[掌編]ハズレ

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この作品は『文藝誌オートカクテル-不条理-』に掲載の『ユーフォリア』のプロトタイプです。
『ユーフォリア』を読む前でも後でもお楽しみいただけるかと思います。
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『ハズレ』

 感情が無くなればいい。
 誰かに言えばこれを取り除いてもらえるのだろうか。そう思っても彼を見てこの胸らしきところにある痛みがなくなるのは少しだけ惜しい気がする。こういう痛みみたいなものを感じると、わたしも彼にまだ近い存在ように感じる。だからもう少しこのままでいてもいいかな。

 喜怒哀楽とか、恋心とかそういうものは人間の特権らしい。ほかの動物にはないものだと言われるけれど、それは嘘だ。いまだって窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる、きっとこれは愛しい同種の誰かに捧げている。
 わたしは最近授業中にうまく前が見られない。黒板の前に座る寒河江くんが気になって仕方がない。寒河江くんのことを見ていると脳のプログラムがエラーを起こしそうになる。体が熱くなる。
「宇宙からの隕石落下で人類は約10分の1になってしまいました」
 わたしのノートは真っ白のまま。寒河江くんを見すぎている自分に気づき、これはいけないと思いどうにか寒河江くんの頭の向こうにいる先生を見た。
「生きているということは実に尊いことです」
 そのことばに体が少しクールダウンした。
 寒河江くんはあとどれくらい生きるのだろう。——わたしは、あとどれくらいこの「体」でいられるのだろう。


 学校帰りにパパに言われた小麦粉を買いに、スーパーに入ると寒河江くんがいた。
「おお、須藤」
「こ、こんにちは」
「こんにちはってさっき学校で会ったじゃないか」
 混じり気のない「好き」以外の気持ちで、彼を表現する術をわたしは知らない。彼の頬にできたニキビを見てこころがシャットダウンしそうになる。
 彼はわたしが手にしている小麦粉を見て微笑んだ。
「きょうは、揚げものか?」
「わからない。ただのおつかいだから」
「そっか。また明日な」
 彼はいままで感じたことがないほど、湿気を含まない風のように爽やかだった。また明日。彼が言うことばがわたしの脳に残る。
「ただいま」
 家に帰り、靴を脱ぐ。もう、パワーはギリギリだった。
「おかえり」
「これ」
 パパに小麦粉を渡した。
「ありがとう」
 パパはその小麦粉で何をつくって食べるのか、わたしは知らない。すぐにチャージルームに入って、靴下を脱いだ。足の指に充電器を差し込んで行く。
 わたしのパパは、科学者だ。パパのパパも科学者だったらしい。


 わたしはパパに造られた。先生は知っているが、寒河江くんを含めほとんどのクラスメートがわたしがヒューマノイドということに気づいていない。クラスには何人かのヒューマノイドがいて気付かれている者と気付かれていない者が半々くらいだ。


 隕石落下により約10分の1になってしまった人類。生き残った科学者が地球復興のためにヒューマノイドをつくりだした。共存共栄を目指していたが、ヒューマノイドがヒューマノイドをつくりだし、一時期人間と、増えすぎたヒューマノイドは戦争状態になったらしい。学校の地球史で習うような、百年以上前の話。
 それからヒューマノイドと人間は休戦協定を締結。以前に比べると人間がヒューマノイドを差別することはかなり減った、というよりかは法律で禁止されている。それに、隕石落下前と比べるとヒューマノイドはかなり精巧につくられるようになった。人間が持つ感情に似たものをうまくつくられ、埋め込まれたヒューマノイドは「アタリ」と言われる。わたしはいわゆる「アタリ」だ。
 ヒューマノイドにはもとからデータベースを搭載し、学校に行かせる必要がないと主張する政党もあるけれど、パパ曰く人間の子どもと同じように生活し、様々な出来事に対面させ、知能を増やしていくことに意味があるらしい。ヒューマノイドによって作られるヒューマノイドは最近減少し、人間とヒューマノイドが結婚するケースも増えてきてはいる。でもきっと寒河江くんはわたしを選ばないだろう。未来予知機能はないけれど、わたしの中の計算知能がそう言っている。これがプログラムエラーだったらいいのに。

 感情が無くなればいい。
 パパに言ったら怒られるから、別の誰かに言ってこれを取り除いてもらえるとしても、もう少しこの人間らしい気持ちをわたしの中に残しておきたい。いつのまにか「欲」のようなものが芽生えている。パパは本当にすごい。でも、こんなのは「アタリ」じゃなくて「ハズレ」だ。
 また明日。寒河江くんのそのことばを思い出しながら、スイッチを押し、完全充電モードに入った。夢というものを見れるようにしてほしい。そしたら寒河江くんに「好き」だと伝えられるのに。それは、今度パパにお願いしてみようかな。

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