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吉田塾日記#4【田中杏子さん】

クリエイティブサロン吉田塾

山梨県富士吉田市、富士山のお膝元でひらかれるクリエイティブサロン吉田塾。毎回、さまざまな業界の第一線で活躍するクリエイターをゲストに迎え、“ここでしか聴けない話”を語ってもらう。れもんらいふ代表、アートディレクターの千原徹也さんが主宰する空間です。第四回のゲストはNuméro TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)編集長の田中杏子さん。

十八歳、ファッションを学ぶためにミラノへ発ち、第一線で活躍するファッション・エディターのもとで雑誌や広告づくりに携わる。帰国後、『流行通信』や『ELLE JAPON』にてフリーランスのスタイリストのキャリアを重ね、『VOGUE NIPPON』創刊にあたり編集スタッフとして参加。そして、『Numéro TOKYO』の編集者に抜擢、およそ一年半の準備期間を経て創刊する。

ドラマティックな人生を歩んできた杏子さん。その豊かなライフヒストリーに耳を傾けながら、常に移ろい続ける時代について共に考えました。

ファッション・エディターとして最先端のカルチャーと伴走し、新しい時代をつくり続けてきた杏子さん。そのエレガントな経歴の裏側には、数々の苦悩や障壁と向き合う日々がありました。その一つひとつの選択に、行動に、工夫に、ぼくたちはこころを震わせました。

ヌメロ・トウキョウの編集長になり十六年目。試行錯誤を繰り返し、右に左に揺れながらいろいろとやってきました。十五、六年目にしてようやく落ち着いてきはじめ、やりたいことが明確になった。「ヌメロの価値はここなんだ」と。(田中杏子)

十六年変わらずに一人の編集長が担っているファッション誌は『ヌメロ・トウキョウ』以外存在しないと言っても過言ではありません。「ヌメロ・トウキョウ」と「田中杏子」は唯一無二の雑誌であり、編集者。


時代の変化、構造の変化、メディアの変化

「モノづくりとは何か」を自問自答しながらつくっています。新しい服、素敵な服を着ると、気分が上がる。その感覚は忘れたくないし、忘れてほしくない。(田中杏子)

今や「SDGs」は、ファッション業界では外せないワードです。ここ十年でファストファッションが流行し、大量生産の仕組みで生まれた安価なプロダクトが社会にあふれました。大量に服をつくり、売れ残ったものはセールにして、それでも残れば廃棄する。その“在り方”がトレンドになっていった。結果としてファッション業界は一、二を争う“地球に悪い産業”と見なされるようになりました。そのような経緯もあり、いかに善良な企業として訴求するかを、各ブランドが常に気を巡らせています。

模索する中、杏子さんには一つの答えがありました。それは、「捨てられない」という一つのエコ。

いいものを着て、長く着続けること。大切にしたいものは、大事に扱う。ずっと着ていたいし、自分の大切な子どもや孫に譲ってゆくことができる。それが自然なSDGsの在り方だと思っています。(田中杏子)

大量生産から生まれる経済の構造を変えてゆく。そのためには、上質なモノづくりに振り切って「捨てられないモノ」「大事に扱いたいモノ」をつくり続けること。消費されてゆくモノは、ゴミの日になれば捨てられてしまう。「捨てられない」ための、モノづくりを。

ファッション業界だけでなく、「雑誌」というメディアにも同じことが言えます。今、紙媒体を手に取る人がいなくなりました。以前は、電車の中では新聞、雑誌、文庫本を読んでいる人たちの光景があたりまえでした。今は、おしなべてスマホ。雑誌はdマガジンで見ればいい。

デザインの仕事も大きく変わりました。今まではポスター、チラシ、CDジャケット、雑誌、本、パッケージ、TVCMと、与えられた枠の中で、デザインという「表現」をしていればよかった。今はもうみんなスマホしか見ていません。お金をかけてTVCMをつくる必要も、駅貼りポスターをつくる必要もない。webのバナーさえあればいい。(千原徹也)

インターネットの登場により、好みが細分化され、一人ひとりに合わせた広告を提示する社会になりました。アルゴリズムによって数百~数千人という小さな単位で、タイプ別に広告を表示する。それは、視聴率という曖昧なものではなく、明確な数字がリアルにはじき出される世界です。

時代の流れと共に、扱うメディアは変わってゆく。時代の最先端でモノづくりをする二人の対話はエキサイティングでした。

ECサイト、メタバースの中にもギャラリーを、NFTでの販売、書籍にも力を入れたり、YouTubeも開設したり。「一つのことだけをやっておけばいい」という社会ではなくなりました。「雑誌だけでは食べていけない」と嘆くだけではなく、そのように変化に対応しながらどんどん新しい収益構造をつくっています。(田中杏子)

広告、デザインの「表現」は、グラフィックデザイナーのものではなく、時代を読み取れた人の「表現」の場へと変わりました。現実を受け止めずに今まで通りの組織を続けていたら未来はない。その現実を知った上で、自分たちがこれから何をしていくのかは考えていく必要があります。(千原徹也)



時代を読む

これからはますます変化してゆく時代。
常に適応できる柔軟性がないと時代に置いていかれます。(田中杏子)

「未来」をつくる側に立つためには、「現在」を知る必要があります。今、流行している映画、フォトグラファー、ファッション、料理、ライフスタイル、政治、社会の動きすべてが重要なアイデアのソースとなる。それはInstagramのタイムラインに流れる写真からも、受け取ることができる「時代の空気」。

一番は、人と会って、話すこと。
新しい人と出会って、その会話の中で発見することがたくさんあります。(田中杏子)

杏子さんがSEKAI NO OWARIを知ったきっかけは、当時小学生だった娘さんの友達との会話だったと言います。カラオケで歌っている曲を聴いて「いい曲だよね、誰?」と訊ねると、「セカオワだよ」と教えてもらった。

そこから掘ってゆく(調べてゆく)中で、彼らの音楽性やアーティストとしての魅力を知ってゆく。結果的に「End Of The World」と題した世界進出のタイミングで、SEKAI NO OWARIが『ヌメロ・トウキョウ』の表紙を飾るに至りました。

コロナ禍の時、誰にも会えなかったじゃないですか。家で食事をして、仕事もリモートワーク。あの時、エネルギーが落ちたのは確かです。

でも、久しぶりに人に会って話したり、美術館やレセプションパーティーに足を運んだり、はじめての人とディナーの時間を過ごすと、あらためてわくわくする感覚を手に入れることができました。(田中杏子)

以前、売れていないプロのイラストレーターを集めた講座があり、そこに講師として呼ばれたことがありました。作品を見たのだけど、みんなめちゃくちゃイラストがうまい。ただ、「今」をまったくわかっていなかった。(千原徹也)

「今」の時代の空気感を知ることで、伝え方が変わる、表現が変わる、提案するものが変わる。

デザインや絵が巧い人はたくさんいるのだけど、売れていない人は総じて時代を読み取ることができていません。時代を読めるか、読めないか、は大きなポイントだと思います。(千原徹也)

知らないモノを見つける力

わたしたちは、インターネットを通じて世界と通じている気がしていますが、実はアルゴリズムに乗っていないモノは「ない」とされています。自分の好みに細分化されたことによって、自分が好きなもの、興味があるモノだけで完結する。気付かない間に起こるフィルターバブル、いわゆる“タコツボ化”です。

そこで、杏子さんは「掘ることの大切さ」を話してくれました。

世の中にはまだ出会っていないもっと楽しいことはあるはずで。アルゴリズムに乗らないモノをどう掘ってゆくか。

雑誌でも、新聞でもいい、知らない人と話したり、店や美術館に出向いて体感すること。そこで出会った「これ何だろう?」に、インターネットを利用して掘ってゆく。一度検索すると、アルゴリズムによって新しい“何か”が入ります。(田中杏子)

リアルだけでなく、ネットだけでもない。人と出会い、「知らなかった“好き”」と鉢合わせする。webを“ツール”として扱うことで、自分の世界を拡張してゆく。

時代をつくる人たちは、常に「知らない」を探し続け、「知らない」を掘り続け、自分たちのフィルターを通して表現しています。その表現が、世の中とのコミュニケーションになっている。

お二人の対話には大切なヒントが散りばめられていました。



懇親会は、れもんらいふプロデュースの喫茶檸檬。お酒を飲んで料理を楽しみながら、ゲスト講師や千原さんとも一緒にお話できます。

ぜひ、会場まで足を運んでクリエイティブの楽しさを味わってみてください。



さて、次回の講義は十月八日。ゲスト講師は女優・タレントのMEGUMIさんです。

チケットの購入はこちらからどうぞ。会場用とオンライン用、二種類から選べます(富士吉田のふるさと納税にも対応しているチケットもあります)。


そして、わたしも制作にかかわっている本塾の主宰、千原徹也さんの著書『これはデザインではない』もチェックよろしくお願いします。



「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。