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おやじパンクス、恋をする。#009

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

 それは、部屋の中に彼女以外の人間が誰もいないっていうことだ。俺が彼女の存在に気づいてから二ヶ月、その部屋の中に彼女以外の人間を一度も見たことはなかったんだよ。

 彼女は当時の俺と同い歳くらい、小学校高学年か、まあ年上だとしても中学一二年ってとこだ。そんな女の子がワンルームマンションに一人で住んでいるわけもないってことは、当時の俺にも分かった。

 普通、子どもは親と一緒に暮らしているもんだろ。

 まあ、同じクラスに片親のやつもちらほらいたし、親とふたり暮らしみたいなことはあるかもしれないが、どっちにしろ一人で暮らしてるわけがねえ。

 ということは、親が出かけているんだろうか。それこそ片親で、親が働きに出ているケースだってあるだろう。だが、六時や七時と言ったって一応は夜だ。夜に子どもを一人残して働きに出る親なんているんだろうか。

 まあ、今となってはそういうケースなんて全く珍しいもんじゃないと知っているんだが、当時の「真面目くん」の俺には分からなかった。

 だから、一度その違和感に気づいてしまうと、それが気になって仕方なくなってきた。ただ窓際でボンヤリしているだけの女の子だったのが、何かワケありの、可哀想な女の子に見えてきてしまったわけだ。

 俺は勝手に頭の中でいろんな物語を作り上げていった。

 親が働きに出ているっていうベーシックなやつから始まって、いや親は事故とかで死んじまって天涯孤独なんだとか、実は誘拐されてあそこに監禁されてんじゃねえのかとか。

 ほら、俺、妄想力には長けていたからさ。

 とにかく俺はそういう事を考えながら、だんだんと彼女を観察するようになっていったわけだ。

 だけど、観察っつっても、情報は限られたものだった。何しろ、文字通りその窓枠の大きさ以上のことは分かんねえわけだから。

 見えるのは、赤いカーテン、そして彼女、部屋の中の白い壁紙、そこに貼られたポスターかカレンダー、冷蔵庫らしき赤黒い四角いもの、シンク、すだれっぽい何か、そんなもんだ。

 すだれの向こう側に玄関のドアがあって、その脇とかに、こっちからじゃ見えねえけど風呂とかトイレとかがあるんだろう。まあ、要するにワンルームだ。他に部屋があるようには見えない。

 そのことは、そのマンションの他の部屋の様子からも想像できた。彼女の部屋は五階の一番左側だったが、そのすぐ右側には白髪の爺さんが住んでいたし、その右側には派手な茶髪の姉ちゃんがいた。

 レストランにいる時間のほとんどを彼女の、そのビルの観察に費やしていた俺には、そういうことも分かってきた。

 だが、それだけだった。

 何度見返しても、それ以上のことは分からない。彼女は相変わらずつまらなそうに、窓の外を眺めているだけだ。

 そこで俺は、彼女にこっちの存在を知らせたらどうかと考え始めたんだ。

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LOVE IS [NOT] DEAD. 目次へ


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