防衛本能〜3つのFというらしい
最近では有名になってきた話。
私が初めてカウンセリングを受けた時に聞かされて、目から鱗がたくさん落ちた話。
二十歳頃、"自律神経失調症" という雑多な括りだけ診断を下されたものの、精神薬も運動も病院通いも暖簾に腕押し、多眠も過呼吸もパニックもいっこうに治る気配もなく、息苦しさに死にたい毎日を過ごしていた私に光明が差した。
そのきっかけは、とあるカウンセラーに聞かされた、"3つのF"にまつわる話。
その内容を、整理も兼ねて、以下にまとめておこうと思う。
* * *
初めてのカウンセリング。
私がひと通り自分の現状を訴えると、少し考えた後、カウンセラーは話し始めた。
👨🏻⚕️「緊張している感じはしますか」
🙎🏻♀️「いつもします。18歳でパニックが出るようになってからずっとです。」
👨🏻⚕️「ずっととは?」
🙎🏻♀️「24時間、毎日」
👨🏻⚕️「それはつらいですね」
🙎🏻♀️「日常生活がままなりません」
そこでカウンセラーが、ある例を説明した。
👨🏻⚕️「野生の草食動物を思い浮かべて下さい。彼らは肉食動物に襲われる危険と常に隣り合わせ。ではずっと緊張しているかというと、実はそうではない。」
びっくりする私。
👨🏻⚕️「彼らは普段はリラックスしています。肉食動物の襲撃があったり、存在を感知したその時だけ、一気に緊張する。そしてその脅威が去れば、またすぐリラックスするのです。」
🙎🏻♀️「すごい切り替えですね。」
👨🏻⚕️「そうなんです。そしてその切り替えをするのが自律神経。人間も通常なら、自律神経が健康なら、同じようにその切り替えができる。ですが、何らかの原因ーーストレスなどーーで、緊張状態が長く続いてしまったりすると、その切り替えスイッチを使う機会が減ってしまい、錆びついてしまうんですね。すると、いざ切り替えをしようとしてもスイッチが動かなかったり、動きがとても鈍かったりする。これが自律神経失調症です。」
わかりやすい理屈に、「なるほど」を連発しながら赤べこのように頷いてしまう。
と同時に、疑問が浮かぶ。
🙎🏻♀️「でも私、確かに受験もあったし何かと気の休まらない毎日でしたけど、敵と言えるほどの……闘わなきゃならない何かは特にありませんでしたよ。事故とか災害とか、ひどいきっかけもありませんでしたし……」
するとカウンセラーが新しい説明を始めた。
👨🏻⚕️「生き物の防衛のパターンには3種類あると言われます。Fight(闘う)、Flight(逃げる)、Freeze(固まる)……3つのFです。」
ホワイトボードに単語が羅列されていく。
👨🏻⚕️「敵が自分と同等程度の強さの場合、まずは生き物は闘おう(Fight)とします。そして相手の方が強そうであれば逃げる(Flight)。しかし相手が圧倒されるほど強かったり、闘い方・逃げ方がわからないと、反応できずに固まってしまう(Freeze)んです。」
🙎🏻♀️「てんとう虫が鳥に襲われると死んだふりするようなものですか」
👨🏻⚕️「回避方法として利用する生き物もいますが、意識せずとも身体や心がそのように反応してしまうこともあるんですよ。ひどいことを言われても何も言い返せなかったり、とても怖い経験をしたはずなのに、何も感じなかったり。」
🙎🏻♀️「ありますね」
👨🏻⚕️「このFreezeが解離と言われる厄介な症状になりやすいのですが、同時に、今の社会で人間がいちばん取りやすい反応パターンでもあるんですよ」
🙎🏻♀️「そんなに怖いことってたくさんありますかね……?」
👨🏻⚕️「今の社会では、戦争や災害でもない限り、本能的な動きは忌避されがちです。たとえば会社で上司に叱られた時に、すぐに怒鳴り返したり会社から逃げてしまう人は、"社会性がないダメ人間"と思われてしまいますよね? そうならないために、人はストレスを受けてもその時の恐怖や怒りに蓋をして、"感じない"ように心を麻痺させてしまうんです。また、SNSや集団のいじめ・劣悪な家庭や職場など、環境によるストレスには、人はわかりやすい"敵"を見出せないので、闘うことも逃げることもできずに、感情を凍らせることを余儀なくされてしまいます。」
🙎🏻♀️「精神的にFreeze以外のFを選びづらい社会なんですね」
👨🏻⚕️「そうなんです。もちろんある程度ストレスを解消する方法を知っている大人なら、この不本意なFreezeで内側に溜まるストレスを、後から発散できるのですが、子どもや、そのような解消法を知らないまま大人になってしまった人は、これが溜まりに溜まって自律神経をおかしくしてしまうんです。」
🙎🏻♀️「ここで自律神経の話に繋がるんですか」
👨🏻⚕️「最初の話を思い出して頂きたいのですが、野生動物は敵に襲われた時に緊張しても、その脅威が去ればリラックスしますよね。ではどうやってリラックスしているかというと、先ほどのFlightやFlightで身体を物理的に動かすことでリラックスしているんです。」
🙎🏻♀️「闘ったり逃げたりして、ということですね。それはなんとなくわかります。スポーツしてストレス解消、みたいな。」
👨🏻⚕️「根っこは同じです。そうして緊張時に体に集まったエネルギーを発散することで、自律神経をリラックス状態に戻せるのです。しかしFreezeの場合は固まってしまいます。ずっと張りっぱなしの弓のように、余分なエネルギーが逃がせないんです。」
🙎🏻♀️「野生動物もそうなんですか?」
👨🏻⚕️「いいえ、実はFreezeしてしまった(そしてそれでも生き残れた)動物も、脅威が去った後は一目散にその場を逃げたりします。」
🙎🏻♀️「死んだふりするねずみの動画で見たことあるかも……」
👨🏻⚕️「本来はそうやって、溜まったエネルギーは都度発散して、帳尻を合わせるんです。そうすることで自律神経をリラックスのスイッチに戻せる。しかし、先ほどお話した人間社会におけるFreezeにおいて、その後にうまく身体を動かして発散できる人はそうはいません」
🙎🏻♀️「となると自律神経のスイッチは……」
👨🏻⚕️「うまくリラックスモードにスイッチできないまま、その緊張状態を維持することになってしまいます。それが繰り返されるとスイッチが錆びていくんですね……常習的な苦痛体験が原因となる複雑性PTSDなども、こうやって起こります。」
🙎🏻♀️「錆びてしまったスイッチはどうしたら油を挿せますか……」
👨🏻⚕️「人間社会で、Freeze後のエネルギー発散のためによく使われるのが"愚痴を言う"なんです。喋ることも身体を動かすことなんですよ。だから自分のストレス体験を"話す"ことができれば、だんだんと余ったエネルギーが解放され、錆びが取れていくという理屈です。」
🙎🏻♀️「話すだけでいいんですか?」
👨🏻⚕️「自分の苦痛を正しく言語化するというのは、実は結構難しいんです。Freezeの間は感情を感じられなくなっていたりもするし、その体験自体から年月を経て忘れていたりもするし。少しずつやっていきましょう。」
……こんな感じで私のカウンセリングは始まった。
この時聞いた話はとにかく大変わかりやすく、すとんと腑に落ちて、混迷していた頭の中に、急に仕切りが現れて整頓が始まったような気分になった。
どんな薬を使っても治らない、わけのわからない苦しみにも理由があるらしい。
この後のカウンセリングがまた長期に渡って大変だったのだが、そのあたりの話はまたいずれ。
あの時私を楽にしてくれたこの説明が、誰かを少しでも楽にできれば良いと思っています。
※筆者自身は心理学の専門家ではないので、何か間違いがあったら申し訳ありません……又聞きの世間話半分に読んで頂ければと思います。
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