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未來のイヴ/ヴィリエ・ド・リラダン

訳注と解説を抜いたら456頁ある本作。
身もふたもない要約をすると、

英国青年貴族エワルドが、生まれて初めて恋をした。
しかしそのお相手・アリシヤは、輝くばかりの美貌を持つ絶世の美女にして、あまりにも俗悪な人間性を持つ女性だった。
アリシヤの麗しい外見と卑俗な内面の差に耐えられず、苦悩を重ね自殺まで考えるエワルドのために、科学者エディソンは「アリシアと全く同じ外見を持ち、知性をも兼ね備えた人造人間」を創造する事を提案する。

…という内容です。
1886年に発表され『アンドロイド』という呼称を最初に用いた小説とも言われています。

本作に重厚さを与えているのは、エディソンとエワルドが「人が人を創造する」事を語り合う中で、思考の仕組みや発言する言葉といった様々な切り口から「人間」についてとことん突き詰めた分析を堪能できるところ。
それがまた至言に満ちてはいるものの、同時に前時代の女性観をもって語られる危うさをも孕んでいまして。おいおい大丈夫かとハラハラしつつ読み進めた結果とんでもない結末に連れていかれます。
淑やかたれ、なんて語られる女性観への辟易があったからこそ味わえる読後感だと思えるので、まるごと現代の価値観で断罪するのは勿体ない。時を超えて今なお読み継がれている物語が持つ説得力に出会えます。

◆◆◆

本書を初めて読んだのは2010年でした。
それから数年に一度の頻度で読み返していて、読書メーターを確認したら今回が5度目の読了だったんですが、何だかんだで今の自分の考え方や価値観が本作のあちこちから影響を受けているんだな、、、と実感する再読でした。

私は、自分が半ば輕蔑してゐるものの魅力を(それがどのやうに強力であつても)いつまでも受けてゐられるやうな性質の人閒ではないのです。感覺だけで、そこに何らの感情も何らの知性も參加しないやうな戀愛は、おのれ自身に對する侮辱のやうに思はれるのです。そのやうな戀愛は心を穢す、と良心が私に叫ぶのです。
人は常に自分の考へることに染まるものでございます。ですからあの人たちのことを考へたために、少しばかりあの人たちのやうになるのを避けるやう、用心致しませうね!

楽な方に逃げたくなったりズルをしたくなったりと、心揺れる事もあります。でもそんな時に人造人間ハダリー(古代ペルシア語で「理想」の意)が笑いかけてくるこの場面が脳裏に過ること。
貫きたい信念として大切にしているポルノグラフィティさんの歌『真っ白な灰になるまで、燃やし尽くせ』に登場する歌詞「道なき道で頼るべきは己から聞こえる声」に対して受けた感銘の源流はここだったのかと実感出来たこと。

物語を介して、時を超えて届いた著者の言葉に心動かされる体験が出来るのは、時間をかけて再読を重ねてきたからこそだと思っています。
そんなふうに読んでいける本はやっぱり決して多くはないし(5回読了というのは自分の中では珍しいほうです)、これまでに出会ってきた本たちの中でも特別と呼びたいところ。

あと2021年という今だからこそ感じたのが、人造人間の構造に関する説明に多くの頁を割いている=肉体に重きを置いている辺りが、コンピューター登場前の物語なんだなという点。
VRの技術も進化してきましたし、リラダンが現代に本作の構想を練ったとしたら、肉体を持たず電子世界で生きる理想のイヴという展開もあり得たんだろうか。だって皮膚やら髪の毛やら何から何まで完全再現するよりそっちの方が断然手っ取り早いし。
(でもそれだと本作終盤の邂逅は不可能になるか…)



現実か、幻想か。
恋愛においても、現代で言う推しを推すことにおいてもテーマとなり得る二択。それをこんなふうに物語へと昇華させた先駆者がいたことを発信したい。
その一心でこの記事を書きました。
ヘッダ写真にしているのはわたしの手持ちの東京創元社から発売されている一冊ですが、旧漢字・旧仮名遣いなのでとっつきにくいかもしれません。光文社古典新訳文庫から新訳版も出ているので、よかったら手に取ってみてくださいな。

◆◆◆

ここからはおまけ話。
本書の存在を知ったのは2010年よりも前で、ALI PROJECTがそのものズバリな『未來のイヴ』という歌を発表している事を知ったのがきっかけでした。

ALI PROJECT全曲の作詞を担当する宝野アリカさんは、ときどきこういった海外文学作品のオマージュと呼べる歌詞を書かれたり、作品名をタイトルに使用されたりしているのです。
アリカさんの歌詞がきっかけで手に取った文学作品、いま思いつくだけでも

・ ランボオ『地獄の季節』
・ ラディゲ『肉体の悪魔』
・ ボードレール『悪の華』
・ エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

あたりが出てきます。
(未読作品だと『戦争と平和』『赤と黒』『恐るべき子供たち』もいつか読みたい)

アリプロの歌『未來のイヴ』はもう初めて聴いた時に一発で好きになってから愛聴していたので、リラダンが書いた同名の小説を知った時、すぐ読まなければと思ってAmazonで購入したものでした。懐かしい。
今でも読み終わったら歌の方の『未來のイヴ』を聴いて、小説世界を思い起こしつつ楽曲の音色と歌声に浸るまでがワンセットです。

涙を知るアンドロイドは 恋する女よ

ただ歌だけを聴いていた時とは、全然違う心揺さぶられ方をするようになったフレーズ。とても好き。
素晴らしい小説との出会いをくれたこと、アリカさんには本当に感謝しています。




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