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時の彼方で

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1話完結。片想い、別離、復縁、同性愛、秘密の恋など、相手の事を思うとキュンと切ない気持ちになる恋愛短編小説集。大好きな曲のイメージを元に、恋心を綴っています。以前、他のサイトで書… もっと読む
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記事一覧

時の彼方で ~最終章・和歌子(わかこ)~

時の彼方で ~最終章・和歌子(わかこ)~

「え…転勤?」
『うん。九州の支社に決まったんだ』
「嘘でしょ!九州なんて遠すぎる!」
『ごめん』
「単身赴任じゃないの?」
『うん。娘の中学入学を機に家族で引っ越すことになったよ』
「そんな…」

私はパートで10年ほど同じ会社に勤めている。彼は7年前に転職組で入社してきた。年数から言えば私の方が先輩だし歳も10歳も上だが、同じ管理部で働いているので同僚だ。彼が入ってきた時、既に30歳を越えてい

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時の彼方で ~第9章・蘭子(らんこ)~

時の彼方で ~第9章・蘭子(らんこ)~

『私は世間に知られるのは嫌なの。蘭子がそう願うなら、お互いの価値観が違うんだから、もうこれ以上一緒にいることは無理かもね』
彼女は吐き捨てるようにそう言うと、バタンと扉を強く閉め部屋を出て行ってしまった。

どうして…。彼女と一緒にいたい。なんで女同士じゃダメなの。好きになっちゃいけないの?私は彼女のことが人として好き。彼女の考え方や生き方、価値観や真面目なところ。最初は憧れだった。素敵な人だと思

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時の彼方で ~第8章・八重(やえ)~

時の彼方で ~第8章・八重(やえ)~

穏やかな日差しの中、窓の外には大きな桜の樹が生えていた。そよそよとなびく風が、満開の桜を揺らす。時折、勢いよく風が吹くと、花びらは宙を舞い桜吹雪となってハラハラと地面に落ちていった。

『お祖母ちゃん、どう?お元気?私よ。分かる?』
『お母さん、孫とひ孫が遊びに来てくれたわよ。ほら』
『ひいばあちゃん、俺のこと分かるかな?ひいばあちゃん、俺だよ。久しぶり』

「あなた…」

その日は、どこまでも青

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時の彼方で ~第7章・雅彦(まさひこ)~

時の彼方で ~第7章・雅彦(まさひこ)~

『パパ!食事中にスマホ見ないでっていつも言ってるでしょ!』
『ああ、もうあんた達、早く支度しなさい!』
『ちょっと!お弁当忘れてるわよ!』
『お兄ちゃん!昨日のうちにやっておきなさいって言ったでしょ!』
『大学生にもなってイチイチ言われないようにしてよ!』
『ほら、あんたも!髪の毛巻いてる暇ないでしょ!』

うちの朝は、毎日妻の小言で始まる。大学生の息子は、ほとんど朝ご飯を食べず、黙ったまま出て行

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時の彼方で ~第6章・葉月(はづき)~

時の彼方で ~第6章・葉月(はづき)~

「先輩っていつ見ても格好良いなぁ」
「葉月、また先輩見てるの?いい加減、告っちゃったら?」
「えーーーっっ!絶対、私なんて無理だよ~~~!」

私、葉月。高校1年生。入学したその日に運命の人と出逢ってしまった。大好きな先輩は二つ上。サッカー部のキャプテンで超人気者。身長は182cm。とにかく脚が長くてめっちゃイケメン。笑顔が爽やかで、声が渋い!運動も出来るのに成績優秀。きっと大学も推薦で行くんだろ

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時の彼方で ~第5章・奈津美(なつみ)~

時の彼方で ~第5章・奈津美(なつみ)~

はあ。今日も疲れたな。新しいプロジェクトの資料も作成しなきゃいけないし、明日の会議の内容も確認しておかなきゃ。でも、前に比べれば新人もだいぶ育ってきてくれたし、私も仕事がやりやすくなってきたかな。今は家に帰れば、可愛いペットもいるしね。

「ただいま。あー、疲れた」
『あ、奈津美さん!お帰りなさい。お仕事お疲れ様でした。今日は奈津美さんの好きなラザニアを作ったよ』
「ホント?ありがとう。あなたの作

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時の彼方で ~第4章・樹(たつき)~

時の彼方で ~第4章・樹(たつき)~

『樹ーーーっ!』
アイツが校庭の向こうから叫んでる。相変わらずデカい声だな。何だよ。いつも一緒にマックに寄ってるじゃん。その時でも良いだろう。ん?あれ?隣にいるのB組の子じゃん。何か用なのか?

『樹、後で言おうと思ってたんだけどさ』
「何だよ。だったら後でもいいじゃん」
『いや、ちょうど会ったから』
「後で俺んち来るんだろ。オマエの好きな漫画、借りてあるぜ」
『いや…今日はちょっと』

そう言う

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時の彼方で ~第3章・紗央里(さおり)~

時の彼方で ~第3章・紗央里(さおり)~

『いつか僕たち結婚しよう』

彼は、私の1番お気に入りの笑顔でそう言った。同じ大学の1年先輩。背が高くてスポーツが得意なのに、頭も良くて顔も良い。文武両道とは彼のためにある言葉だと思った。おまけに柔らかい声と優しい気遣い。キャンパス内の大半の女子は彼のファンだった。3年生になってキャンパスが1~2年とは別の場所になって初めて彼に出逢った。彼は4年生で既に就職活動を終えている。ほとんど大学に顔を出す

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時の彼方で ~第2章・和也(かずや)~

時の彼方で ~第2章・和也(かずや)~

彼女と出会ったのは、もう5年ほど前になる。俺は小さな文具会社の営業をしている。いわゆる御用聞きだが、顧客はたいてい中小企業だ。個人的に契約をすることはまずないが、先輩の知人と言うことで個人経営の彼女の店に出入りすることになった。

「お前の営業ルート途中に彼女の店があるから、悪いが寄ってくれないか」
先輩の紹介で彼女が経営してる小さなアートクラフトの店に出向いた。こじんまりとした綺麗な店で、経営者

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時の彼方で ~第1章・亜希子(あきこ)~

時の彼方で ~第1章・亜希子(あきこ)~

その日、私は仕事を早めに切り上げて、あるアーティストのライブに急いでいた。イヤホンから流れてくる推しの歌声。ハスキーなところが、ちょっと「彼」に似ている。もう忘れようとしていたのに…。「彼」に似た芸能人を探しては追いかけているんだから、忘れられるわけないか…。

そんなことを考えながら会場へと向かう。ポツポツと小雨が降ってきた。
「ついてないな…」

会場に着くと、アーティストのポスターがあちこち

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