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『また、桜の国で』須賀しのぶ/読書感想文(2022下半期5冊その4)

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棚倉 慎 たなくら まことは、
自分がいったい何者なのか分からないでいた。
慎はロシア人の父と、日本人の母を持ち、日本で育ち、
今、大使館員としてポーランドに向かおうとしていた。

自分はいったい、何者だ。日本人なのか。ロシア人か。国とはなんだ。血とはなんだ。

『また、桜の国で』須賀しのぶ より引用 

そんな思いをかかえた慎が、ドイツからポーランドへ向かう列車の中で、
1人の青年と出会うところから物語ははじまる。
青年の名は、ヤン・フリードマン。ユダヤ系のカメラマンだ。
ユダヤ人、ポーランドと聞いて何か思い浮かぶだろうか。アウシュビッツはポーランドにある。

時は、1938年。ナチスドイツはユダヤ人の迫害を行い、総統ヒトラーのもと周辺国を侵攻し、ポーランドにも危機がせまっていた。

これまで、
ポーランドという国は、ヨーロッパの中でも特殊な立ち位置にあった。
長い歴史の中でも、ユダヤ人の迫害をほとんど行ってこなかった国だ。そのため、ユダヤ人が多く住んでいる。
また、ロシアやドイツ、オーストリアという強国に囲まれ、地図から消えたことが何度もある国だった。

ドイツとポーランドの開戦は止めるべく、奮闘する日本大使館。
ドイツによる侵攻は阻止できるのか。
ポーランドに住む多くのユダヤ人、
そして、ポーランドに身を置く慎とヤンの運命は――。


今朝ニュースを見ていて、
広島サミットで、G7の首相たちが原爆慰霊碑に献花している様子は胸に迫るものがあった。

最近、戦争の本に手が伸びる。
ロシアのウクライナ侵攻があって、
第三次世界大戦という言葉が頭を掠めたからかもしれないし、
自分が死んだとしても、その後に生きていくであろう子供達のことが心配になったからかもしれない。

いくつか読んだ本の中でも、
心に強く残ったのがこの本だ。

『また、桜の国で』須賀しのぶ

須賀しのぶという作家は、生まれも育ちも日本のあるはずなのに、なぜ舞台がポーランドだったんだろう、と素朴な疑問が湧いた。
自分が住んでいるでもない国のことを、これだけ深く熱く書こうとすると、ものすごい調査と、それに裏打ちされた想像力が必要だろうと思う。

なぜポーランドだったのか。を問うと、
主人公、慎の父の言葉がよぎる。

ロシアとドイツ、オーストリア、周囲の強国に食い荒らされ、地図から消えたことのある国。そうした国から見える世界は、今まで我々が見てきたものとはまるで違うことだろう。そしておそらくは、それこそが、最も正直な世界の姿なのだと思う」

『また、桜の国で』須賀しのぶ より引用 

これは作者自身が感じていた言葉なのではないかと思う。
だから、どれほどの労力がかかろうともポーランドを舞台に書こう、
そして、その正直な世界の姿を見てやろうと思ったのではないか。

それならば、作者が見たその世界を、
私はどう受け取ったのか。
受け取った者として、書く義務がある。
(いや、本当はそんな義務はどこにもないんだけど、
 「受け取ったからには!」と錯覚するほど熱量のある作品なのだ。)


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