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五月の匂い


五月の匂いを知っている。
五月下旬、湿度が増した夜気に濃く甘く爽やかに香る五月の匂い。

山梨の果樹地帯にぶどうと桃に囲まれて育った。
桃の葉を摘んで揉むと、酸っぱく甘い、まさに邪気を払う香りがする。
そんな桃や他の植物全部の新芽の匂いだと、その頃は思っていた。

大人になり生家を離れ、いつの間にか五月の匂いは感じなくなっていた。

実家から車で15分程の所に居を構え、何年か前の夜にあの五月の匂いが夜気に漂って、はっとした。

その時初めて、それはぶどうの花の匂いだと気づいた。

花とも思えぬ白いぽろぽろした小さい粒が、人差し指ほどの長さの茎の周りに瓶を洗うブラシのように付く、その花の匂い。

思えば実家の庭の奥にもぶどうが作られていた。

部活を終えとっぷり暮れた家の庭で自転車を降り、その香りを吸い込みながら物を思うようになった、思春期の萌芽ともまだ言えぬようなあの頃と五月の匂いは、私の密やかに強固な核であり続ける。



2021.5.21追記 ぶどうの花の写真



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