2023/05/30(火)のゾンビ論文 ゾンビ・アポカリプスによって家父長制が復活するぞ!
ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。
アラートの条件は次の通り。
「zombie -firm -philosophical -DDos」(経済学・哲学・情報科学のゾンビ論文避け)
「zombie」(取りこぼしがないか確認する目的)
「zombie -firm -philosophical -DDos -company」(-companyの効果を図るため)
このうち、「zombie -firm -philosophical -DDos」の内容を主に紹介する。ただし、この検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないか、「zombie」の内容も確認する。また、4月まで経済学のゾンビ論文の排除を目的として「-company」を設定していたが、その効果があるのか改めて測定する。
それぞれのヒット数は以下の通り。
「zombie -firm -philosophical -DDos」五件
「zombie」十件(差分五件)
「zombie -firm -philosophical -DDos -company」一件(排除四件)
「zombie -firm -philosophical -DDos」は社会学が二件、政治学、文学、情報科学が一件ずつだった。そして、今回はねらいの論文が見つかった。
検索キーワード「zombie -firm -philosophical -DDos」
ゾンビ・アポカリプスはなぜ女性にとってとても恐ろしいのか?世界の終わりにおけるジェンダー、軍国主義、存在論的不安
一件目。
原題:Why is the zombie apocalypse so terrible for women? Gender, militarism, and ontological insecurity at the end of the world
掲載:International Feminist Journal of Politics
著者:Megan A. Armstrong
ジャンル:政治学(女性学に非常に近いとも思う)
いや、男性にとってもゾンビ・アポカリプスは恐ろしいんですけど…。
いつもならアブストラクトから抜粋して論文の内容を簡単に紹介するのだが、アブストラクトが素人には理解が難しい専門的な用語を組み合わせて作られた知的な文章で構成されていたため、引用と和訳だけでは論点がつかめない。そこで、私がかみ砕いて説明するが、どうも次のようなことを論文で言いたいらしい。
「『ワールドウォーZ』のような、ゾンビ・アポカリプスが起きた世界では人間はみな不安から逃げるために支配されたがるようになる。その結果、西洋中心的な、あるいはヘテロ家父長的な価値観へ時間が逆戻りしてしまう。ゾンビがどうやってこのような価値観の逆行を生じさせるのか分析した」
ちなみに、『ワールドウォーZ』は映画版の方を扱っている。原作の方が国家・人種・性別ごとの差異を読み取りやすくできていると思うのだが、インタビュー集じみた
まず、アブストラクトを読んで「随分と見てきたかのように喋るじゃん」と思った。まあ、『ワールドウォーZ』を観たのなら別に間違いではないのだが。次に本文を読んで、「思考実験じゃなくて本当にフィクションだけで話を展開させるのかよ」と思った。
何かというと、現実の社会問題を読み解くためのツール、つまり思想や批評を、映画を観てわかる範囲にのみあてはめ、ゾンビ・アポカリプスが起きた後の世界がいかにして男尊女卑的社会に回帰するかが説かれていたのだ。
恐るべきことに、この論文は実際にゾンビが存在すると仮定して読んでも内容が変わらないのである。私の定義で言うと、この論文は本物のゾンビを扱った論文とすべきなのである。なんてこった…。
よって、この論文をもって今回のアラートは大当たりと判定することとなる。
詳細は別途レビューしなければならないが、率直な感想を述べておこう。人類の滅亡を前にして女性の地位に拘るあたりはさすがフェミニズムと言うべきか、フィクションなんだからそのくらいいいだろと暖かく微笑むべきか。どちらにしても、ミストのクソババアを地で行く社会思想が学術的権威をまとっている社会に戦慄を抑えられない。
その点は私の誤読であることを願っている。専門用語と引用が多すぎるので何が語られているのか、ただ読むだけでも非常に難しいからだ。ミストのクソババア的な主張を別にしても、きつい。
ただ、頭のよろしい研究者の方々がゾンビをどのように解体・再構築してきたのか大変詳しく記述されていることは読めた。学術的ゾンビを知るには良い論文かもしれない。例をいくつか引用してみよう。
この手の解釈もきっと批判的に読まれ、揉まれ、多くから妥当と認定されたものだけが残ったものと信じたいが。
ジャンルは政治学。権力の生じ方などはその分野だろうから。ただ、随分と女性学(フェミニズム)に傾倒した内容であることは間違いない。
DAF:もしかしたら害よりも善である可能性が高い
二件目。
原題:DAFs: Potentially more Good than Harm
掲載:Article in specialist publication
著者:Ian MurrayとHang Wu Tang
ジャンル:社会学
DAFというのはDonor-Advised Fundの略で、日本語で言うと寄付者推奨基金といったところだろうか。日本語にしてもわからないので、下記サイトから説明文を引用する。
投資口座が存在し、そこに何かしら現金や証券などをつっこむと慈善団体に寄付ができる。しかもすぐに税控除を受けることができるため、浮いたお金で別の慈善団体にも寄付ができる、と。そういう仕組みだろう。
このDAFについて論文のアブストラクトは次の文章で始まる。
「Ray Madoffの前掲の記事」に何が書いてあったのかはわからないが、税控除を即座に受けられる口座があれば富豪が税金対策のためにこぞって利用するのは想像に難くない。きっとそういう文脈で非難を受けているのだろう。
私が富豪で、DAFを悪用するならば、身内に運営させた慈善団体に控除可能な額をすべて突っ込む。このような脱法行為の隠れ蓑として慈善団体は最適だ。過去に日本でも見た気がする。そしておそらく、今でもひっそりと続いているのだろう。NPO法人とかで。
しかし、この論文では「DAFが多くの利益をもたらすという事実を覆い隠している」と続く。それはそうだろう。富豪が脱法行為で節税しようとも、そもそもは社会にとって良いことだから税控除の対象になっているのだ。
また、私が考えたような悪事に関しては「規制当局がスポンサー企業へ対応するのみでコンプライアンス対応を容易にできるようになる」とあるので、大丈夫なのだろう。ただ、ならば次は規制当局に身内を送り込むだけだが。
以上のようにこの論文はDAFの良いところを強調し、「害よりも善である」と結論している。私も、社会にメリットがあるなら、ある程度の悪事には目をつぶってもいいと思う。ただ、私が考えた上記の悪事は社会にメリットがないのたが。
ジャンルは社会学。
常に準備しておく
三件目。
原題:Always Be Prepared
掲載:NOVEL A FORUM OF FICTION
著者:Devin William Daniels
ジャンル:文学
という警句で始まる論文。様々なとらえ方ができそうだが、この論文では大学で文学の博士号を取得しても雇用先がないことを憂えている。そのくらいフィクションの力が衰えているのだ、と言いたいらしいが文芸評論を読まない私にはいまいちピンとこない。映画のパンフレットならよく読むのだが…。代替可能だろうか。
上記リンク先では少しだけしか中身を読むことはできないが、Googleスカラーのメールによれば、米国疾病予防管理センターが作成した『Preparedness 101: Zombie Apocalypse』という災害予防の啓発漫画を論文内で取り上げているようだ。
その一方で、少しだけ読める論文の中身によれば、メインで取り扱うのはLindsay Thomasの『Training for Catastrophe: Fictions of National Security after 9/11』という論文らしい。
前者がゾンビパンデミックに備えるための漫画。後者がカタストロフィ(大いなる破滅)に備えるための論文。アナロジーとして紹介したのだろうか。とにかく、この論文が相手にしているゾンビはフィクション上のものとみて間違いなさそうだ。
フィクション、特に文芸に注目しているようなので、ジャンルは文学としておく。
オンライン言説を通してNetflixの韓国ドラマのファンダムを理解する: Reddit 投稿のトピック モデリング分析
四件目。
原題:Understanding Netflix Korean Drama Fandom Via Online Discourse: A Topic Modeling Analysis of Reddit Posts
掲載:San Diego State Universityに提出された修士論文
著者:Harmit Chima
ジャンル:社会学
引っ掛かったはいいが、上記リンク先の論文冒頭にもGoogleスカラーのメール本文にも、zombieの単語が見つからない。よって、この論文がゾンビをどう扱っているかわからない。
想像するに、Netflixの韓国ドラマでゾンビが出てきそうなものと言えば、『今、私たちの学校は…』だろうから、それを取り上げて何かしらの分析を行っているのだろう。ただ、論文の目次に『Squid Game』(イカゲーム)の文字列ばかりが並んでいるのが気がかりだが…。
ジャンルは、わからないので、社会学としておく。ほかに近いのは文学や観光学あたりか。
Voyager: 大規模な言語モデルを備えたオープンエンドの組み込みエージェント
六件目。
原題:Voyager: An Open-Ended Embodied Agent with Large Language Models
掲載:ブログ?
著者:Guanzhi Wangを筆頭著者として、八名
ジャンル:情報科学
マインクラフトのコーディングに関する…報告書らしい。理解できるほどプログラミングに詳しくないので、内容はこの程度にしておく。
zombieの単語が出てくるのは、マインクラフトにゾンビが出てくるから。それがどう扱われているかまではわからない。
ジャンルは情報科学。プログラミングに関するのだからそれでいいだろう。
検索キーワード「zombie」
このキーワードでは「zombie」ゾンビ論文がアラートに入ってくる。誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。
リビングデッド: ゾンビ企業としてのパキスタンの配電会社の調査
原題:THE LIVING DEAD: AN INVESTIGATION OF ELECTRICITY DISTRIBUTION COMPANIES IN PAKISTAN AS ZOMBIE COMPANIES
掲載:Pakistan Journal of Social Research
著者:Noor Saleem KhanとSaadia Batool、Mahrukh Fatimaの三名
ジャンル:経済学
タイトルの通り、ゾンビ企業に関する論文。原題は"zombie companies"だが、本文では会社を表す単語にfirmを使っているため、「-firm」に引っ掛かった。
不安の境界線:ろくでなしとゾンビの時代における個性の境界線に関する人類学的および精神分析的メモ
原題:The Line of Anxiety: Anthropological and Psychoanalytical Notes on the Line of Individuation in the Age of Bastards and Zombies
掲載:International Journal for the Semiotics of Law - Revue internationale de Sémiotique juridique
著者:Ronnie Lippens
ジャンル:哲学(精神医学かも?)
おそらく「-philosophical」に引っ掛かった。タイトルから推測するに、ジャンルは哲学でよいと思う。精神医学かとも思うが、精神医学は患者を診てゾンビだなんだというだろうか?言わないと思う。
「私たちは皆、人間です」: 自己認識ゾンビとネオゴシック・ポストヒューマニズム
原題:“We Are all humans”: Self-Aware Zombies and Neo-Gothic Posthumanism
掲載:Neo-Gothic Narrativesの第八章
著者:Karen E. Macfarlane
ジャンル:哲学
これも「-philosophical」に引っ掛かったのだと思う。確証はないが。
長い間低すぎた:超緩和金融政策の長期化は悪影響をもたらす可能性があるか?
原題:Too Low for Too Long: Could Extended Periods of Ultra Easy Monetary Policy Have Harmful Effects?
掲載:IMF eLibrary
著者:Etibar JafarovとEnrico Minnella
ジャンル:経済学
Keywordsに"zombie firm"の文字列があったため、ゾンビ企業に関する論文。
地方政府の債務と企業のゾンビ化:中国からの証拠
原題:Local Government Debt and Firm Zombification: Evidence from China 掲載:Asian Economic Papers
著者:Yang Heを筆頭著者として、四名
ジャンル:経済学
原題に"Firm Zombification"の文字列があったため、ゾンビ企業に関する論文。zombificationはゾンビ化のこと。
検索条件「zombie -firm -philosophical -DDos -company」
ゾンビ企業には"zombie company"という表記もあることから、そういったゾンビ論文を排除するために設定した検索条件。
この検索条件では「zombie -firm -philosophical -DDos」にヒットした論文のうち、「company」の単語を含むゾンビ論文が排除される。その排除される論文が経済学の論文であれば、目的を果たしていることになる。
今回、排除されたのは次の四件。
ゾンビ・アポカリプスはなぜ女性にとってとても恐ろしいのか?世界の終わりにおけるジェンダー、軍国主義、存在論的不安
DAF:もしかしたら害よりも善である可能性が高い
常に準備しておく
オンライン言説を通してNetflixの韓国ドラマのファンダムを理解する: Reddit 投稿のトピック モデリング分析
3と4はフィクション作品を扱うため、「〇〇制作会社」という引用の仕方で「-company」に引っ掛かった可能性が高い。2はとある会社の言動にフォーカスを当てているので、companyの単語が出てくるのは想像に難くない。
まとめ
「zombie -firm -philosophical -DDos」は社会学が二件、政治学、文学、情報科学が一件ずつだった。
ゾンビ論文のまとめを始めて数か月たったが、今回の内容が今までで最もきつかった。単に読むことも、内容を理解することも非常に難しかったうえに、ゾンビ・パンデミックの起きた世界で男女平等に思いを巡らすという思想に戦慄した。
レビューをするためには今回よりもさらにしんどい思いをして深く読み込まなければならないが、もしかしたら私が思うような激ヤバ思想ではないのかもしれない。私の誤読だったのかもしれない。そう、願っている。
喜びは感じていないが、今日はねらいのゾンビ論文あり。大当たりの日であった。
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