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【30秒で読める怪談】飲み屋横丁



先日のことです。

飲みにいきました。

いわゆる「飲み屋横丁」です。

せまいエリアに数十、場所によっては百以上もの飲食店がひしめいている路地。

そんな定義が当てはまりそうです。

私はお酒を飲まないので、その手の場所とはまったくと言っていいほど縁がありませんでした。

でも、その日の仕事終わりに、たまたま高校時代の友人と会って、「ちょっと飲みいこうよ」となったわけです。

数年ぶりに会った友人の誘いを断る理由はありません。

2人つれだって、近くの飲み屋横丁へ行きました。

ご存じの人も多いでしょうが、ああいうところは基本的にせまくてボロい。

人も多い。

でも、そのゴミゴミした雰囲気がいい。

そんな空間です。

平日なのに騒音レベルまでガヤガヤした音にまぎれるように、私たちは1軒の焼鳥屋に入りました。

カウンターのみで、その手前にベンチみたいな長椅子があるだけのお店。

7人ほどが座っていました。

長椅子の奥の席が空いていたので、客の後ろをすりぬけようとすると、先客の1人にこう言われました。

「お兄さん、そこは予約席だから」

常連なのかもしれません。

私も友人も、座れればどこでもよかったので、素直に長椅子の入口側に座りました。

カウンターの中にいるのは、少し腰の曲がった小柄なおじいちゃんだけ。

1人で店内すべての客に、焼鳥を出し、アルコールを出し、会計までしているようでした。

私はウーロン茶、友人はビール、それから焼鳥を何串か頼みました。

焼鳥の味は普通でした。

とはいえ、壁に貼ってある値段を見ると、どれも安い。

この値段で美食を堪能しようというのがそもそもの間違い。

そう切り替えて、友人と積もる話を交わしていました。

せまいお店ですから隣の客と会話したりもします。

そのうち、入店時に私たちに「予約席だから」と注意してきた人に言われました。

「さっきはごめん! このお店のルールでさ」

そういえば、「予約席」はまだ埋まっていません。

あれから2時間もたつのに。

「あそこのお客さん、まだ来ないですねー」

私は冗談で言ったつもりでした。

でも、せまい店内の空気が一瞬で張り詰めたのはすぐわかりました。

なにより、それまでカウンターの中でずっとニコニコしていたおじいちゃんが、ひどく悲しそうな顔になりました。

ふれてはいけない話題だったのかもしれない。

私はそれ以上、奥の席のことは話しませんでした。

それからまた2時間ほどして、周りの客が片付けを始めました。

床のゴミを拾ったり、カウンターの上にお皿をのせたり。

おじいちゃんがもうお年なので、平日は夜10時で閉店するのだそうです。

ふと奥の「予約席」に、お酒の入ったコップがおいてあるのに気づきました。

そういえば、ずっとおかれていたような気もします。

私が片づけようとすると、常連の人に腕をつかまれました。

「いい、いい」

その人は首を横にふって、チラッとおじいちゃんを見ました。

このときは特に何も思いませんでした。

それに、会計するときのおじいちゃんはいかにも優しそうで、私たちが「ごちそうさまでした」と言ったら、小さな声で「ありがとうございます」と返してくれましたから。

でも、お店を出たところで、先ほどの常連の人が事情を説明してくれました。

十数年前に、店内で殺人事件があったそうです。

本当はおじいちゃんが殺されるはずだったらしいのですが、かばったのか店内が混乱していたのか、奥に座っていた人が犠牲となり、犯人はおじいちゃんが刺し殺したそうです。

いつも鳥をさばいている包丁で。

その供養で、奥の席をいつも開けているのだと話してくれました。

まったく知らなかったとはいえ、余計なことを言ってしまったと私は落ちこみました。

常連の人とわかれて、友人と無言で駅へ向かっているとき、友人が聞いてきました。

「見た、あれ?」

「なにを?」

友人の顔は真っ青でした。

「あのおじいちゃんが使ってた包丁。

ほんとはもっと長いはずなんだよ。

でも先っちょが3分の1ほど欠けててさ。

短くなってた。

ひょっとして、あの包丁……」




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