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青の牛丼

大学生の頃、僕は野球部に所属していた。

伝統を重んじる校風を礎とした部活動のレトロな規律は田舎者の僕にとって非常に厳しく、下級生の頃は家を一歩出た瞬間から家に収まる一歩手前まで、常に拍動が下がらないスリリングな生活をしていた。

あらゆる規律の中でとりわけ厳しかったのが、上下関係である。

ときに非情なほどに厳しく、草食動物でもない限り不可能ちゃうかな?という視覚の死角に先輩がいて、こちらが振り向いて挨拶出来なければジ・エンドというムリゲーぶりには、随分と翻弄された。

とはいえ、部の伝統を乱すような異分子が紛れ込まないよう、また育つ土壌にならないように先輩方は目を光らせて風紀を守るべく、たくさんの真っ当な叱咤をくださった。

しかし、そんなピリピリな生活は下級生で終わるわけではない。

いやむしろ、上級生特有のピリピリもあるのだ。これを、「青の牛丼」と呼ぶこととする。

部のグラウンドや寮、キャンパスがあるその町には当然のことながら飲食店がいくつかあったが、その需要に対しては明らかに不足していた。

そのため、部活生の行き着く先は専ら松屋になりがちだったが、事件が起こった舞台はまさにこの場所であった。

当時僕たち1年生は、サンプラザ中野くんくらいの短髪にバチバチの学ラン、学帽を被って登校していたこともあってか、学校の友達が出来なかった。

華やかな大学生活を送るサークルの男女が行き来するキャンパスに、その風貌は学徒動員そのものという僕たちは、さぞ似つかわしくなかったことだろう。

そうなると、もはやひとときも部活動の同期とは離れようもない時間割を組み、徒党を組んで痛い視線をやり過ごすことによって何とか精神を保つため、当然昼メシもみんなで食べる。

その日は特に大所帯で、10人の腹を空かせた徒党が松屋に入り順次、食券機と向き合った。
さあ、ようやくメシ...

と、そこで初めて目の当たりにする。

2つ上の先輩が、1人黙々と牛丼を食らっているではないか。

ここで当時のおさらいをすると、先輩がお店にいることがわかっていて後輩が入るのはNGとされていた。

何故なら、バイトもしてないのに先輩がご馳走する決まりになっていたからである。

確信犯的におごってもらうことは重大なモラルハザードとされ、これもこれで重罪になった。

ところが、今回のケースはそうてはない。

僕たち10人の徒党は食券を買っている。
つまり、自己負担する心算が客観的に見ても認められるわけだ。

できることは、この10人分のオーラを消し、先輩に気づかれぬような席取りをすることだったが案の定、先輩はただならぬ予感を察知してか、振り向いた。

そのときの先輩の顔色は今でも忘れられない。
琉球の海さながらの、見事なセルリアンブルーだった。



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