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デジタルノマドという新しい市場は、日本の未来を変えうるか。

ヨーグルトでお馴染み、ブルガリア。東欧にあるのどかな人口8,500人の村に、750人のヨソモノが世界中から集まり、1週間以上この村で過ごす。その経済効果、1週間だけでも推定7,800万円以上(イベント主催団体公表データより)。 スポーツ大会が開催されているわけでもなければ、音楽フェスティバルが開催されたわけでもない。

東京ー白馬みたいな感じがちょうどイメージにも近いと思う

ブルガリアの首都・ソフィア国際空港からバスで3時間半、郊外の高原リゾート「バンスコー」の6月末、観光はオフシーズンであるにもかかわらず、2ヶ月以上滞在する参加者もいる。ブルガリアの実質GDPは日本の3分の1、決して裕福とは言えない国の、田舎のオフシーズンに、2ヶ月とか過ごしちゃうヨソモノが集まり、経済を潤す、"新しい市場" デジタルノマド。デジタルノマドとは何者か? なぜ、彼らは、世界中の名だたる街の中から、バンスコーという村を選び、過ごすのか。


デジタルノマドって何だ?

出典:NOMAD STAYS

750人の正体は、場所にとらわれず働くことができる「デジタルノマド」と呼ばれる新たなインバウンド市場だ。コロナ禍において、世界中でリモートワークが浸透したわけだが、2021年当時、日本の多くのメディアは「リモートワーク」を「在宅勤務」と翻訳し、報道していた。

「デジタルノマド」の存在を知っていれば、その翻訳が大きな誤りであることに気付かされる。 パソコン・携帯・インターネットさえあれば、実は"在宅"どころか働く場所を"自分で選べる"人たちが増えていくきっかけになったのだ。コロナ禍では日本でも「ワーケーション」と呼ばれる人たちが増え、海外に出れなくても国内の地方に数日滞在し、英気を養い、生産性を高める市場もじわじわ増えてきている。

矢野経済研究所(2022)によれば今年度は1,000億円市場に一気に拡張するとも言われている

コロナの終焉は、一気に「デジタルノマド」たちに翼を与えた。国境を越え、いざ越えたからには長期で海外に滞在しながらリモートワークを行う。もちろん今後も海外では急速に増えていくと言われており、現在の推定3,500万人市場から、10年後には10億人市場にまで増えていくだろうというデータもある。

出典:hostify , 原典はnomadlistの創始者 Levels.io のブログと見られる

10年後の地球の人口は推定90億人。そのうち生産人口が60億人。つまり6人に1人が、場所にとらわれずに働けるようになっているだろうとの予測になるわけだが、10年後であれば、あながち暴論とも否定しきれない数字ではないか。

世界最大規模のデジタルノマドフェス「Bansko Nomad Fest」2023

筆者撮影、一般の公園の一角に1週間、こうしたブースで多種多様なイベントが催される

誰が始めたのか

さて、ブルガリアに話を戻して、4年前から始まった「Bansko Nomad Fest」は初年度の参加者100人から始まり、200人、500人、750人とコロナ禍の中でも、順調に参加者を伸ばしてきている。

Presenting the official footage from the 2023 Bansko Nomad Fest – a truly memorable week! Relive the experiences and if...

Posted by Bansko Nomad Fest on Monday, July 3, 2023

むしろ、コロナ禍においてリモートワーク文化の浸透した結果、このイベントにとっては追い風となっているに違いない。世界中で急増するリモートワーカーがデジタルノマド化していくことを見据えると「来年は1,000人を超えてくるだろう」と主催者・マティアスの自信に満ちた言葉にも、全くの疑いようがないように感じる。

動画 by @Nomadstwogo よりクリップした主宰のマティアス

コワーキングスペース Coworking Bansko のオーナー、ドイツ人のマティアスは、7年前にこの地にやってきた。日本のことをとても尊敬してくれていて、カラオケのことを「日出づる国の精神宿る神聖な文化」などとまで言ってくれたりする。写真でも見ても分かるとおり決して若くはないが、彼の魂は誰よりも燃え続けていて、来年には200人のノマドが住まうユートピア「Coliving Semkovo」を立ち上げようと準備を進めている。

出典:Coliving Semkovo

旧ソ連時代の社会主義色色濃く残る「廃墟ホテル」をリノベしていこうとしているらしい。あれれ、地域に残るホテルを、改装して、新しい拠点に、なんて日本でも聞いたことあるような話。このSemkovoの仕組みがまた面白いのだけれど、それはまた追って。

Bansko Nomad Fest 2023

写真:Bansko Nomad Fest :公式フェースブックページより

6月25日、オープニングセレモニーが始まり、続々と世界からイベント参加の登録作業のために、バンスコーの中心にある広場に集まった。参加者はすでにお互いを知っていて「久しぶりだ」と、握手をしたり、抱擁を交わしたりしながら、広場に活気が集まってくる。

ヨーロッパの昼間は長い。20時を過ぎてようやく夕焼けが訪れてきたかと思うと、広場は一気にダンスミュージックで騒がしくなった。みんなが踊り始めると、それぞれの会話も弾む。どこからきたのか、何をしているのか、なぜここにいるのか。そもそも「君はノマドかい?」など尋ねられる。日本から来たと答えると、その多くの質問者は興奮し「日本は一番いきたい旅先の1つなんだよ」と答えてくれる。

日本人が主な参加国の1つになった

Bansko Nomad Fest 公式発表は参加者のべ750人を超えたら強い

バンスコーノマドフェスティバルの参加者の多く(22%)はアメリカからだったが、続いてヨーロッパ近隣各国や、イスラエルといったIT先進国が名前を連ねる。4年目の今年、この「参加者出身国の割合」の中に、初めてアジアが、というか日本が、スペインやオランダを抑えて主要出身国の1つになった。その数20人、2.8%。

まだまだ多いとはいえないが、デジタルノマドの多くはヨーロッパ出身。まだまだ発展途上とも言えるアジアから一番最初に新しい働き方に挑む国として、日本がまず最初に足を踏み入れたのは「歴史的な一歩目」とも言えるのかもしれない。

デジタルノマド日本代表としてのシンボリックな存在であるAkina

縁起を担いだか、黄金の装いでオープニングをめでたく飾ったAkina(写真:Bansko Nomad Fest :公式フェースブックページ)

この歴史的な一歩とも言える記録を作ったのは、他でもないAkinaのkeynoteスピーチがあったからだ。1週間の間に数えきれないキーノートスピーチが用意される中で、彼女はオープニングセッションの直後というもっとも恵まれた枠でスピーチを頼まれていた。こりゃ、見に行かないかん、と我々ノマドの仲間たちが声を掛け合って集まったわけだ。

もちろん、偶然参加していた日本人もいたわけだけど、それでも、これまで日本人に会うことなどなかったノマドコミュニティにおいて、日本人としてしっかり認知されるほど集まれたのは、我々も初めてなわけで、感動もひとしおだった。

バンスコーの成功から見るヒント

デジタルノマドの存在を僕が知ったのはコロナ前の2018年頃だ。ヨーロッパのノマドたちは冬の寒い季節を避けてインドネシアやタイ、ベトナムに数ヶ月滞在し、ゆっくりとした時間の中でリモートワークを続けていた。彼らは安いゲストハウスに住まうこともあれば、エアビーをシェアして住んだり、あるいはコワーキングスペースが運営する長期滞在施設「コリビング」に住まいながら、渡り鳥のように冬が終わるのを待つ。

世界中から集まる彼らは「コミュニティ」を通じて旅先を決める。一人で縁もゆかりもない東南アジアの島を訪れたとて、コミュニティと繋がっていれば、すでに見知った人がそこにいる。オンラインで繋がれるこの時代に、生まれた故郷に関係なく、人と、人は、繋がれるのだ。

世界の裏側まできて冬を過ごす彼らに「日本には来ないの?ここからLCCを使えば5万円以下で来れるのに」と尋ねたら、当時の彼らも「日本は一番いきたい国だよ!」と言ってくれていた。

メルボルン大学でデジタルノマドの研究を続けるショーン(右)は日本で英語教師をやっていた。「日本の働き方が変わってきているのは興味深い!」と興奮気味に話してくれた(写真:Bansko Nomad Fest :公式フェースブックページ)

しかし「物価は高いし、忙しない。僕たちは、長期で滞在したいから、日本は暮らすのが大変そうなんだよなぁ」と答えてくる。彼らにとっての「日本」は映画やNetflixに映し出される、とても魅力的に見えるが忙しい。そういう場所のイメージだけを持って語られており、今、彼らが滞在しているような静かで美しい海の景色と「日本」は重なることがなかったのだ。

HafHは昔、こんなトップページだったんですよ。懐かしい🥺

あれから5年。その認識を変えるべくして旅のサブスク #HafH を立ち上げたが1年後、コロナを迎える。奇しくもその間、日本のリモートワーク事情は世界最先端、ワーケーションという言葉の認知は世界トップレベルに至るところにまで広がった。日本の地域が、リモートワーク、並びにワーケーションの先進地としてその町のアイデンティティにまで広がる街も出てきている。例えば、和歌山県・白浜市や長崎県・五島市は、タクシーの運転手にまで「ワーケーション」の言葉が広がり、五島市に至っては、この数年で社会人口は1958年の統計開始以来、毎年連続で増加傾向になっている。

出典:事業構想「移住者数が4年連続200人超 人口減に挑む島・五島市の挑戦」より

いよいよ、日本がデジタルノマド市場を、世界から受け入れる準備が整ってきている。それは、東京や、大阪といった大都市だけでなく、地域において、バンスコーのような、決してアクセスが良いわけでもエンタテイメントがたくさんあるわけでもない街に、世界中の人が訪れる「観光」とは違う市場がそこに広がろうとしている。

日本、新たなチャンス到来なるか?

Google 2023/7/12 調べ

この5年間で、日本の物価並びに経済は停滞し、円安が進んだ。 2018年当時のドル相場は1ドル118円。これが今や145円を超えつつある。1000ドル=118,000円が、今や 145,000円。「物価が高い」などと言われる筋合いは、なくなりつつある。 Come to Japan, as a digital nomad!の未来が、間も無くそこにきつつある中、バンスコーはどうやって、世界中のノマドを魅了しているのか。

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