から20年以上が経ったいまでも、筆者が下記のような記事を書かなければならない現実に対して、言いようのない悲しみと怒りを覚えている。


■取材の協力者募集

以上のことから、タニヤの社会学の現代版を執筆したいと思っている。
過去のタニヤの繁栄から、コロナ禍を経て閑散としたタニヤの現在の背景を探ることで、日本とタイの社会の変容を知ることができるとも感じている。
また、タニヤの社会学によると、1992年の調査で、タイの風俗店で働く80%が北部・東北部の女性たちだった。現在もその傾向が高いとされており、なぜ東北部は貧しいままで、女性たちは体を売りにバンコクに出てこなければならないのか、現状を調べたい。

さらに、SNSの発達がもたらしたタイでの人権意識の向上、性被害の告発運動など、デジタル世代の動きを記録しておくことも、世界的にジェンダー、人権問題への関心が高まる中で、意義のあることではないかと思う。
女性も風俗店で遊ぶ時代である。ゴーゴーボーイに関する話を扱うことも検討している。

そこで、ここまでの筆者の考えに共感し、取材に協力してもいい、という方がいたら、ツイッター(@hatarisako)にDMを頂きたい。
主に収集したい情報は、タイ在住者の現在の夜の遊び方(男女問わず)、これまでの性被害、セクハラ被害の経験。情報提供は匿名でも可能だ。

■誹謗中傷には法的措置


出版社に問い合わせたところ、タニヤの社会学の現代版の出版については、前向きな返事を頂いている。(もちろん原稿次第なのだが)
これから資料集めや取材を開始し、休日を使った執筆業務となるため、すぐに出版することは難しいが、できれば2年以内に形したいと考えている。

ただ、担当者からは心配の声も頂いた。こうしたセンシティブな話題を扱った場合、それが社会に求められている情報であっても、どうしても嫌悪感を示す層は一定数いる。タニヤの社会学が絶版になった理由について、詳細は説明できないが、そういった層からの反発があったことは想像に難くない。

一方で、文章の意図を理解しようとせずに、一部の「キーワード」に過剰に反応して怒る人間に対して、表現の自由がある社会で、過度な配慮をする必要はないと感じている。また、そういった人間には何を言っても無駄だということがこれまでの経験で分かっているので、議論はしない。しかし執拗な嫌がらせや迷惑行為、誹謗中傷に関しては、法的措置を取る構えであることを明言しておく。

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