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スケルツォ第2番 楽曲分析

今回はショパン(1810~1849)スケルツォ第2番Op31の解説をしていきます。
スケルツォは「おどけた」「冗談」という意味を持ち、ハイドン(1732~1809)が弦楽四重奏曲に取り入れたりしました。その後ベートーヴェン(1770~1827)によって交響曲のメヌエット楽章の代わりにスケルツォを導入し、以後の交響曲の基盤を形成しました。そんな中で、ショパンはこのスケルツォを独立した作品として4作品を作曲しました。スケルツォ第2番はショパンのスケルツォの中では一番演奏機会がある作品で人気があります。前作の第1番のような深刻な場面は多少薄れ、変ロ短調と紹介されていますが、主題は変ニ長調となっており、終わりも変ニ長調で締めています。この単独した4作品の他にも、ピアノ三重奏曲、ピアノソナタ第2番、第3番、そしてチェロソナタにもスケルツォが導入されています。

さて、人気の高いスケルツォ第2番はどのような作品なのでしょうか。早速見ていきましょう。

フレデリック・フランソワ・ショパン(Frédéric François Chopin)

1 概要

作曲されたのは1837年です。弟子であるアデール・フュールステンシュタイン伯爵令嬢に献呈されました。この1837年というのはショパンの女性関係が大きく変化する年になりました。遺作となった別れのワルツ(ワルツ第9番)Op69‐1を贈ったマリア・ヴォンジスカ(1819~1896)との婚約が破棄され、ショパンは失意の底に落ちてしまいます。ショパンはマリアからもらった薔薇と手紙を一つにまとめ「我が哀しみMoja bieda」と書いて、死を迎えるまで保管していたようです。一方で後に恋愛関係に発展するジョルジュ・サンドからたびたび招待の手紙を受け取っていたようです。ノアン村にある館にぜひいらしてください、とショパンに伝えていたようですが、その時は一番望んでいたのはマリアからの手紙だったので、この招待には乗り気ではなかったようです。しかし2年後、ショパンとサンドは恋愛関係になり、1847年の破局まで続くことになります。

ちなみに別れのワルツは以前楽曲分析をしていますので、よかったら読んでみてください。

同い年のロベルト・シューマン(1810~1856)はこの作品をバイロンの詩になぞらえて、優しさ、大胆さ、愛と軽蔑に溢れたと評しています。

曲の構成はコーダ付きの3部形式となっています。
ウィキペディアにはロンド形式に近いソナタ形式と記述されていますが、個人的にはソナタ形式ではないと思います。

先程述べた通り、変ロ短調と書かれていますが、主題部分は平行調の変ニ長調が主体となっています。冒頭の旋律はショパンは弟子に問いかけと応答だと伝えています。この出だしがこの曲の鍵となる部分です。

では実際に楽譜を見ながらこの曲を紐解いていきましょう。


2 構成

3/4拍子 Prestoプレスト 急速に 変ロ短調

A-a 0:00~

ショパンの生徒の1人であったヴィルヘルム・フォン・レンツ(Wilhelm von Lenz)はショパン自身にこの曲に関してこう述べられたそうです。最初の旋律(薄緑のハイライトの部分)は問いかけであり、次に続く旋律(青色のハイライトの部分)は応えである、と。その問いかけと応えは死者の館で行われているワンシーンのようだ、と。ショパン自身、この作品の鍵はこの冒頭にあると言っていました。だから、執拗にこの部分を練習させたようです。

冒頭のポイントは1回目の問いかけはsottoソットvoceヴォーチェ(囁くように)で始まります。しかし、2回目以降はピアニッシモと指示されています。

そして、もう一つ。冒頭に限った話ではありませんが、この曲が一番重きを置いている音はファ(F)の音です。問いかけの最後の音はファで統一されています。そして、最後の応答の部分においては、ファの音で締められています。

また、次のbから始まるモティーフ1はファの音から始まります。曲の締めもファの音で終結します。挙げればキリがないですが、楽譜をじっくり見てみるとファの音に重きを置いてあることがわかると思います。

A-b 0:33~

bに入ると、変ロ短調の平行調、変ニ長調となり、1つ目の主題が登場します。このモティーフ1は曲の後半でも転調して何度か再現されます。このモティーフ1も先ほど述べた通り、スタートはファの音です。和音に至ってはIの和音とV(7)の和音を繰り返すシンプルなものです。cに入る2小節前でpocoポーコ ritenutoリテヌートとなり、そこでテンポを少し落とします。

A-c 0:42~

cからは変ニ長調の下属調変ト長調の属和音でスタートします。ここではconコン animaアニマと指示されています。これはよく活き活きとなどと訳されますが、 animaアニマはもともとといった意味を持ちます。なのでconコン animaアニマ魂を持ってという意味になります。 animaアニマは動詞のanimareアニマーレがもととなっています。左手は音域の広いアルペジオです。

c8小節目からは変ニ長調の属調変イ長調となり、c17小節目変二長調に戻ります。全体的に右手はシンプルで美しい旋律なので、歌うように演奏しましょう。18小節目からはdolceドルチェ(柔らかく)となります。43小節目からは和声的な話になりますが、ペダルポイント(保続音)が使用されています。最低音が常にラ♭(A♭)を鳴らしながら、和声が変化していく場面です。

A-d 1:19~

dの部分は音域の広いアルペジオが今度は右手で現れます。2オクターヴ以上のアルペジオの連続なので、難しい場面でもあります。和声はIの和音Vの和音の繰り返しで非常にシンプルです。最後は両手でレ♭(D♭)を力強く鳴らして終わります。

A-a' 1:28~

再び問いかけと応答が再現されます。ここでは1回目の問いかけのみピアノで2回目以降はピアニッシモです。応答の音型は多少変化を付けています。その後はb,c,dが再現されます。しかし、繰り返し記号による繰り返しではないので、1回目の2回目では違うニュアンスで演奏するのが良いと思います。

B-e 2:59~

中間部はイ長調に転調し、コラール風のメロディが演奏されます。sostenutoソステヌートの指示があるので、音は途切れさせないように演奏しましょう。e13小節目からは嬰ヘ短調に転調しますが、嬰ヘ短調の主和音はいっさい登場せず、どちらかというとロ短調よりです。最後は嬰ヘ短調の属和音で半終止します。delicatissimoデリカ―ティッシモ(非常に繊細に)の指示がありますので、荒々しくならないように気を付けましょう。

再びコラールが再現された後、今度は嬰ハ短調で同じフレーズ(黄色のハイライト)が繰り返されます。嬰ハ短調になる1小節前ではslentandoスレンタンドの指示があります。これは元々は緩めるという意味なので、徐々にテンポを遅くさせていきます。

B-f 3:59~

fからは嬰ハ短調のまま中間部第2の旋律が登場します。ここで登場するモティーフ2(オレンジのハイライト)は中間部後半において、転調を繰り返して何度も再現されます。またespressivoエスプレッシーヴォ(表情豊かに)legatoレガート(滑らかに)の指示があるので、テンポは速いですが乱暴にならないように演奏しましょう。嬰ハ短調→嬰ヘ短調→嬰ハ短調と第2の旋律を繰り返した後は、gへと向かいます。

B-g 4:22~

gからはホ長調となり、leggieroレジェ―ロ(軽やかに)で素早い8分音符を演奏します。このような奏法はショパンの作品においては多く登場します。個々の部分では和声がI→II→Vを繰り返しています。gの21小節目からはcresc.クレッシェンド e animatoアニマートとなりだんだん強くして、かつ活発になって25小節目で頂点を迎えます。そして、再びeから再現されます。ここも繰り返し記号による繰り返しではないので、単純な繰り返しというわけではなさそうです。

B-h 6:21~

e,f,gが再現された後、hは減7の和音で開始されます。sempre fセンプレフォルテと指示があるので、常に強く演奏されます。肌色のハイライトと薄紫のハイライトは同じフレーズなのですが、転調されて2回演奏されます。ここは調性的に不安定な部分で、明確な調性を持っていません。

B-i 6:34~

iからはト短調となり、先ほど登場したモティーフ2を軸として音楽が形成されます。agitatoアジタート(激しく)の指示があるので、fの部分よりかは荒々しい感情が剥き出しています。ト短調→ハ短調→変イ短調と転調をしながら同じフレーズを繰り返します。

B-j 6:50~

jからはモティーフ1ホ長調で登場します。モティーフ1を2回演奏した後、嬰ヘ短調→嬰ト短調と経過して、出だしの調である変ロ短調へと転調していきます。

B-k 7:00~

kへとたどり着くと変ロ短調へと戻ります。kの9小節目からは再びモティーフ2を使用しながら反復進行が使用されています。ここではsempreセンプレ conコン fuocoフォーコと指示があり、常に熱烈に演奏する必要があります。感情の爆発、ショパン自身の陰鬱な感情がここでほとばしります。ちなみに、fuocoフォーコという意味です。反復進行が終わった後はV→Iを繰り返しながら、モティーフ2を延々と繰り返します。やがて音楽は勢いを失っていき、calandoカランドで沈んでいくように音楽は静かになっていきます。calandoカランドからは音の着地点はファの音です。しっかりとファの音を感じながら、おざなりにならないように。

そして最後はsmorzandoスモルツァンド(弱くして言って、消え入るように)して最初の問いかけと応答の再現をする準備をします。

A'-a'' 7:37~

再び問いかけと応答が登場します。変化している点は問いかけの最後のファの音が伸びているところです。また、問いかけの1回目はsottoソットvoceヴォーチェで、2回目以降はピアニッシモです。この楽譜では最後の問いかけにピアニッシモが付いていませんが、他の楽譜ではついているので付け忘れだと思います。そしてb'へと進んでいきます。

最初と同じようにc'',d''へと進んでいきますが、c''の後半は一部変更が加えられています。

コーダ 9:07~

コーダはイ長調モティーフ1が再現されます。すぐに変ニ長調に戻りコーダ17小節目Piùピウ mossoモッソ(それまでより速く)となり、問いかけの動機を2回演奏します。33小節目からはstrettoストレット e cresc.クレッシェンドとなり緊迫していきながらだんだんと音量を上げていきます。そして再びモティーフ1が登場し、2回演奏します。左手はmarcatoマルカートと指示があるので、はっきりに目立出せるようにしましょう。更にPiùピウ mossoモッソとなってテンポを上げ、最後はやはりファの音で終結します。

3 終わりに

いかがでしたでしょうか?
楽譜を見てみると、構成的な難しさは無かったように思われます。ただし、解釈についてはかなり深く勉強する必要がある作品だと思います。最初の問いかけと応答をどのように処理するか、ここがミソだと思います。

最後に二人のピアニストのマスタークラスの様子の動画を載せておきます。
シプリアン・カツァリスとジャン=マルク・ルイサダによるマスタークラスです。

カツァリス

ルイサダ

二人のピアニストによる解釈の違いを比較してみるのも面白いと思います。

ご覧いただきありがとうございました。

参考文献
小坂 裕子  (2010) 『フレデリック・ショパン全仕事』 アルテスパブリッシング pp.123~126
David Dubal (2004) The Art of the Piano: Its Performers, Literature, and Recordings. Amadeus Press p. 469.

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