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裏切ったのは、僕だった

小学生のときに一緒にサッカー選手になる約束をした友人がいる。平日だけでなく、土日も一緒にグラウンドでサッカーの練習をする毎日。彼の家の前で壁蹴りをしていたときに、近所に住むおじさんに「うるさい」と叱られた思い出が今も鮮明に思い浮かぶ。

友人がキャプテン翼にハマった。僕も同じようにハマり、翼くんのドライブシュートや日向のタイガーショットなどを何度も真似した。ある日、友人がロベルト本郷のバーに当ててからオーバーヘッドをするプレーを真似しようと言い出した。オーバーヘッドは大怪我につながりかねない危険な技だ。クラブチームの監督からも「オーバーヘッドだけはするな:と口すっぱく言われていた。

チキンな僕とはまるで真逆。怪我なんて怖くないと勇敢な彼はバーにボールを当てた後にオーバーヘッドを披露する。だが、ボールはミートせずに、成功とは程遠いクオリティだ。

30回ほど失敗した後に事件が起きる。

僕の悪い予感は見事に的中した。彼が着地時に頭を打ったのだ。頭を打った瞬間に泣き喚く彼を見て、だからやめとけって言ったのにと小さくつぶやく。すぐそばにいた大人を呼び、彼の介抱をお願いする。大事には至らなかったものの、彼がオーバーヘッドで頭を打ったことが親やクラブチームの監督にバレて、こっぴどく叱られた。

小学6年生の最後の大会。僕たちは絶対に優勝するぞと意気込んでいた。最初の試合は引き分けたけれど、なんとかグループリーグを首位で突破。決勝戦になる前に大雨が降り出して、中止になるかと思ったけれど、中断することなく、キックオフの笛が鳴る。延長戦の末に僕たちはクラブ史上初の優勝を果たしたのだった。この経験から僕は今のままサッカーを続けていたら絶対にサッカー選手になれると本気で信じていた。

会場は大きな歓声に包まれていたが、帰り道は彼と2人だった。「クラブ初の優勝をしたなんて、俺らこのまま行ったら絶対にプロになれるよな」と彼に話す。彼は神妙な顔つきで頷くだけだった。そこからなぜか気まずくなって、無言のまま僕らは別れた。

中学生になったときに、彼がいきなり学校に来なくなった。心配になった僕は、彼の家に行ったが、彼の親に彼はいないと告げられる。明日は家にいるだろうと思って帰ったが、翌日も結果は変わらない。家にいない彼が心配になった僕は彼にメールを送った。すると、すぐに返事が来た。

「元気だけど、学校に行けなくなった」ごめん」

元気なのに、学校に来れないとはどういうことだ。訳がわからなくなった。翌日、彼の親に彼から伝えられたことを伝えると、翌日に彼の家族は引っ越してしまった。

大学生になった。僕はもうサッカー選手になる夢を諦めている。彼がサッカー選手になる夢を諦めたかどうかは知らない。

ある日、中学のサッカー部の友人たちと居酒屋に行った。くだらない話で盛り上がった後に、1人の友人が「そういえば急に姿を消した友人がどうなったか知ってる人いる?」と尋ね出した。あんなやつ知るかよと口に出そうとした瞬間だった。別の友人が「これは内緒にしといて欲しいんやけど」と神妙な顔で口を開く。

「彼はサッカー選手になるために東京のクラブチームに入ったらしい」

空いた口が塞がらなかった。まさかサッカー選手になる夢を諦めていなかったとは。彼は自ら進んで、地元を捨て、サッカー選手になるために東京へ足を踏み入れた。しかし、なんで黙って東京に行ってしまったんだろう。続けて友人が口を開く。

「地元の中学のレベルでは到底プロになれると思わなかったらしい。でも、東京に行くってことは俺らを裏切ることになるやん。だから、誰にも言わずに東京のクラブチームに入団したんだって」

サッカーに対して、本気だったのは僕ではなく、彼の方だった。彼は最初からすべてわかっていたのだ。地元の小さな地域で優勝しただけではプロには到底なれない。所詮井の中の蛙で、大海を知った途端に、絶望へと誘われる。中学サッカーをいくら頑張ったところで、プロになれる確率なんて、ほとんど0に等しい。彼はサッカー選手になる夢を叶えるために東京に出た。勝手に裏切られた気持ちになって、傷ついていた自分が恥ずかしい。

しかも、裏切ったのはこの僕だ。高校でサッカーを辞めて、その後は趣味程度でしかやっていない。本気で夢を追いかけ続けた彼とは大違いの激ダサ野郎である。

プロになるために東京に足を踏み入れた彼は、結局サッカー選手にはなれなかった。東京で本気でプロを目指す人たちとの実力の差を思い知って、サッカー自体をやめて関西に帰ってきたらしい。

大学を卒業する前に、地元で彼と偶然再会した。僕は気まずそうに逃げる彼の手を強く掴んだ。「あのときは何も言わんでごめんな」と彼が話す。むしろ謝るのは僕の方だ。彼は自分の夢を本気で追いかけただけ。無言で行ったのは、許せなかったけれど。彼の真意を知った今、そんなことはどうだっていい。

募る話を消化するために僕たちは地元の居酒屋に行った。

サッカー選手の夢を諦めた彼は、関西でアイドルのプロデュースをしている。サッカー選手の夢を諦めたからこそ、誰かの夢を叶えるお手伝いがしたい。そんな思いからアイドルのプロデュースを考えたんだとか。しかも、メンバーを募るために、ちゃっかりオーディションを開催まで行っているらしい。

「俺あんまりお酒飲めないんだよね」と言いながら、頬を赤らめて自分の夢を話す彼がなんだか眩しく見えた。

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