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『啞侍・鬼一法眼』 47年分の想い

毎週日曜日夜9時半、鬼のような顔をした異人「イスパニア人ゴンザレス」が現れる。
情け無用に老夫婦を惨殺し、少年の首を真一文字に切り裂き、あどけない少女を陵辱して去っていく。そのオープニングナレーションと共に繰り広げられる画像が子供心にものすごく怖かった。

楽しみに観ていた父親の影響で毎週観ていた。
家にはレコードもあり、主題歌もすっかり覚えてしまった。
静かな歌い出しからアップテンポに変わる「孤独に追われて」は無茶苦茶カッコいい。
歌っている勝新の声もまたいい。
小学校低学年で「ゴンザレス怖いよね」と話しても周囲には誰もわかるものがいなかった。
いつの間にか番組は終わり、子連れ狼が始まり、その扮装を模した笑福亭仁鶴のカレーのCMの影響もあって子連れ狼を語る友達はいたが、啞侍のことは世間から忘れ去られていった。

それから3年後、ゴンザレスは帰ってきた。
同じ日本テレビの深夜枠ミッドナイトスクリーンで0時55分から毎日再放送が始まったのだ。
今度はなぜか母親と一緒に夜更かしして観ていた。
そしてゴンザレスはやっぱり怖かった。ただまだ話の全体を理解するには幼かった。
それでも主役の若山富三郎の太刀さばきはとんでもなくカッコよかった。
もうそれはウルトラヒーローとか仮面ライダーを凌駕するものだった。

中学高校時代、持ち歩いているウォークマン用に必殺シリーズ含めた時代劇のカセットテープを一本作っていたが「孤独に追われて」はレギュラー曲。鼻歌でも歌うくらいのお気に入り。
大学時代、ドライブでも当然このカセットはかけていた。この頃になると無駄な知識が増える。
作曲が冨田勲だということもわかり、あのダイナミックな曲調はジャングル大帝に通じるなぁなんて思っていた。
いろんな女子が助手席に座ったが、その度にこんな曲を聞かせながら、時代劇の蘊蓄を語っていたのだから、今思うとなかなかにヤバイ奴だ。

それから十数年後、あるメーカーさんと様々にお取引をさせて頂く立場になり、企画も持ち込める立場になった。
この頃はDVD創世記。過去の遺産がどんどんDVDとして販売されはじめていた。
「何か売れそうな過去のテレビ番組とか映画とかあったら企画書出してくださいよ」と言われたので、
「啞侍出しましょう!!!!!!!」と即座に詰め寄った。
何でこんなに思い入れが深いのか自分でもわからない。
その頃にはオタク仲間が増えていたので、周囲にはその知識を持っている友人たちも増えてはいたが、まだまだ必殺シリーズのような市民権はない。そもそもシリーズ完結しているので広がりようもない。
「啞って言葉でもうアウトでしょう」とメーカーさんは言った。
でも企画書は作っていった。内容も調べて書いていった。
実は小学校以来、本編は見ていないので、きちんとどんな話だったかは把握していないのだが、とにかく熱くプレゼンを何度もかけた。結果、歯牙にもかからなかった。
それからほんの数年後に別のメーカーから「啞侍」は発売された。
「鬼一法眼」と名前を変えて。
DVDは当然買ったのだけれど、なんだか悔しくて開封もしなかった。あんなに長年観たかったのに、このDVDを見たら負けてしまったような妙な敗北感があったのだ。


さらに時は過ぎる。自分は「時代劇マガジン」でジュディ・オングさんの取材に伺う機会があった。
「必殺からくり人」「おしどり右京捕物車」の取材に行った筈だったのだが、ジュディさんは熱く「若山先生」について語り出した。
そう言えば、同じ号で緒形拳さんに話を伺った時にも「若山先生」と仰られていた。
一人称が「先生」だったらしい。「緒形は先生が嫌いか!!??」なんて発言していたとか。
また予期せぬところで若山さんの素顔が垣間見えた。
とにかく自分に甘くない、妥協しない。トンボ切るのは日課。殺陣は決まるまで何度もやり直す。アップの時は真剣。そんな話をされていた。
ジュディさんが何の作品で共演したかを把握していなかった自分は「すみません、それは何の作品ですか?」と聞いてしまった。「あの、ホラ、タイトルなんだっけ。なんか賞金稼ぎの」
若山御大には東映の看板シリーズ「賞金稼ぎ」がある。全部観た筈なんだけどジュディ・オングさん出ていらしたっけ?
思い出せなかった。これは困った。なので誌面にはそのままその言葉を反映した。
この引っかかりは後々までどうにも気になって仕方がなかった。

そして昨年。
交通事故に遭った。
入院先で全く身動きができない、寝返りも打てない。
そんな状況で病室のテレビに友人に頼み込んでAmazon Fireを取り付けてもらった。
そこで久しぶりに見つけてしまったのだ。
「啞侍〜鬼一法眼」を。
何という天啓。ここで観ないでいつ観ろと言うのか。
一日、2話ずつ見始めた。
いや、めちゃくちゃ面白い。
1話からジュディ・オングさんが出ていた。初めてお話しされた内容の端々までもが理解できた。
あぁ、このシーンで若山さんはこんなことをしていたのかと。
確かに鬼一法眼の生業は賞金稼ぎだ。
本当に今更だけど「時代劇マガジンvol.6」のジュディ・オング・インタビューを読んで「何だこれ」と思われた方々、あの賞金稼ぎとはは「啞侍」のことです。謹んで訂正します。

(ここから本編のネタバレを含みます)
さて、今回、病室でウンウン唸りながら観た全話。
やはり若山富三郎の殺陣は素晴らしい。
映画版の子連れ狼もすごいんだけど、この番組では徒手空拳だったり、拳銃使ったり、様々に大活躍。
これを吹き替えなしでご自身でこなしていたというのだから全くもって驚き。
子供の頃は気づかなかったが、馬術もすごい。
黒王号みたいな馬を全力疾走させながら馬上で立ち回りをしたり、とにかくカッコいい。
大人になって色あせてしまうものが多い中、その印象を上回るアクションの数々だった。

そして話の面白さ。
各話賞金首を追って旅をする一方で、仇であるゴンザレスを追っている訳である。
でもゴンザレスはイスパニアに帰ってしまっているらしい。
どうする?鬼一法眼、という全編通してのタテの物語が利いている。
怪盗・卍、実は横浜奉行・相良筑後守を演じる勝新太郎が劇中でも弟という設定。
その存在が鎖国中の日本にあっても海外と繋がっているのかなという想像力を掻き立てる。

印象に残る女性陣がまた物語に華を添える。
ジュディ・オングさんが演じたお菊という役柄は第一話だけでなく、第14話でも再登場。
可憐な役柄を演じられていた。
大傑作・第3話「火炎の街道」に登場するならず者達の女親分・お嵐(浜木綿子)が妖艶。
男性陣みな殺しなのに彼女は殺されず、法眼に惚れ込んで第6話にも再登場。
そして本編のヒロイン、許嫁・菊乃(松尾嘉代)。美しく凛々しい。
そしてどこまでも健之介様(鬼一法眼の本名)と男を立て続けるその姿は、かつて日本男児が夢見た大和撫子そのものだ。

各話も印象に残るものが多い。
先ほども書いた「火炎の街道」では大旱魃に見舞われた村で起きる悲劇と大衆の醜さ、哀れさを描く。
ならず者の街でありながら外道は許さず、実の息子でも仕置する非道の4話「六道地獄橋」
佐渡金山の罪人護送の中、誰が本当のことを言っているかわからないサスペンスの7話「くちなしの別れ道」
藩命のために自己犠牲を厭わない姉妹と、追い詰める成田三樹夫が怖い8話「濁流の美女狩り」
差別される外国人の子供と賞金首の心の交流を描く第9話「青い目の少女」
暗殺のために幕府大目付が雇う賞金稼ぎ軍団が老兵1人に皆殺しになっていく15話「消えた賞金稼ぎ」
怪しい新興宗教軍団と対決する17話「血闘無明嶽」
昔ながらの言い伝えをもとに何とか生活形態を保っている老人と子供達の村を描く18話「野盗と花と子供達」
労咳の妻に朝鮮人参を飲ませたい一心で賞金稼ぎとなり、非業の最期を遂げる19話「賞金受取人」は若山富三郎自身の監督作だ。
かつての恋人と別れさせられ政略結婚させられた母親の執念を描く市原悦子が怖い21話「母子像無惨」
初めて実の子のように剣を教え込んだ相手の仇が自分だったと知る絶望の22話「少年と仇討ち」
どれもこれも面白かった!!
そして最終回「寛永寺の決闘」
あの毎度毎度、オープニングナレーションで鬼のような形相で家族の幸せを奪っていったイスパニア人ゴンザレスが何と女王の近衛兵として来日。え。今までのイスパニア行きの船に乗るための賞金稼いでるんだとか、外国に渡るための苦労話は何だったの?
と思わざるを得ないのだが、そこはもう最終回だから目を瞑ろう。
久しぶりに日本にやってきたゴンザレスは超紳士。ありゃ、この記憶は子供心になかったな。
しかも何だか別人みたい。(俳優がレイ・ロイドからトニー・セテラになってる)

これまで声が出せないことを筆談やジェスチャーで示し、冷静に対処してきた鬼一法眼がこの回だけは必死の形相で宿敵に迫る。「ここで俺と勝負しろ!」そう叫びたいのに出せないもどかしさ。初めて「話せない」彼の不自由さが伝わる瞬間だ。

そして御前試合として、紳士的に決闘が執り行われる。
結果は鬼一法眼の圧勝。
散々、悲惨な目に遭ってきた男にようやく訪れた安息の日。
この終わり方、以外と嫌いじゃない。

かくして47年越しに渡る啞侍に対する思い入れはなんだかひと段落ついた。

最近、カラオケDAMに行ったらなんと「孤独に追われて」が入っている。
もちろん躊躇なく歌い上げた。
ネットTVで本編を見ることが出来、カラオケで主題歌を歌うこともできる。
なんとも素敵な時代になったなぁと思う。

が、先週くらいから「現時点ではコンテンツプロバイダーとの契約により、このタイトルを購入できません」の文字が。
便利なようで不便。


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