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センシズ・ワーキング・オーバー・タイム/XTC Senses Working Overtime / XTC

東京で順調にF原さんとお付き合いしていたが、その短大のお友達を紹介された後、その子のことが気になってしまって困ったことになった。
名前をU村さんと言って横浜に住んでいた。

たとえて言うとF原さんはオールドウエイヴ、U村さんはニューウエイヴなタイプだった。
チャーミングで素敵な女性だった。

当時の俺はまだ若く、世間知らずだったこともあって、そのニューウエイヴな考え方、感覚に新鮮な驚きを感じていた。
彼女は当時まだ珍しかった女性ドラマーだったので、バンドのドラムを探しているのにかこつけてF原さんに紹介してもらい、時々二人で会っては音楽の話をし、好きなアーティストを語り合ったりしていた。
あるときU村さんとふたりで会うことになり、そこで口から出まかせを言った。
俺は当時から嘘ばかりついていたのだ。

U村「私XTC好きなんだ。ドラムス・アンド・ワイヤーズって言うアルバムの中のテン・フィート・トールって言う曲がすごく好きなの。」

「そうなんだ、俺もXTC好きだよ。うちにXTCのイングリッシュ・セツルメントあるから聴きに来る?」
「え?イギリス盤の2枚組のやつ?」
「う、うん、そうだよ(いや実は国内盤の1枚ものだし、どうしよう、まあいいか)」

俺のアパートに着いてレコード棚を探すU村さん。
深いブリティッシュグリーンのレコード背表紙だからすぐに分かる。
手に取ってひとこと
「なんだ、国内盤じゃない、これなら私も持ってるよ。嘘ついたな?」
「あれ?ちがったっけ?」なんてごまかしてうやむやにする。
そんなこちらの心の中を見透かしたように「うふふ」と笑うU村さん。

素敵な笑顔だ。

甘い時間が流れた。

そんなこんなで、俺は二股かけるような卑怯なことはしたくないので、F原さんには翌日事情を説明して、「U村さんとお付き合いすることにした」と堂々と宣言したいところだが、現実はそんなに上手くいかない。

しどろもどろの状態で止まらない汗を拭き拭き
「実は今ちょっと気を遣ってあげたい子がいるんだ」
F原さんはもう分かってる。
だって彼女が紹介してくれたんだから。
「どういうこと?」
「どういうって・・・、いや、あの、その、なんだ・・・」
「別れるってこと?」
「いやあの、別れるっていうか・・・、ちょっとあれだ・・・気を・・・」
「別れるってことね?」
「あ・・・、は、はい」

友だちに乗り換えてしまったのだから最悪のクズなパターンのやつだ。

F原さんにはひっぱたかれた。

あたりまえか。

U村さんとのお付き合いは最初の数か月間楽しかった。
新鮮な喜びにあふれていた。
しかし川崎市の市制50周年記念花火大会に行ったきりすれ違いが多くなり、元々都会の人と田舎者だし、なんだか自分が彼女に相応しい人間ではないような気がしていたし、向こうの物足りないと思う気持ちも感じ取っていたので、半年ほどでお別れすることになってしまった。
数少ない恋愛体験のひとつとして心の中にひっそりとしまってある。

最後に交わした言葉は
「10年後に川崎市制60周年記念の花火を見に行こう。このあいだと同じ場所で同じ時間に待ってるよ」だった。

返事も聴かずに逃げるように俺はその場を離れた。

F原さんとはその後復縁(?)して、帰郷したのちに結婚して普通に生活していた。
ふとした時にその言葉を思い出しはしたが、待ち合わせ場所に行くことはなかった。

当たり前だがそれでよかった。

もし万一この文章をU村さんが読んでいたらこの場を借りて伝えたい。
「素敵な時間をありがとう」


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