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ティガを観ずに大人になんかなれない

 ウルトラマンの話です。いっぺんやってみたかったんだよねぇ。「ウルトラマンティガ」は1996年9月放送開始なのですが、時代設定は2007~2010年という手が届きそうな「未来」だったそうです。ちなみに1973年生の私は当時23歳。既に結構な大人でしたね。ウルトラマンと言えば、子ども時代の私にとってのヒーローは何よりウルトラセブン(周囲はタロウ派が多数)。再放送で「セブン」を観ていました。その「セブン」には、「人間だろうと〇〇だろうと、あなたはあなた」という受容があった。

 ちょっと「ゲイでもRYOJIぴょんはRYOJIぴょんじゃん」的な。でも当時は「身バレ=別れ」の時代でもあって、それが伝統でもあったわけですね。ウルトラマンに限らずゲイもバレると地域社会にいられなくなっていたわけで、ここは気持ちを重ねて観てもオーケーですか。
 それが、大人になってから観た「ティガ」で、こう変わったんですよね。

 「どうして一人で抱え込んじゃうの!」という仲間意識、連帯。「私だって光になりたいよ」という同僚としての(としておく)無念。「一人で闘わなきゃいけない義務でもあるわけ? そんなの、ひどいって思わない?」――もうカミングアウトさえさせない。させなくてもドラマになるんだね。

 不可視的少数者たちのカミングアウト事情も、変わっていくのだろうか。やっぱりそんなことも考えさせられたんですよね。


  オンエア時に私は既に23歳(大きいお友達)でしたが、「ウルトラマンティガ」はとても大事に大切に観ていた記憶があります。というのも映像にあるようにエースパイロットは女性。そして隊長は「義母に息子を預けており自由に会うことさえ許されない、母親として自信を打ち砕かれたシングルマザー」であり、離れて暮らす幼い息子からは「ママ」と呼んでもらえたことがない。「私、母親してないじゃない?」なんて台詞が普通にあるのだ。――子ども番組の枠を超えた、育ちゆく人への祈りが随所に感じられ、ポーズや見せかけでなく本気で新しい時代を作ろうという気概が素晴らしかった。「ティガ」は「セブン」の系譜だと思うんですが、セブンの再放送で育った私にはもう、ど真ん中でしたね。「ウルトラマンは人であった」という設定も、「人は誰でも光になれる」というメッセージも、ED曲の歌唱印税が全額エイズ撲滅運動に寄付されていたのも、全部よかった。よかったっす。

 民間人が頑張ろうとするシーンも多くて、そこも好き。小中千昭氏(脚本)好き。黄色いカマロかっけえ。アメ車ならダッジのチャレンジャーの方が好みだけど、くすぐられる。

 この隊長がね、ずっとね、いいんですよね。子どもにどう接していいか分からないお母さん。無論、息子側だってどうしたらいいか分からない。でも母親の背中を見ている。幼いながら支えたいとも思っている(やりすぎてしまうのがかわいい)。絆を探り合う親子関係だ。

 最終回のクライマックスで隊長が言う「だからあなたは勝ち目のない相手に向かっていく義務なんてないのよ」。――隊長も部下がウルトラマンであることを察した上で、守ろうとする。しかし部下の意思を知ると応援する。「必ず勝って、人として」に「必ず勝って、ウルトラマンティガ!」と重ねるのは、ウルトラマンと呼び直すことで部下の自己効力感を高めるためだろうけれども、隊長の声音には自身の迷いを断ち切ろうとする感じがある。

 ウルトラマンの選択に責任をもとうとする人の姿が描かれていた、と思うのです。当初ウルトラマンとの邂逅を「神に出会えたのだと思っていた」という直前の告白、「でもちがうのよね」「ウルトラマンは光であり、人なのね」と続く述懐には、同じく自らも「人であること」に付随する責任についての捉え直しがあり、痛みとともに引き受ける覚悟が滲む。運命などではないのだ――「誰かの」闘いでもない。「与えられる救済を待つ」からの脱却/成長を、このドラマは促すのですよね。


 えっと、これ子ども番組ですか?
 
そんな感想は「今さら」なのでしょう。初代の「ウルトラマン」だって「ウルトラセブン」だって、様々な社会問題をテーマに子どもたちへメッセージを伝えてきたのです。そうした祈りのあるかなしかで、作品の善し悪しが決まると言えるでしょうか。私はそう思うのですけれども。よし寝る。



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