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「あの頃、文芸坐で」【32】40代の篠田正浩監督作品の美的追求

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これを貰ったのは2/7のオールナイト「日本映画監督事典」篠田正浩④でのこと。1970年代の篠田作品は、なかなか意欲的なものが多く面白かった記憶と、それが空振りしてる感じの記憶が交錯する感じであった。つまり、オールナイトで、見てよかったという部分と眠かったという部分がはっきりしていたという記憶なのである。

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コラムは、その篠田監督が舞台挨拶をして、日本映画の現状を嘆いているお話。それから40年たった今、篠田監督は引退していますが、日本映画は作り続けられています。決して、良い環境とはいえないまでも、そしてデジタル製作という当時は思いもしなかった形で…。

そして、映画会社が名画座に価格設定を押しつけてくるという話である。この辺り、人気作品かどうかということと、本当に客が入るかということもあり、なかなか競馬のオッズのようなもので、配給会社の思い込みが価格になることもあったということですな。最近は二番館というものがなく、名画座に対しての配給価格もあまりシネコンと変わらないかと思うわけです。古い映画はビデオで観るものとしてマーケットが変わってしまったのも悲しい習慣の流れですよね。

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プログラムを観ると、文芸坐は「オードリー・ヘップバーン ワンウーマンショー」のあとはSF二本立て。これは、実際観に行っている。文芸地下は、黒澤特集の後、最近も注目された「復活の日」と「日本沈没」。私は、ここで初見、40年前のことです。その後、今村昌平フェアも通い詰めることになります。ル・ピリエの「歌姫魔界をゆく」「喜談 南海変化玉」も観に行っている。もう、この頃、大学も春休みに入って、集中講義を文芸坐に観に行っていた感じですね。よくやった感に呆れる。今後、随時書いていきます。

そしてオールナイトでは最近も再上映されていた東映動画の世界。そして、実相寺昭雄特集。「ウルトラマン」関連は当たり前のように再放送されますが、実相寺監督の映画って最近はあまり再上映されませんよね。実験映画のようなものですが、桜井浩子さんも身体をはっていたりします。見直されることはないのでしょうか?

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そして、この日は篠田正浩オールナイトの最後であった。それなりの大作?四本、「卑弥呼」で目があいていられなくなり、「桜の森の満開の下」で悪いものに取り憑かれたように桜吹雪が目の前に待っていた記憶がある。

「はなれ瞽女おりん」

以前も書いたので、詳細は省くが、何度見ても美しい印象のある映画である。岩下志麻と原田芳雄のコントラストがとても好きである。こういう男と女の映画、いいですよね。

「化石の森」

最近は、ショーケン追悼でかかる機会があるようだが、今ひとつ私には印象が薄い作品だ。石原慎太郎原作の篠田作品といえば、「乾いた花」が圧倒的で、それに比べてしまうからかもしれない。ショーケンの医者というもイマイチなのですよね。

「卑弥呼」

もう、昼間見ても眠くなる作品。弥生時代という、どうフィクションで作ってもいい世界を、芸術色高らかに描こうと考えたのはわかるのだが、ATGで撮られたということで納得するしかない作品だった。岩下志麻は私の卑弥呼ではない。

「桜の森の満開の下」

坂口安吾の原作を、題名の通り、圧巻の桜吹雪の中に映像化する。そう、話はおどろおどろしい展開、その中で岩下志麻と桜が狂気を呼ぶ。その印象だけの映画である。短編を引き延ばしたかんも強く、映画としては間延びを感じたが、桜の映画と言ったら、イメージできる一本。

1970年代の篠田正浩は、このオールナイトのタイトルのように、「伝統美を求めて」という印象はあっただろう。私的には、72年に撮られた「札幌オリンピック」の記録映画で、ジャネット・リンのスケーティングに鶴の舞を被せた映像が印象的だった。この時代、篠田監督が「美」を追求する中で、岩下志麻という存在が欠かせないものだったのは理解できるが、私的には「はなれ瞽女おりん」以上のそれが見出せなかったのは残念な気もする。





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