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【ショートコント】父を訪ねて四十年

〔登場人物〕
息子:はるばる父親を訪ねてきた。
学生:普通の高校生。


息子:父さん……。
学生:え、誰? 僕?
息子:やっと見つけた! 父さんだ!
学生:いや、人違いです。
息子:父さん! 俺だって!
学生:(冷静に)いや、みんな見てるんで。やめてもらっていいですか。
息子:どうしてそんなこと言うんだよ!
学生:あなたのお父さんではないので。
息子:間違いなく父さんだっていうのに!
学生:僕、制服着てるの、分かります? 高校生なんですよ。
息子:見ればわかるよ!
学生:あなた、どう見ても年上ですよね。
息子:そうなんだよ。俺、三十歳になったんだ!
学生:僕は十五歳です。とういうことで、父さんではないですね。では。
息子:ちょっと! 息子が遠路はるばるやってきたっていうのに、冷たくない?
学生:遠路はるばるって、どこから?
息子:四十年後の世界に決まってるだろ!
学生:(唖然とする)いやいや。それはない。
息子:何でないって言い切れるんだよ。
学生:もしも、そんなSFみたいな技術が本当にあるのなら、もっとたくさんのタイムトラベラーが来てるはずでしょう。逆にその技術が、選ばれた一部の人間だけのものだ、って言うなら……。(憐れむような眼差しで相手を見る)
息子:なんだよ、それ。どういうことだよ!
学生:まあ、無理だよね。見るからに。
息子:ひどい! ひどすぎる!
学生:ということで、僕は忙しいので。
息子:じゃあ、俺が本当にあんたの息子だということを、これから証明してみせる!
学生:いや、本当に忙しいんで。
息子:俺の母さんの名前は……美紀だ!
学生:だったら何なんだよ。知ってるわけないだろ!
息子:まずったー! まだ出会ってなかったー!
学生:いや、ちょっと待って。美紀って、もしかして、みきりん?
息子:みきりん? 誰?
学生:ちょっと待って。息が苦しい。心の準備が――。
息子:何? どういうこと? どうしたの、急に?
学生:(深呼吸して、気分を落ち着ける)では、お尋ねします。お母さんの名字は?
息子:高畑。
学生:うわー。違うじゃん。違うじゃーん! みきりんじゃないじゃん! 西野美紀じゃないじゃん!
息子:誰、それ? 父さんが今、好きな子?
学生:「軒先31」のサイドバック。
息子:ちょっと何言ってるか分からない。
学生:アイドルグループの「軒先31」だよ! 知らないの!
息子:四十年後には生き残ってないかなー。
学生:あーあ。みきりんと結婚したかったなー。あんなことやこんなこと、したかったな。
息子:やめて! 父さんのそういう話、聞きたくない!
学生:エロい話してない!
息子:なんだ。母さんが、あんな話やこんな話をしてくれたから、てっきり。
学生:母親ならいいのかよ。
息子:じゃあ、俺は帰るよ。
学生:証明は? 僕、まだ信じてないけど?
息子:考えてみれば、もう夢がかなったんだな、って思って。
学生:夢?
息子:父さんに会って話をするのが、夢だったんだ。そのためにタイムマシンだって発明した。
学生:発明したの?
息子:法律も捻じ曲げた。
学生:言っている意味がわからない。
息子:どれもこれも、俺が生まれる前に死んだ父さんに、一目会うためだったんだ。
学生:ちょっと待て。
息子:本当にありがとう。そしてさようなら。
学生:だから、待てって。
息子:永遠にさようなら。
学生:僕、死ぬの?
息子:人間、誰しもいつかは死ぬ。タイムマシンで確かめるまでもない。
学生:そういう話はしてない。文脈で分かるでしょ。
息子:ちなみに、俺の名前は三樹彦。母さんの名前から二文字もらったのに、父さんからは何ももらってない。(両手を差し出す)
学生:(差し出された手を叩く)僕にたかるな。そして、話を逸らすな。
息子:……だって、聞きたく、ないでしょ。自分が、どれほど、悲惨な、死を、遂げたか。
学生:ためながら言うのやめて。怖い。
息子:そう、あれはひどい雨の夜のことだった。
学生:え? 言うの? 今の、言わない流れじゃなかった?
息子:いや、聞きたいかなーって思って。
学生:悲惨なんでしょ? 聞きたいわけないよ。……いや、考えようによっちゃ、いいかも知れない。ここで聞いておけば、その死を避けられるかも。
息子:あ、それは困る。
学生:お前が困ろうが、知ったこっちゃない。話してもらうまで、未来へは帰さないからね。
息子:実はよく知らないんだよね。
学生:今、ひどい雨の夜のことだった、って。
息子:そう。ひどい雨の夜に、母さんに聞いたんだ。
学生:聞いた範囲でいいから!
息子:飛行機事故だったんだ。乗客は誰も助からなかった。
学生:よっしゃ! 絶対に飛行機には乗らない!
息子:墜落した先にまさか人がいたなんて。
学生:それが、僕?
息子:爆発炎上する中、かろうじて救い出されたのは、父さんの下半身だった。
学生:下半身だけ? それ、救い出せてない!
息子:そして、そんな下半身を愛したのが、俺の母さんだった。
学生:なんだよー。結婚してたんじゃなかったのかよー。
息子:無口なところが最高だって言ってた。
学生:死人に口無しだよ。
息子:父さんの下半身がもう長くはないことが、母さんには分かっていた。医学博士の母さんには。
学生:その判断に専門性、必要ないなー。
息子:だから、その下半身から精子を救い出した。
学生:さっきから、全然、救えてない!
息子:その一部は、母さんの子宮で人工授精し、そして、俺が生まれたんだ。
学生:完全に、マッドサイエンティストだよ!
息子:だから、確かめたかったんだ。
学生:何を?
息子:クローンと俺と、どっちの方が父さんに似てるか、ってこと。

Photo by yousef alfuhigi on Unsplash

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