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しらふしらず

甘いりんご、禁断の果実。彼女はわかっててやっている。一体どんな用途が、と疑問に思っていたたった120mlしか入らない水筒に、彼女はよくカルヴァドスを入れて持ち歩いていた。

「ブランデーは高ければ水より美味しい」とか「これを飲んだらダンスが上手くなる」とか「これを飲んだらシラフになれる」とか言って、授業中でも電車の中でも友達といる時でもいつでも飲んだ。

僕は酒くさい彼女が嫌いで面白くて好きだった。何よりも彼女がすごく変だから僕も思いきり変でいられて楽だった。僕も彼女と一緒に酔いたくて、でも僕は酒に弱かったから代わりに煙草を吸った。

彼女は「副流煙!受動喫煙!三次喫煙!」と喚いては煙草を嫌って、僕によくファブリーズをびしょ濡れになるほどぶっかけた。

道で幼児のそばで歩き煙草をする男なんかを見かけるものなら彼女は舌打ちして殺意を込めた目をそいつに向けた。たまに言ってはいけないワードが口からこぼれそうになって僕は慌てて彼女の口を塞ぐこともあった。「聞こえちゃうから!」と言えば彼女は「聞こえるように言ってるの!」と半分泣いたように怒った。

いつも"むき出し"で僕は彼女が羨ましかった。でも時々彼女は僕に「君は他人に優しくて羨ましいな」と言って泣いた。夜になるとよく、どうにもならない社会への怒りを語っては「どうしていいかわからないの」とうずくまって泣いた。

たまに「君の気持ちさえもわからない」と言って、やっぱり泣きながら僕の煙草を勝手に吸った。僕は、君の気持ちの方がよくわからないよ、と正直思っていたけど。

君は僕の信仰だ。だって僕は君に救われた。でも僕が君に救われたと思うことは、僕はもう他の誰からも救われないってことだ。なんてことをしてくれたんだ。矛盾する思いが僕を蝕む。一度僕を救ってくれた君は僕を救い続けてくれるのだろうかと悩んで、僕は心の中で泣く。

だって君は絶対に僕のものになりやしない。僕だって君のものになりやしない。なってたまるか。ただとにかく死ぬまでずっと一緒にいてほしいんだよ。

「救うよ、ちゃんと。君のその想いは叶わないけど。君も、私も、ちゃんと自分の行きたいところへ行けるようになる。答えは全部ここにあるよ。」彼女はそう言って僕の心を触る。

彼女は僕の顎を両手でぐいと持ち上げて、唇で僕の唇をこじ開け、彼女が口に含んでいた液体を流し込んだ。

「少し余計なことを考えるのはやめようね。」

僕の舌は痺れて、鼻の奥をりんごの香りが通り抜ける。

酔っぱらった僕は彼女の水筒を奪って軽快にステップを踏む。

彼女は僕の体のあちこちを触って煙草を1本奪って火をつけて、「ああ臭くていい匂い」とケラケラ笑う。

そのまま2人で手をとりあって、道路の真ん中に飛び出していく。

彼女は長い髪を振り乱して歌いながら体をくねらせる。

ああ、たしかにこいつはいいや、ダンスが格段に上手くなる。

あなたのこと忘れない