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SNSのない世界にいた

先日、SNSを一切使わない女性と出会った。彼女いわくSNSはよくわからないものらしい。「インターネットに時間を取られるのがいや。現実世界を生きていたい」が彼女の持論だった。

アパレル業界で働く彼女は、綺麗なネイルを塗り、おしゃれな服装をしている。アパレルで働く欠点は、好きでもない服を買うことだと言って、頬を膨らませていた。先日から出張続きで、どうやら昨日地方から帰ってきたようだ。

「インスタ映えも楽しいかもしれないけれど、インスタに熱中するのではなく、いまに熱中したほうが楽しいような気がするの」と彼女は話す。

インスタ映えする店内。天井にある薄暗いネオンが店内の雰囲気を艶やかに彩る。壁に貼られた絵画は、店内とマッチしていないような気がしたが、これはこれで味があるものなんだろうなと無理矢理納得するようにした。

ぼくたちは、アイスカフェラテを注文した。いつもどおり写真を撮るんだろうなと思っていたら、写真を撮らずに彼女はアイスカフェラテを口にしていた。どうやら彼女はインスタ映えには興味がないらしい。

「写真、撮らないんだね。女性はこういうの好きだと思ってたよ」

「インスタ映えとかよくわかんないし、SNSには興味がないんだよね。そんなことよりもいまをちゃんと楽しんだほうがお得な気がしない?」

彼女はなぜか嬉しそうだった。その姿を見て、さも当然かのように口角が上がる。彼女が嬉しそうならなんでもいいか。普段は写真を撮るけれど、写真を撮らずにいまをちゃんと楽しもうと、ポケットの中にiPhoneを忍ばせた。

ぼくは日常のありとあらゆる風景を、当たり前のようにSNSで更新している。だから、彼女の存在が不思議で仕方がなかった。カフェや喫茶店に行けば、写真を撮ってはSNSにアップしてしまう。友達と居酒屋に行けば、インスタで友人をメンションして、ストーリーを更新する。

SNS経由でお仕事を獲得することもあるし、SNSに日常の鬱憤や考えたことをついつぶやいてしまう。SNSはぼくにとっては欠かせないものになっていた。

でも、目の前に現れた彼女は、SNSを一切使わないだけでなく、カフェや居酒屋で写真を撮らない。写真を撮るのが当たり前になっているぼくからすれば、写真に残さず、いまという時間を大切にしている彼女はうらやましいと思った。

彼女はアイスカフェラテがよく似合う。カフェで働いていると言われても、なんの疑問も抱かない。彼女はプラスチックのカップをぐるぐる回しながら、じぶんの話をしていた。

ぼくたちは、過去の生い立ちについて話し合った。そして、あっという間にカフェが閉店時間になった。「まだ話し足りないね」とお互いに言いながら、居酒屋に行くことにした。Googleマップを開いて、目的地へと足を運ぶ。

どうやら2人とも方向音痴のようだ。道に迷う人の大半は、風景で道を覚える。1度行った場所でも風景がそのままであれば、迷うことなく目的地にたどり着く。でも、ひとつでも風景が変わってしまえば、それはもう地獄である。だから、方向音痴にはGoogleマップは欠かせないアイテムだ。

ぼくたちはなぜか各々で、Googleマップを開いていた。2人でiPhoneを開きながら、目的地へと向かう。周りから見れば、ごく普通の風景だけれど、2人にとっては、とても不思議な風景だった。

「なんで2人ともGoogleマップを開いてんの。1個でいいじゃん。意味わかんない」

たしかに1つのGoogleマップを、2人で見たほうが距離も近づく。恥じらいがあったのはたしかだ。お互いに1つでいいと気づいてからも、2人とも別のマップを開いているのが、なんだか面白くて、そのまま2つのマップで目的地を目指すことにした。

「次の角を右に曲がるね」

「あ、待って!間違えた!もう1つ先の角だった」

2人でお互いを目的地までナビゲートしながら、ぼくたちは目的地にたどり着いた。

「いらっしゃいませ!何名さまですか?」

店員さんの大きな声が店内に響き渡る。平日だというのに、店内は賑わっている。たくさんの声が飛び交う中、店員さんの誘導をもとに、空いている席へと足を運ぶ。席に座る前に、彼女がレモンサワーを注文した。考えるのも面倒だったため、ぼくも同じものを注文した。

よく冷えたグラスに、たっぷり入ったレモンサワー。今日はお疲れ様でしたと言いながら、ぼくたちは乾杯をした。

「趣味はなんなの?」

「お酒を飲むことかな。休みの前日は絶対に飲んじゃう。いや、休みとか関係なく飲んでるか。この前も友人と飲んだんだけれど、記憶がなくなるまで飲んじゃった」

居酒屋で、よく冷えたレモンサワーを飲みながら彼女が話す。入店してからまだ30分程度なのに、もう3杯目に突入している。お酒をほとんど飲めないぼくからすれば、彼女のそれは驚異的なペースだった。

仕事の話や将来の話などさまざまな話をしていると、あっという間に閉店時間になった。大阪市はコロナの影響で、21時に店が閉まる。もっと話をしたいと思ったけれど、店の閉店時間がそれを許さなかった。

お店を後にし、駅へと向かう。2人で星空を眺めながら、どうでもいい話を繰り広げる。彼女の横顔はとても綺麗だった。もっと見ていたいと思いながらも、お別れの時間はまもなくやってくる。

SNSを一切使わない女の子と出会った。カフェや居酒屋でも記念写真を撮らない。ありとあらゆる出来事を写真に残すのが当然になったいま、彼女の行動をうらやましく思った。

彼女とまた会うかどうかは、定かではない。でも、彼女はぼくと一緒にいるときは、Googleマップを開く以外は、iPhoneを触らなかった。カフェや居酒屋でも一切写真を撮らず、その場を楽しんでいた。そして、ぼくも同じように、写真はおろかiPhoneを触らなかった。

どこに行っても写真を撮るぼくからすれば、彼女の存在は新鮮だった。写真がなくても、記憶の中に思い出を残せる。写真を撮るのに夢中になりすぎて、いまを楽しめないようにならないようにねと言われているみたいだった。

彼女とお別れし、iPhoneを開くと、たくさんの通知がぼくを襲ってきた。いつもの世界に戻ってきた感覚。普段とちがう生活を送るのも悪くない。大半の人が日常のありとあらゆる生活を、SNSという電子世界に支配されている。

駅前で1人、余韻に浸る。あれだけ騒がしかった駅前には、もうほとんど人がいない。夜空の写真をiPhoneで撮影し、SNSに「今日は楽しかった」という文言を添えて、写真をアップしたそんな夜。

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