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「カラオケ行こ!」愛と破滅と刹那なヤクザ映画世界のパロディのようなリアル

ラストクレジットに流れるLittle Glee Monster が歌う「紅」がこの映画のエンディングとしてとてもハマっていた。激しい世界と静かな世界の共存のような不思議な世界を感じさせる映画だった。というより、ほとんど内容も含め情報を入れずに見たが、なかなか面白かったし、今、ヤクザ映画を実現させるならこういう切り口になるだろうなとも思った。(この後、ネタバレあり注意!)

そう、結果的に高校の合唱部が出てくるものの、これは現代のヤクザ映画である。それなりに暴力は出てくるし、しきたりもある。そして、そこに愛も破滅も刹那も感じるわけであり、主人公が死んだり務所行きにならないのは昔の日本映画の美学的なところからは外れるが、付き合っていた高校生の中にも、男気みたいなものが見えたりする不思議な世界だった。

原作は和山やまのコミック。ヤクザと高校生をカラオケで繋ぐという荒唐無稽な世界は、コミックの発想だが、日本全体のエンタメがこういう飛躍感が出てこないと面白いものは作れないと思ったりする。本当に現代の漫画の世界には学ぶところが多いし、そこには、日本人のストーリーテラーの強い力を感じる。

しかし、合唱部の発表会をヤクザが聞いていて、「歌を教えてくれ」という発想は普通できないし、考えても、バイオレンスの方に持っていこうと考える人の方が多いだろう。私もそういう展開を考えていた。だが、主人公の綾野剛はいたって優しいヤクザである。彼は組のカラオケ大会でビリになり、変な刺青を刻まれたくないだけだ。そう、このヤクザ話の中には派手な抗争や賭博の話などは出てこない。カラオケ大会で親分に気に入られたいだけだ。それは、綾野がカラオケに組の仲間を皆連れてきたところでよくわかる。

で、この映画では、この綾野に好かれてしまう、合唱部の男の子の役がかなり重要だ。ただ、ビビってるだけの男の子では意味がない。そういう意味で、演じる齋藤潤は、なかなかできる子であった。ヤクザに意見言う場面でもいい顔をしていたし、なかなか感情をうまく表現できない姿が印象に残った。それでいて、部長らしさも持っていたしね。で、最後の圧巻の「紅」の熱唱である。そこまで、彼が一度もカラオケで歌わなかったのがここで生きてくる。声変わりでソプラノが出なくなってきた彼の姿を「紅」を歌う中で見せていくのは、なかなか美しい作り。そして、その前に何度も聞かされる綾野の「紅」とは別物であることもはっきりできていたし、彼なしではこの映画は成立しなかっただろう。

で、もう少し、ヤクザと合唱部が一緒のシーンに出てくることがあるのかと思ったら、綾野は見学させてくれとは言うものの、一切、学内には入ってこない話だ。だから、綾野と合唱部の顧問の芳根京子が交わることがないのは少し残念ではあった。芳根は合唱部を舞台にしたドラマがデビュー。それが、8年半ほど前の話。そして、ここでは合唱部を率いる先生になっているのは、時間的にもあっていたりして感慨深い。今回は、ただただ可愛い先生でしたが、やはり綾野と対峙して怒る感じも見たかったかな・・。

あと、齋藤が合唱部をサボる代わりにVHS のテープで古い映画を見るシーンがあるが、これは必要か?あまり映画の中では意味がない気がするが、VHSの古いテープがこう言うサークルのために役に立つなら面白いかもしれないかなと思ったりはした。

ラストは、卒業とともに、綾野の組があった歓楽街が潰され、ホテルになると言う話。世の中が変化する中で、ヤクザ組織も変化し、それに対する気質の人の対応も変わってはくるだろう。昨今のヤクザはシノギに特殊詐欺などをやってるので面倒この上ないが、ヤクザの描き方としてこういうスタンスもありだとなと思わせた、なかなか興味深い作品であった。

情報をあまり入れずに見たと言ったが、山下敦弘監督ということだけはわかっていた。で、クレジットで脚本が野木亜紀子だと初めて気づき、そう言われれば、なかなかまとまりの良い本であると思ったりした。彼女の脚本で塚原あゆ子監督の「ラストマイル」という映画も早く見たいが、彼女の連続ドラマもそろそろ見たいですよね。色々と期待させていただきます!

日の暮れた街の外に出て、脳裏を「紅」のメロディが流れ続ける。そんな感覚は、これがヤクザ映画ということを示していた。


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