安倍首相の大阪城エレベーター「ミス」発言ヘイトスピーチ(2)―反差別ブレーキと差別煽動アクセルから考える

前回は、6月29日の安倍首相の大阪城エレベーター「ミス」発言が、なんと相模原障がい者殺傷事件を肯定するヘイトスピーチまでも煽動してしまっている事実とその危険性を指摘しました。今回もその続きです。

※ご注意 前回記事はこちら。このブログは差別表現を引用した箇所があるのでご注意ください。また考察に際しては、差別を障がい者差別よりは、主に極右台頭とレイシズム(人種/民族差別)との関連で扱っています。ご了承ください。

前回書きませんでしたが、問題は安倍首相だけではありません。安倍首相のエレベーター設置が「ミス」発言は、他の政治家の差別煽動のネタとして使われています。この記事をご覧ください(太字修飾は引用者)。

安倍首相の差別煽動が、名古屋市河村たかし市長による差別煽動を引き起こした

名古屋城天守閣の木造復元を目指す河村市長は昨年5月、「史実に忠実な木造復元を優先させる」として、新天守閣にエレベーターを設置しない方針を表明した。河村市長は安倍首相の発言について「文化や伝統を大事にしようという趣旨でしょう」と理解を示した上で、「本物を皆に見て触れてもらうのが本当のバリアフリー。エレベーターを作るのは冷たい考え方だ」と持論を述べた。
 一方、市内の障害者団体などでつくる「名古屋城木造天守にエレベーター設置を実現する実行委員会」の近藤佑次共同代表は「(首相発言は)信じられない。ジョークだとしても障害者をばかにしている」と反発。河村市長の発言についても「エレベーターをつけない方針なので、首相の発言に乗っかりたいのか」と批判し、「(名古屋城で)エレベーター不設置を認めると、今後の全国の事業にも影響する可能性がある」と話した。実行委は2日、エレベーター設置を求める市民の署名を市に提出する予定。

 大変憂慮すべきです。本当は河村市長は、すぐに安倍首相を批判し、障がい者差別に反対する声明を出すべきでした。
 しかし河村市長はそうせず、逆に安倍首相を擁護したのです。しかも「本物を皆に見て触れてもらうのが本当のバリアフリー」などと言い、本来障がい者差別をなくすための概念である「バリアフリー」を、全く逆の意味に捻じ曲げています(だれもが利用できる公共施設をつくるためのエレベーター設置の声こそが「冷たい考え方」であり「バリア」をつくっているというのです)。
 上の記事に引用されている「名古屋城木造天守にエレベーター設置を実現する実行委員会」の近藤佑次共同代表の発言は至極当然です。「(名古屋城で)エレベーター不設置を認めると、今後の全国の事業にも影響する可能性がある」。安倍首相のエレベーター「ミス」発言や、河村名古屋市長の名古屋城エレベーター不設置を容認することは、将来日本でたてられる道路や建物では障がい者(さらには高齢者・妊婦・子ども・マイノリティ)のことを考えなくてもよいとする、非常に大きな悪影響を与えるおそれがあります。
 まさしくこれこそ差別煽動です。

政治家の差別の社会的影響を考えるキーワード①差別煽動アクセル

 日本ではぴんと来ないかもしれませんが、安倍首相や河村市長の言動は、客観的に庶民の差別を助長・正当化・誘発・煽動する社会的効果を持ちます。これを差別煽動といいます。このような差別煽動は人種差別撤廃条約で禁止されています(人種差別が対象ではありますが、国や政治家や極右組織による差別煽動を禁止)。

(出典は梁英聖『日本型ヘイトスピーチとは何か――社会を破壊するレイシズムの登場』(影書房)。直接にはARIC「キャンパス・ヘイトウォッチ・ガイドブック」より引用))

 じつはこの差別煽動は今回の安倍首相のエレベーター「ミス」発言に限りません。近年日本の政治家はほとんど毎月・毎週下手したら毎日のようにヘイトスピーチを繰り返しています。私たち反レイシズム情報センター(ARIC)が運営する政治家レイシズムデータベースには5799件の政治家(含む公人)の差別言動が掲載されています(2019年6月27日現在)。

 なぜ政治家の差別が問題なのか。それは庶民の差別を強力に煽動してしまう効果をもつからです。政治家の差別は、庶民の差別と比べ、社会的影響力がおそらく何千倍・何万倍も違うといえましょう(質量ともにです)。

 これを差別煽動アクセルと名付けましょう。日本でここまで差別が頻発しているのは差別煽動アクセルを政治家や日本政府が30年以上も強力に踏み続けているからだといえます。
 2000年代後半から、全国各地の街頭で「朝鮮人を殺せ」などと白昼公然と排外主義を訴える街宣がくりかえされてきました(いわゆる在特会など)。またインターネットや書籍・雑誌には在日コリアンや中国人やアイヌ民族への差別をおもしろおかしく、デマを交えながら煽り立てるコンテンツがあふれかえっています。
 政治によって差別煽動アクセルが強く踏み続けられた結果だといえます。
 2016年夏、世界的にも前代未聞の障がい者ジェノサイド事件といえる、相模原障がい者殺傷事件が起きてしまったことも、私は政治が強力に差別を煽動し続けてきたことが原因だと考えています。そしてそれが放置された結果、ついに安倍首相エレベーター「ミス」発言によって、ツイッターで「植松」という加害者の名前を使って相模原障がい者殺傷事件を肯定する差別ツイートまで煽動されたのです。
 このまま惨劇をくりかえさせるのでしょうか?

政治家の差別の社会的影響を考えるキーワード②反差別ブレーキ

 しかし差別が誘発されるメカニズムには、差別煽動アクセルだけでなく、ブレーキもあります。それが反差別法です(それと反差別規範や運動)。わかりやすく反差別ブレーキと呼んでおきましょう。

 差別煽動アクセルが政治によって強力にふかされているのは日本だけはありません。移民排斥を強く訴えるトランプ大統領の米国でも同様です。
 しかし決定的に違う点は、米国では同時に、伝統的な公民権運動によって培われてきた差別禁止法をはじめとした反差別ブレーキがしっかりしていているところです。だからトランプ大統領が差別煽動アクセルをふんだところで、反差別ブレーキをふむ市民が大勢います。差別煽動アクセルと反差別ブレーキが両方踏まれて、真っ向からぶつかっているのが誰の目にもみえる社会です。

 ところが日本では、それに匹敵するだけ強力な反差別ブレーキは存在しないのです。レイシズム(人種/民族差別)についていえば、次の国際比較をみれば一目瞭然でしょう。

(出典は梁英聖『日本型ヘイトスピーチとは何か――社会を破壊するレイシズムの登場』(影書房)。直接にはARIC「キャンパス・ヘイトウォッチ・ガイドブック」より引用))

 日本は差別が犯罪になっていない唯一の先進国だといっていいぐらいです。

 法律だけではありません。社会規範としても、反差別ブレーキが存在しません。わかりやすいのはジャーナリズムと政治家でしょう。
 今回の安倍首相のエレベーター「ミス」発言や、河村市長の賛同とバリアフリー概念捻じ曲げについて、差別煽動だという批判を、いったいどのマスコミがおこなったでしょうか? また他の野党や政治家の批判があったでしょうか?
 日本では差別がおきても、だれも堂々と批判することがありません。
 せいぜい批判するのはマイノリティの当事者ですし、マスコミは声を上げる当事者を取材するのが自分の役割だと思い込んでいます(ほんとうは自分が自分の言葉で差別を差別だと批判することができないのを、マイノリティの背中に自分が隠れることで隠しているのですが)。
 そのためいつまでも反差別ブレーキが社会規範の中に根付くことがありません。

差別煽動アクセルと、反差別ブレーキの対抗関係こそが、その国の差別と極右台頭状況を決める

 今日はちょっと長くなってしまったので、続きは次回にまわし、これぐらいにします。最後にひとこと。

 差別煽動アクセルと、反差別ブレーキの対抗関係こそが、その国の差別と極右台頭状況を決める、と言えます。

 このことはとても重要です(以下は、次に改めて書きますので飛ばしてもOKです)。

 みなさん、おそらく「差別」と聞いたら、思い浮かべるのは、次のキーワードではないでしょうか?(特に反差別に関心のある方)

・被害(どれほど酷いか)
・被害者(どれほどつらいか)
・マイノリティ(隠されたつらい人々)
・歴史(隠されたつらい人々を主体とする歴史)
・構造(その歴史が固定化させた仕組み)

 上に挙げたキーワードは、じつは全て「被害」あるいは「被害者」に還元可能です。
 思うに差別をなくそうとする日本人が語ってきた「差別」は、その関心が圧倒的に被害中心、マイノリティ中心に向いてきたのではないか。たしかに差別の被害というのは極めて深刻なので、被害・マイノリティ・歴史を学ぶことはとても大事です。否定するつもりはありません。

 しかし被害ばかりに目を向けている場合、見落とされる重要な問題もあります。

 それは差別が起きるのは、力関係による、という単純な事実です(正確に言えば権力関係)。

・日本には欧米並みの反差別ブレーキが存在しない。

そのため、
①加害者は逮捕覚悟も訴訟リスクもなく、絶対的安全圏から自由に差別ができる一方で、
②マイノリティは差別に抵抗する術も言葉さえも持たない。

・そのうえ差別煽動アクセルはある意味トランプの米国並みに強力である。

①日本政府とメディアは30年以上「北朝鮮バッシング」を続け、
②2000年代後半から在特会や日本第一党など国家に差別させようとする極右運動が台頭し、
③小林よしのり以降嫌韓本に至るまで雑誌・書籍・SNSでヘイトスピーチの商品化・ビジネス化現象が起き、
④日本政府と自治体は朝鮮学校を狙い撃ちにして高校無償化や補助金削減など、かつての米国の人種隔離に比するほどのレイシズム政策をとっている。

 この厳然たる事実。

 冷静な頭で考えれば、日本の差別の状況は、先進国一危険だということが否定できないと思います。
 なぜか。それは日本が反差別ブレーキが壊れた非常に危険な状況にあるためですし、もちろん欧米などまだしも50年以上反差別ブレーキを改良させてきた反差別社会運動先進諸国には存在しないレベルの(惨憺たる)危機だからです。

 このことは露骨過ぎて、すこし考えれば、誰にでもわかるとは思います。(2016年に前代未聞の相模原障がい者殺傷事件が起こったのはなぜなのかをもう一度考えてみてもいいでしょう)

 しかしこの力関係は、残念ながら差別をなくそうとするひとたちや運動で、正面から問われたことはあまりなかったのではないか、と思います。
 この問題については、改めて書きます。

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