見出し画像

デザインを学び社会に巣立つ人へ

美大や専門学校、その他の学び舎でデザインを学び、卒業し、社会に出ることになったみなさん、本当にこれまでよく頑張りました。

大学は学校や専攻などによって学ぶ人と学ばない(遊ぶ)人の差は激しいと聞きますが、デザイン学科を含む美大生の課題量は相当なもので、卒業した人は多少の差はあれど、とんでもなく苦しい夜を何度も過ごしたのではないかと思います。
本当にみなさんよくやってきたと思います。

そして辛いと同時に、とても幸福な時間もたくさんあったのではないかと思います。夜のハイテンションと、朝の(あらためて自分の作品を見返したときの)絶望。気持ちの上昇と下降。孤独な闘いがきっとみなさんを苦しめたことでしょう。

僕は残念ながら学長や来賓のように、卒業式でみなさんに祝辞のスピーチできるような偉い立場ではありませんので、せめて文書の形で、社会に出るみなさんに5つの話を残したいと思います。

1.デザインプロセスは助け合いのリレー
これまでたくさんの課題を与えられ、その工程のほとんどを、みなさんはたった一人でこなしてきたはずです。自分でアイデアを考えて、自分でイラストを描き、自分で写真を撮り、自分でキャッチコピーを考え、自分でデザインし、自分でプリントアウト(あるいはコーディング)して手作業で加工して、その最終形に対して先生から評価をもらう。これらのうち、どれか一つでも不器用だと最終成果物は満足いくものになりませんので、悔しい思いをした人も多いはずです。デザインは好きだけど言葉は苦手。手作業は好きだけどアイデア出しができない。逆にアイデア出しは好きなのに、表現や仕上げ作業が苦手だから見栄えがよくない作品になってしまう。
社会では、あなた一人だけでものをつくるわけではありません。社内のチームメンバーが助け合って、最終的には印刷・加工の職人やプログラマーやコーダーと協業で最終成果物をつくりあげます。写真やイラストレーションを外部のプロに頼む機会も多いでしょう。そもそも、デザインを頼んでくれるお客さんと話し合うことからデザインはスタートするのです。実に多くの人と一緒につくりあげるのが本当のデザインです。
これからは一人ではありません、たくさんの人を尊敬し、そして自分にできることを少しずつ探しながら、人と共に創ることを楽しんでください。

2.枠の外をときどき思い出して
社会に入ると、たくさんの見えないルールがみなさんを待っています。多くの人がそのメンバーになる、株式会社が採る「資本主義」というルールではお金をたくさん儲けることが評価され、どうやったらより稼げるかを、まずデフォルト(初期設定)で考えるようになります。また、商業デザインを仕事にすると、性表現や過激な表現、一般的にネガティブイメージをもたれる表現は、不採用になることがわかっているので最初に意識から外すようになります。そして一番の見えないルールは「構造」や「型式」です。世の中にあふれるマニュアルやTIPS、デザイン技法書の類でもたくさんの「型」を学ぶことでしょう。チラシのデザインは「こうあるべき」。LPデザインは「こうあるべき」ということです。
もちろん、これらの型や業界のルールを学ぶことは、社会に適応する上でとても大切なことです。ただ、これらを学ぶことで学生時代に課題や自主制作、個展やグループ展で表現していたような、自分の表現したいことを衝動で表現してみる、とか、思いついた新しいことをまず実験してみる、といったような、とても素晴らしい「枠組みを疑う」「開拓する心」がみなさんの中で少しずつ弱まっていきます。
効率的に仕事をするためには、自分の行動範囲を決めてくれる、とても便利な「枠組み」や「構造」ですが、その外がいつも可能性としてあることを忘れないでください。みなさんが学校で学んできた意味の多くはこの「枠組み」を疑う(問いを立てる)ことにあるのではないかと思っています。

3.自分の「好き」や「正しい」を捨てない
社会に入ると、その会社や団体の風土というものが必ずあります。入ったばかりのあなたは、おそらくアウェイの立場で、なかなか自分が好きなものをおおっぴらに「好き」と言うことが恥ずかしい場合もあるでしょう。またときには、あなたの中でこれまで育ててきたモラルや倫理観を否定されるようなこともあるかもしれません。社会は自分の倫理と他者の倫理をすりあわせながら、見える/見えないルールをうまく取り決めながら、集団でそれぞれが幸福に生きていけるよう組み立てていくものです。ですから、自分の好みや倫理観をいたずらに押し付けていくことは、合理的で美しいことではありません。かといってそれは自分の好みや正しいと思うことをすっかり捨てる、ということを意味しません。あなたの好きや正しいと思うことは、環境や立場が変われば、いつでも再び輝きを取り戻す可能性があるからです。自分の好きや正しいことを周りに見せて、もし周囲からの否定や攻撃にあったとしたら、いったんは隠して守ってあげてください。それらは大事にしまってときどき見返し、忘れずに静かに磨いてあげてほしいのです。

4.創造力を信じよう
デザインを学んだのに、デザイナーと呼ばれる職業に就けなかった人や、なかにはあえてクリエイティブ職の肩書を選ばなかった人もいるでしょう。僕はみなさんにぜひ創造的なスタンスでいてほしいとは思いますが、必ずしもそれが名刺の肩書上でクリエイティブ職であることだけを意味しないと思っています。
デザインを学んできた人は、きっと次のような属性が磨かれているのではと思います。
たとえば、世界を自分の視点でみつめ、重要な要素を抜き取りシンプルに考えられる「抽象力」。たとえば、一つの視野や意見だけでものごとを見ず、対比して考えたり、広い視野で観察できる「相対性」「俯瞰力」。そして数えきれないほどの表現をかたち作るなかで育ててきた「美意識」。みなさんは世界を見つめ、自分の世界を取り出し、俯瞰し、何を美しいと思えるかを丁寧に見定めてきたと思います。
創造力は必ずしも表現や制作を生業にせずとも、これらの力を駆動させて今日より明日をより良いものに少しずつ変えていく力だと思います。
そのために一つアドバイス。その成果の印として、あなたへの小さな承認を見逃さないことです。SNSでは「いいね」ボタンで承認量が数値として可視化されていますが、それよりもまず現実に仕事をする上で、あなたに仕事を頼んだ人が喜ぶこと。そんな小さな承認を大切に積み上げてほしいです。それがあなたが世界をちょっとだけ良くした証拠だからです。

5.自分の身体と心を守ること
デザイン業界もずいぶんホワイト化され、リモートワークも普及し、残業なども減ったと思います。それでも身体には十分気をつけて過ごしてください。そして身体と同じくらい心のケアにもとりくんでください。身体はなんとか丈夫でも心が弱ってしまうことは油断すると多々あります。最終的にはあなたの身体もあなたの心も、一番奥深くケアできるのは、あなた自身です。非常警報が出たらただちに環境を変えることも厭わないでください。

きっと最初はうまくいかないことだらけでしょう。
「たかが仕事」というと、入社した会社の人には失礼な話で怒られそうですが、
ここだけでこっそり共有させてください。たかが仕事です。
でも「たかが仕事」と思って身軽に取り組んでいくと、意外と面白くなって頑張れたりするものです。

事務所がある下北沢の居酒屋で「俺は社会の歯車になりたくねえ」と息巻いていた若者がいました。
みなさん、自信をもって社会の歯車になってください。
みなさんなら、きっと自分なりの価値をつくりだし、社会の美しく個性的な歯車になれるはずです。

卒業おめでとうございます。

学校を離れても、みなさんのことをずっと大切な教え子だと思っています。遠くで応援を続けますので、いつでも気軽に帰ってきてください。


<僕のX(twitter)をフォローいただいているかたにお願い>
2024年3月8日より、何者かにメインアカウント @room_composite を乗っ取られています。引き続き対策を講じていますが、現時点でアカウントにログインすらできません。
今後の情報発信は新しいアカウント @kaishi_tomoya で発信していきますので、今回の記事が面白かったらよかったらフォローください。
何卒、よろしくお願い申し上げます。


この記事が参加している募集

卒業のことば

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?